TDKの創業者、齋藤憲三氏の出身地、秋田県にかほ市。JR仁賀保駅で電車を降りると、真っ先に目に飛び込んでくるのは同社の鳥海工場だ。ここを含め、市内にはTDKグループの事業所が10カ所近く点在する。にかほ市の電子部品の製造品出荷額は2059億円(2010年)と東北随一。まさに「電子部品城下町」である。

 だが、そのにかほ市も、円高による国内電機メーカーの不振と無縁ではいられなかった。TDKは2011年末から2012年初めにかけ、にかほ市内の4工場を含む秋田県周辺で7つの工場を閉鎖する方針を表明した。従業員の雇用は配置転換などによって維持するとしているが、各工場内で業務を受託する協力会社の中には、契約解除を余儀なくされるところも出ている。

 鳥海工場と道路を挟んで真向かいに本社を構える板垣工業も、TDKから2013年4月以降の契約を更新しないことを通告された。これに伴って、同社は約150人の従業員の大半を段階的に解雇せざるを得ない見通し。だが意外にも板垣由仁社長は達観した様子だ。「これも時代の流れ。来るべき時が来たという感じだ」と話す。

揺れる企業城下町

企業撤退に揺れる企業城下町
大規模工場の閉鎖・休止が発表された主な自治体(写真:westphalia)

 経済のグローバル化に伴う製造業の空洞化の波が、全国の工業都市に押し寄せている。円高や電機大手の不振も重なり、ここ数年は特定企業の経済活動が地域産業の大部分を占める「企業城下町」でも、工場の閉鎖や撤退は珍しくなくなった(上図)。

 2012年8月には富士通セミコンダクターがシステムLSI(大規模集積回路)事業の構造改革に伴って、鹿児島県薩摩川内(さつませんだい)市の子会社の組み立て・検査工場を閉鎖する計画を発表。10月にはソニーがデジタルカメラの交換レンズなどを生産する岐阜県美濃加茂市内の生産拠点を閉鎖することを明らかにした。企業も生き残りに懸命となる中、ゆかりの深い立地自治体との決別という、苦渋の判断を迫られている。

 そうした実情は、立地自治体にも伝わっているようだ。冒頭で紹介したにかほ市の佐々木敏春・商工課長は「今の円高でこれ以上国内生産を続けるのは難しい。TDKはこれまでよくやってくれた方だと思う」と語る。

 TDKの桃塚高和・執行役員も追加の拠点再編を発表した2012年1月31日の決算会見で、協力会社の扱いについて「業務量が1000人相当減っていく中で、業務委託契約を見直していくことで対応する」と説明し、具体的な人員削減数について明言を避け、協力会社への配慮をにじませた。

 ただこの地域にはTDKのほかに有力な企業は少なく、協力会社を離職した従業員の再就職は容易ではないと見られる。板垣工業の高橋隆専務は「従業員の多くは兼業農家。今後は農業で食べていくしかないだろう」と言う。

 もっとも、その農業には長年にわたる課題がある。冬になると、にかほ市周辺は雪に覆われ、農作物の生育には適さない点だ。

 「1年を通じて作物を収穫できるようにならないか」。工場勤務という収入源が揺らぐ中、手つかずのままだった積年の夢の実現に秋田県が動き始めた。

 「照明の強さは足りるのか」「受粉の問題はどうする」――。

 10月下旬。秋田県庁にある会議室には県内の電子部品メーカーや大学関係者らが集まり、12月の稼働を目指す植物プラントについて激しい議論を繰り広げていた。

空き工場を転用し植物栽培

10月下旬、秋田県庁に電子部品メーカーや大学関係者らが集まり、12月に稼働を目指す植物プラントについて議論を繰り広げた

 秋田県は2012年8月、国の補助事業を活用し、県内の最先端の技術を集結して植物プラントの実証実験を行うことを決定。太陽光や風力などの再生可能エネルギーによって電力を賄う、自立型植物工場の実現を目指している。

 中心となるのは、TDKの有力な取引先である横手精工(秋田県横手市)。同社ではこれまでも電子部品の製造装置の技術などを応用し、人工光を使った高級野菜の栽培に取り組んできた。TDK自体もにかほ市内の使われなくなった空き工場を実証実験用に提供するほか、電力制御技術などで県の取り組みを支援する。

 植物工場で常に課題とされるのが、露地栽培に比べて割高になりがちな収穫物の販路開拓だ。プロジェクトに参加する金融機関系のシンクタンク、フィデア総合研究所は県内の医療機関や介護施設へヒアリングを重ね、高値でもニーズのある農作物の実態を調査。腎臓病患者らの間で需要が見込める低カリウムホウレンソウや、高齢者に人気の高いイチゴなど、付加価値の高い農作物に絞って実証実験することを提案した。地元企業の知恵を集めた実証実験プラントは、12月の稼働に向けて着実に前進している。

自然エネルギーを使った植物工場で1年を通じた農業の実現を目指す(高級野菜を栽培する横手精工の植物プラント)(写真:横手精工提供)

 戦後の企業の成長とともに全国に広がってきた企業城下町。製造業の立地に詳しい東京大学の松原宏教授は「戦後の工場立地件数の推移には、3つの大きな山があった」と指摘する。

 1つ目の山は政府の「テクノポリス構想」などによって工場の地方分散が進んだ1970年代半ば。2つ目の山は日本全体がバブル経済に沸いた80年代後半に訪れた。

 バブル崩壊後の長い低迷期を経て、工場立地件数が3度目の山を迎えた2005~08年には、もはや国内の大規模工場の数は増えず、むしろ地方圏から大都市圏への工場移転・集約が加速するようになる。各自治体が多額の補助金で企業誘致を競うようになるのはこの頃からだ。

補助金頼みの誘致に限界も

 一方で、実業に疎い自治体が、特定の企業と命運をともにする企業誘致政策は、賭けのような危険性をはらむようになる。多額の補助金を支給しながら、早々と工場が稼働停止に追い込まれた自治体では、補助金頼みの企業誘致策への反省が広がっている。

 パナソニックのプラズマパネルの工場が立地する兵庫県尼崎市。3つの大型工場のうち、第1工場と第3工場では生産休止の状態が続いている。

 パナソニックの設備投資額の3%を補助した兵庫県は今年初め、従来の補助金制度を見直し、操業期間が10年以内に休止した工場については、補助金の一部を返還してもらうルールを導入した。

 坂田昌隆・産業立地室長は「従来の企業誘致政策が間違っていたとは思わない」としつつも、「補助金だけで工場立地を議論する時代ではなくなった」と指摘する。今後は研究開発支援制度などとの組み合わせによって、県内への企業誘致に取り組む考えだ。

 今年7月に国内18の製造拠点の半減を発表した半導体大手、ルネサスエレクトロニクス。記者会見で赤尾泰社長は閉鎖・売却の対象となった拠点について「当然、地域に与える影響は十分承知している」と述べたうえで、「ルネサスというものがなくなるか、あるいは部分的にでも残すか、どちらを取るかということであれば、間違いなくルネサスを残す。そのために必要な方法論をやるのが経営の責任だと考えている」と苦しい胸中を吐露した。

 これまで立地企業の経済活動に支えられてきた地域も、工場閉鎖や撤退という事態の前に立ち尽くしてばかりはいられない。経済のグローバル化に伴って企業経営の変化のスピードが加速する中、地域の命運を特定の企業に委ねるのではなく、自らの力で切り開こうとする動きが全国の企業城下町にも広がりつつある。

 次ページからは、地域の人材や技術を育て、大企業依存からの脱却を目指すキーパーソンたちの姿を追った。

日経ビジネス2012年11月19日号 74~77ページより

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