10月半ば、創業の家電量販店事業から撤退した。「企業が最も強くなる形」を求め、高級ブランド品の販売に再生を託す。「第2の創業」は成るのか。

(写真:陶山 勉)
関戸 正実(せきど・まさみ)氏
1957年東京都生まれ。80年中央大学法学部卒業。93年セキド入社、取締役に。同年、常務取締役。97年副社長。2000年、社長。2010年に体調を崩し社長を退く。回復後、いったん代表取締役会長に就き、2012年に社長復帰。
セキドの概要
1956年、現社長の実父である関戸千章氏が東京都八王子市に関戸電機商会を創業。電気製品のほか、ホームセンターやカー用品の販売なども手がけながら、84年に商号を「セキド」に変更。2000年に株式を東京証券取引所第2部に上場した。ピーク時の売上高は651億円。2004年にホームセンターから撤退するなど、事業の再構築を進めてきた。2012年2月期は売上高が184億円、経常損益は3億8000万円の赤字だった。

 私の父が創業したのは1956年の10月でした。私が生まれたのは翌57年の1月でしたから、家電量販店という事業は私にとって、いわばお腹の中に一緒にいた双子の兄のようなものだと思っています。今回、その事業から撤退しました。インターネットを通じての家電の販売は続けますが、店舗での「電器屋さん」は終わりです。経営者として下した判断に迷いは全くありませんが、正直に言えば、感傷的な思いがないわけではありません。

 当社は家電販売という事業に育ててもらいました。今でこそ高級ブランド品の並行輸入販売の方が事業規模は大きくなっていますが、東京証券取引所第2部に上場するまでに成長し、それ以外の事業へと多角化を進めることができたのも、間違いなく家電量販店という柱があったおかげです。この間にお世話になった取引先や業界関係者、そしてお客様には、言葉にできないほど感謝しています。

 家電業界はメーカーも小売りも、構造的な問題でしばらく不振が続くのが確実な情勢です。ですが、地上デジタル放送への完全移行により先食いされたテレビ需要などが回復すれば、また成長を続けられるでしょう。

 本来なら、ここでメーカーや同業他社と歯を食いしばり、業界の活性化のために力を尽くして頑張らなければならないと思います。ですが、残念ながら当社にはそれはかなわなかった。敵前逃亡というわけですね。正直、不甲斐ないと思います。

 家電事業の整理は、まだテレビ特需が残っていた2年前くらいから重要な経営課題として認識をしていました。体力に勝る大手企業が熾烈な低価格競争を繰り広げる中、当社は価格よりも「地域密着」「サービス向上」を旨に営業を続けてきました。しかし消費者の低価格志向も強まり、当社の営業スタイルではなかなか需要を取り込めなくなっていた。デフレマーケットに適応した、大手のビジネスモデルの前にはなす術がありませんでした。

 地デジ移行後の反動減は業界の誰もが予期していましたが、ここまできついとは思っていませんでした。アナログ放送が停波したのは昨年7月下旬ですから、特需などがないフラットな状態で前年と実績が比べられるのは、今年の7月下旬以降です。何とか前年並みは維持できるかと思っていましたが、ふたを開けてみれば売上高は10%以上の減少。これは当社だけでなく、大手他社もそうです。業界全体が縮小しているのだと、はっきり結果が出たわけです。

家電なければ、黒字に

 8月が前年並みならば、家電量販事業を継続する芽もあったのですが、この実績では議論の余地はありませんでした。当社では今年から、毎週の経営幹部の定例会議で6枚つづりのPL(損益計算書)を見るようになりました。会社全体と、各事業のものがひとまとめになったものです。その上から3枚目が家電量販事業のPLでした。幹部は毎週この紙を確認するわけですが、誰の目から見ても、その3枚目がなければ会社全体が黒字になるのが明らかなわけです。

 当社の幹部は全員、できれば家電量販事業を継続したいという思いがあったと思います。それでも最終的に、撤退することに反対する人は誰もいませんでした。数字を見れば、悩むこともないほど当然の判断でした。

 家電市場はもう飽和状態です。供給過多ということでしょう。価格決定の主導権がメーカーから小売りに移り、価格下落が止まらない。だから誰も利益を取れなくなってきてしまっています。大手小売り同士の業界再編が相次いでいますが、M&A(合併・買収)の際も、併せて(店舗網などの)大規模なリストラをしなければならなくなっています。各社の業績はもう傷んでいて、(規模拡大のためというよりは)生き残るためのシェア拡大というのが本質でしょう。

 実は当社の中でも、家電量販事業の存続を巡り、他社とフランチャイズチェーン契約を結んだり、提携したりするという案は議題に上りました。事業売却も考えましたし、撤退を発表した後に、いくつかの同業から「店舗や人はどうするの」と打診を受けたことは事実です。

 ですが、提携すれば経営の自由度は失われます。今ならば、早期退職者の退職金に色をつけたり、再就職を支援したりすることができます。ですが今後、現状よりもさらに業績が悪くなれば、そういったこともできなくなる。家電市場の先が見通せない状況では、早めに止血をすることが重要だと考えました。

 約10店残っていた家電店の運営コストは、週に2000万円ほどかかっていました。売却するにしても、交渉ごとになればこちらは1円でも高く、相手は1円でも安くしたいと考えるのが当然です。妥結に時間がかかることは当然考えられます。それを避けて、自社の資金繰りの範囲で身の丈に合った整理をすることを選びました。業界の先行きが不透明なのであれば、自社で確実にできることをベースに、決断を下していかなければならないと感じていました。

 当社は今期(2013年2月期)、2億3000万円程度の経常赤字を見込んでいます。これが来期は、2億5000万円程度の黒字に転換する見込みです。今回の撤退によって、会社全体として息を吹き返すことは信じて疑いません。これから「新たな創業期」として、現場のアルバイトに至るまで一丸で頑張っていかなければならないと思っています。

 新たな基幹事業となるブランド品の並行輸入販売などの「ファッション事業」は、好調に推移しています。既存の「スーパーセレクトショップ Love Love」のほか、当社独自の小物革製品を中心に扱う新型店を、今期中に始めたいと思っています。

 新業態の店舗は面積が30~70m2程度で、都市部の駅ビルなどを中心にテナントとして入れてもらう方針です。客単価は1万円程度と高級ブランドに比べ低く抑え、若年層の取り込みに力を入れます。オリジナル商品は現在、既存のセレクトショップでも扱っていますが、品揃えを倍程度に拡大するつもりです。

 この新業態店を早期に20店、それとは別に既存業態のLove Loveを年2店程度出していく方針です。海外進出も検討し、中国のほか東南アジア諸国にも進出の可能性があると考えています。

東京西部や埼玉県に店舗網を増やした(9月23日に閉店した「でんきのセキド川越店」)

事業内容、柔軟に変化を

 生き残っていくためには、企業体として一番強い形になっている必要があります。当社は家電とブランド品以外にも、日用品やカー用品、スポーツ用品なども手がけてきました。そして、時宜に合わせてそれらの事業から手を引いてきた経緯があります。立ち上げと撤退の繰り返しです。でもその経験があったからこそ、事業の内容や構成を柔軟に変化させていくことの重要性を学んでいます。創業の家電販売といえども、その経験則の例外にはなり得ません。

 同時に、事業を多角化していたからこそ、経営環境が悪化した家電量販事業を手放すことが可能になったとも言えます。効率化のために今回、事業を「選択と集中」するわけですが、新規事業に挑戦することの重要性を忘れることがあってはいけません。事業を絞り込んだがゆえに、変化に対応することが難しくなってしまえば、いつかは行き詰まります。ある一時点での判断が、いつまでも正しいとは限らないわけですから。

 家電量販事業から撤退することで黒字化が実現できれば、将来的にはまた新たな投資をすることができます。当面は、早くその余力を生むことを目標に考えていきます。

 何かうまくいっていることがあっても、同じ形でやっていたら、なかなかその状態は続かないものです。私は2年前、体調を崩した際にいったん社長から退きました。生活習慣病の固まりみたいな体になっていましたが、体調を崩すまでは、自分の状態が変化していっていることに気づいていませんでした。

 病気を経験したことで、今は食事や様々なことに気を使うようになりました。体重も当時からすれば、だいぶ落ちました。すると不思議なものですね。自分の体調管理をするようになって、経営についても今までよりさらに細かな気配りができるようになりました。

 それまで当然のこととして目もくれなかったような基本的なことも、はたと立ち止まり、考え直すことができるようになりました。自分の体験、失敗から学ぶことはケタ外れに大きいと実感しています。

 家電量販事業からは撤退しましたが、経験を通じて学んだことは、当社の中から消えてなくなるわけではありません。

 撤退の決断に当たって、私は「迷惑をかけない」ということを重視しました。お客様にも、取引先にも、社員にもできるだけ迷惑をかけない。そのために、無理に事業を継続することはやめようと決断しました。

 言葉は違いますが、先代の創業者がよく使っていた「周囲に尽くす」という理念が、自分の中にも生きているのだと思います。そういった有形無形の財産は今後も、経営を続けていくうえで必ず支えになってくれるでしょう。家電量販事業の経験は、今後の事業展開でも必ず生かせるはずです。

日本の家電は必ず復活する

 今、日本の電機メーカーは苦境に立たされています。日本流の進化が「ガラパゴス」と呼ばれ、海外の企業に比べて業績が芳しくないことから、その弱点にばかり焦点が当たっています。

 私はこの時代がずっと続くわけではないと思います。単純な技術だけでなく、経営手法など、日本企業には今でも先進的な要素がたくさん残っています。日本の強みを大切に持ち続ければ、独自の進化を遂げたガラパゴスの時代が必ずもう一度来ると思います。

 メーカーだけではありません。家電の小売企業も、接客の質やそのほかのきめ細かなサービス体制などで見れば間違いなく世界のトップです。道のりは平坦ではないでしょうが、必ず成長軌道に戻ると思います。

 家電量販大手各社は今、家電以外の商材の販売に力を入れています。住宅、リフォーム、太陽光発電システム、衣料品、ドラッグ…。恐らく3~5年後、家電の小売事業の姿は今とは全く異なるものになっているでしょう。

 かつて家電製品は、買うだけで生活の一部分が一気に便利になるような商品でした。ですが多くの家電製品の普及が進んだ今、何か1つの製品だけでは人々の生活に大きな変化を生み出しにくくなっています。

 「ライフスタイルセグメンテーション」とでも言いましょうか。今後は、個々人のライフスタイルに合ったものを、総合的に提案するような流れが強まるでしょう。今、家電量販店と呼ばれている小売店の品揃えは、もっと多彩になっていくと思います。

 これまでと異なる新しい形態の小売店となれば、当社が今後、それを手がけないとも限りません。当社はいったん、別の事業で力を蓄えることになりますが、新規事業として再び家電の店舗販売に関わることができるかもしれません。

 すべての希望が家電販売から失われているわけでは全くない。その日を目指し、いつか、創業から今日まで当社を育ててくださった家電量販事業に恩返しをしたいと思っています。

日経ビジネス2012年11月19日号 54~57ページより目次

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