中国共産党に太いパイプを持ち、徹底した分析に基づく読みに定評がある。今春には重慶市党委書記だった薄煕来の失脚を予測、見事に的中させた。中国の政治、社会分析の第一人者は新体制をどう見ているのだろうか。

(写真:千倉 志野)
遠藤 誉(えんどう・ほまれ)氏
1941年中国長春市生まれ。筑波大学名誉教授。東京福祉大学国際交流センター長。理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授、国務院西部開発弁公室人材開発法規組人材開発顧問などを歴任。『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』(朝日新聞出版)など著書多数。現代中国の政治・社会に関する独自の分析への評価は高い。

 ──尖閣諸島の国有化を巡って、日中関係は悪化の一途をたどっています。

遠藤誉氏(以下、遠藤) 尖閣諸島の国有化では、中国政府は極めて厳しい態度を取りました。そのきっかけは、2012年9月9日にロシア・ウラジオストクで開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)にあると考えています。

 この時、中国国家主席の胡錦濤と首相の野田佳彦の間で15分ほど立ち話をする機会がありました。ここで、胡錦濤は「事態の重要性を認識すべき」と発言し、国有化に対する日本政府の抑制的な判断を期待しました。

 ところが、胡錦濤がわざわざ時間を取って意思を伝えたのに、翌10日に尖閣国有化の閣議決定を宣言、11日に閣議決定してしまいました。胡錦濤は「日中関係の発展を守るという大局に立たなければならない」と発言して日中国交正常化40周年に対しても注意喚起していたのに…。胡錦濤のメンツは丸つぶれですよ。

 尖閣諸島を安定的に管理するために国有化したという日本政府の意図は中国では理解されていない。中国で国有化と言えば、より「侵略性」を強くしたというふうにしか解釈されません。中国には「私有地」はないので。

 ──9月半ばの反日デモは日中国交正常化以来、最大規模になりました。

遠藤 結論を先に言えば、中国の「反日」はより激しくなっていくと見ています。その根底にあるのは、中国が1992年に始めた愛国主義教育です。

 そもそもの狙いは、天安門事件のような民主化運動を防ぐことにあり、今のような反日が目的ではありませんでした。ただ、94年に学習指導要領ができた際に、「抗日戦争記念館」などの社会科見学が授業に組み込まれました。抗日戦争記念館は旧日本軍の虐殺場面が蝋人形で再現されている。こういった場面に直面したことで、子供たちは反日感情を募らせていきました。

 もっとも、愛国主義教育は中国共産党にとって両刃の剣になっています。胡錦濤政権は「和諧社会」をスローガンに、格差の解消と汚職の撲滅に取り組んできました。一定の成果は出ていますが、「貧2代」という言葉があるように、格差が固定化しつつあります。特に、企業と結びついて利権をむさぼる共産党幹部への怒りは深い。

 ──今回の反日デモで群衆が破壊したのは同じ中国人の企業や製品でした。

遠藤 「愛国無罪」と叫べば、どんな破壊活動に手を染めてもそれを止めることはできません。愛国無罪を叫んで何が悪いのか。それとも反日デモが悪いというのか。あなた方がそう教育したのではないか――。これを突きつけられると、政府はもうお手上げです。反日を盾にした愛国無罪はますますエスカレートしていくでしょう。

 この状況を変えるには、愛国主義教育のトーンを弱めるか、格差を解消させるかのどちらかしかありません。ただ、愛国主義教育を弱めるということは親日的な方向に進むということとイコールで、「売国奴」と罵られるのが目に見えています。そう考えると、和諧社会という胡錦濤政権の路線を次期政権が引き継ぐ以外にないのではないでしょうか。しかし共産党は経済を成長させることによって統治の正当性を主張してきた。板挟みですね。

 今回の反日デモに関して、「政府がやらせている」という見解がありますが、私は違うと思います。どんなデモでも反政府になるのですから政府は起きてほしくない。それでも反日デモは必ず起きる。何回でも起きますよ。

習近平と胡錦濤は親しい 団派が力を持つ中、格差と腐敗撲滅に向かう

 ──胡錦濤政権から習近平政権に代わることで、中国はどう変わるのでしょうか。

遠藤 よく聞かれますが、胡錦濤から習近平に代わっても、大きくは変わりません。中国を動かしているのは、「中国共産党中央委員会政治局常務委員会」を構成している9人の男たち、すなわち「チャイナ・ナイン」です。意思決定はこの9人の合議であり、1人の国家主席の独断で何かが決まるということはありません。従って、重要なのは、誰が国家主席になるかではなく誰がチャイナ・ナインに選ばれるか。さらに言えば、どの派閥がどの割合を占めるか、ということです。

 ここは押さえておいた方がいいと思いますが、習近平はアンチ胡錦濤ではありません。「仲がいい」と言ってもいいと思います。もちろん、現在のチャイナ・ナインの1人で、腹心の李克強を国家主席に推した胡錦濤に対して、前国家主席の江沢民が「ダメだ」といってねじ込んだ人物が習近平ですから、胡錦濤と習近平は仲間という感じではありませんでした。

 ただ、習近平は胡錦濤政権の間に薄煕来問題を処理したことを感謝しています。重慶市の党委書記を務めた薄煕来は個人崇拝と大衆運動でチャイナ・ナイン入りを画策しました。格差社会の負け組に革命歌を歌わせることで「赤いノスタルジー」を焚きつけて、自分の政治力にしようとした。あのまま薄煕来を野放しにしていれば、習政権がどうなっていたか分かりません。

 そういう意味では、薄煕来の存在が胡錦濤と習近平を結びつけたと言っても過言ではありません。

 ──次期体制における派閥の比率はどう見ていますか。

遠藤 現時点(10月29日)の推測ですが、国家主席になる習近平と国務院総理と言われる李克強を除くと、中共中央組織部長の李源潮の政治局常務委員会入りは確実です。副総理の王岐山や張徳江、中央宣伝部部長の劉雲山、広東省の党委書記を務める汪洋なども候補者として挙げられます。

 李克強、李源潮、汪洋は胡錦濤の出身母体の中国共産主義青年団(共青団)出身の団派。王岐山は江沢民派ですが、どちらかというと中立的です。習近平が江沢民から離れようとしていることを考えると、団派の影響力が増すと見ていいでしょう。つまり、格差の解消と腐敗撲滅を進めるということです。

 10月25日に中国人民解放軍のトップ4人の人事が発表されました。2人は胡錦濤の腹心で残り2人も習寄りではあるものの胡錦濤に忠誠を誓っています。江沢民の腹心は排除されました。この事実は軍を管轄する軍事委員会の人事配置をも示唆します。

 胡錦濤は10年後の体制も既に視野に入れています。内モンゴル自治区の党委書記に胡春華という人物がいます。彼こそ、胡錦濤が2022年の総書記(2023年、国家主席)に持っていこうと思っている意中の人物です。

 彼は、政治局常務委員がこれまでのように9人であればその中に入る可能性が高い。ただ、7人になった場合は難しいので政治局委員にしておく。5年後に常務委員入りとなるでしょうね。それ以外では、2023年の温家宝の役割として、孫政才も政治局委員になると思います。いずれにしても、中国という国は10年後を見据えて物事を進めている。

 ──日中関係が悪化した今、企業は中国とどうつき合うか、戸惑っているように思います。

遠藤 冒頭にも申し上げましたが、貧富の差や共産党幹部の汚職が解消されない限り、反日デモは今後も続くと見るべきです。中国リスクが除去されるとは私には思えません。市場としての中国が魅力的なことは変わりませんが、中国とのつき合い方は考え直した方がいいと思います。

=文中敬称略

日経ビジネス2012年11月12日号 38~39ページより

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