外交や安全保障の文脈で日本から中国を見る場合、「対中」という1対1の関係で考えがちだ。ところが中国から見た景色は違う。日本の後ろに米国が控えており、東南アジア諸国連合(ASEAN)やインドなども含めた大きな枠組みの1ピースにすぎない。発足する新指導部は、周辺国・地域との関係を固めつつ、経済制裁などで日本をじわじわと追い詰め、持久戦に持ち込んで勝ち抜く考えのようだ。

 中国では11月に共産党の新指導部が、来年3月の全国人民代表大会で国家主席、首相などが決まる。内部の激しい権力闘争を経てきただけに、新指導部の権力基盤は当面、不安定な見通しだ。国内では格差問題も深刻で、反日以外のデモも相次いでおり、様々な火種を抱えた船出となる。

 こうした中、国民が敏感に反応しやすい領土問題でいきなり一歩踏み込むのはリスクが高い。香港城市大学商学院の李巨威副教授は、「領土問題など周辺国との紛争がエスカレートすれば、中国経済にとっても輸出減少などマイナスの影響が大きく出かねない」と指摘する。

水面下で日本締めつけへ

 かといって、軍部に強い支持基盤を持つ習近平・国家副主席にとって、対日で融和的な態度を見せることは難しい。このため専門家などの間では、目立たないよう水面下で日本を追い詰める手段を取るとの見方が出ている。例えば市場で独占的地位にある国有企業による取引先からの日本企業外し、イベントへの参加拒否、日本製品の通関を滞らせることなどが考えられる。

 周辺国との関係固めも目立つ。中国の傅瑩・外交部副部長は10月半ばにフィリピンを訪問し、アキノ大統領と対談。その足でタイに飛び、ASEAN幹部と領土問題について話し合った。中国はベトナムやフィリピンと南シナ海でのスプラトリー諸島の領有権を巡って小競り合いを続けている。ASEANが求めている南シナ海での各国の行動を規制する「行動規範」策定にはまだ至らないが、歩み寄りに向けた下地作りへ動き始めたように見える。

 孫子の兵法の1つの原則は「戦わずして勝つ」。日本へは今の強硬姿勢を貫いたまま持久戦に持ち込む。国際社会では日本より少しでも有利でいられるような関係を各国と築く。それこそがまもなく発足する新指導部の対日戦略の基本となる。その中核メンバーになると見られるのが次のページで紹介する4人だ。

政治局常務委員とは?

 中国共産党はピラミッド状の権力構造を形成している。形式上、最高意思決定機関は8000万人以上の党員から選ばれた約2000人が参加する「全国代表大会」だ。この大会は5年に1度しか開かれない。200人程度が参加する「中央委員会」がさらに上位の意思決定機関で、開催は年1回。通常の意思決定はさらに上位の「政治局」が代行する。国家主席や全人代の委員長、国務院総理など、あらゆる権力がこの政治局に集中し、現在25人が所属している。「常務委員会」はさらに上位に位置づけられ、実質的にはこの9人のメンバーの多数決で政治が動く。共青団、太子党のほか江沢民氏率いる上海閥が、勢力拡大のために常務委員会のポストを争ってきた。その比率によって、共産党の意思決定は大きく左右される。

主な候補者の横顔
次期政権を支えるキーマン
太子党

1953年6月、北京市生まれ。79年清華大学卒業後、河北省の農村、正定県の党委員会副書記を皮切りに、福建省、浙江省で実績を重ねる。2007年、汚職で解任された陳良宇に代わり上海市委書記。
(写真:Photoshot/アフロ)
 次期総書記に就任予定の習近平は「太子党」、共産党の高級幹部の子弟グループに分類される。父の習仲勲は政治局委員で副総理まで上り詰めた大物。文化大革命の煽りで失脚。そのため習近平は16歳の時に陝西省の農村に放逐され、厳しい農村生活を余儀なくされた。
 1978年に父が名誉回復を果たしてからは、河北省の農村を皮切りに地方政府のトップとして実績を積んだ。政治・経済的には開放的な考えを持ち、政治改革への期待も集まる。妻の彭麗媛は人民解放軍所属の著名な歌手。習近平も若い時に中央軍事委員会幹部の秘書を務め、軍内部に支持基盤を持つ。そのためか日本向けなど対外的には強硬な発言も目立つ。

太子党

1948年、山西省生まれ。西北大学卒業後、社会科学院や国務院の研究所などに勤務。94年に中国人民建設銀行の行長。海南省書記、北京市市長などを経て2007年に政治局委員入り。2008年国務院副総理。
(写真:ロイター/アフロ)
 胡錦濤政権下、副総理として金融や通商関係で実力を発揮してきた。リーマンショック後に4兆元の景気刺激策を打ち出し景気を短期間で浮揚させたことは近年の最大の功績の1つ。農村や農業にも精通し、一時は温家宝の次の首相候補としても浮上した。
 人民銀行の副行長時代の上司、行長は元首相の朱鎔基だったこともあり、「小・朱鎔基」と呼ばれることもある。米国留学経験があり、米国の財務長官ティモシー・ガイトナーとは親交がある。経済分野での対外的な場では存在感を発揮し、明快な語り口で欧米からの評価も高い。大統領選を控え、同じく新政権が誕生する米国との太いパイプは強みになりそうだ。

共青団

1955年7月、安徽省生まれ。北京大学法学部卒業後、共産主義青年団(共青団)で頭角を現し、92年中央第一書記に選出。河南省党委員会書記、遼寧省党委員会書記などを経て2007年に政治局常務委員。
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
 同じ共青団出身で、同郷出身の胡錦濤に引き上げられた。43歳という当時の最年少記録で河南省の代理省長に就任。2007年の遼寧省の書記時代、中国のGDP(国内総生産)を「人工的」と発言したことがリークされ、話題になった。その際、本来の経済動向は「電力使用量」「鉄道輸送量」「銀行貸し出し」で見るべきと語ったことは、李克強が叩き上げの理論派であることを示す。
 大学の経済学の博士号を持ち、副首相として中国の経済政策も担当してきた李克強は、実務面での能力やセンス、経験では習近平よりも評価が高い。中国経済について内需やサービス業の発展を通じた「穏やかな発展と成長」を重視するという発言がある。

共青団

1950年、江蘇省生まれ。大学卒業後、教師などを経て復旦大学の共青団の副書記を務める。2001年に江蘇省の副書記。2007年に政治局委員として北京に戻り、組織部長として共産党内部の人事などを担当してきた。
(写真:AP/アフロ)
 対外的な存在感は薄いが、昨年来その権力を大きく伸ばしてきた。胡錦濤と同じく共青団出身らで構成する「団派」に属し、組織部長として共産党内の利害調整などを担当してきた「陰の実力者」。失脚した前重慶市書記、薄煕来の処遇を巡っても、李源潮が暗躍したとする見方もある。
 共青団出身である一方、父親が上海の副市長を務めたことがあるなど、太子党としても位置づけられる。62歳という年齢から、常務委員にとどまるのは5年に限られる可能性が高いが、党内で派閥間のバランスを取りながら、習近平を補佐する役割としては最適な「取りまとめ役」と言える。


(注:敬称略)
日経ビジネス2012年11月12日号 36~37ページより

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