9月、私の経営する農業法人で新卒採用の試験を実施した。応募してきたのは、地元・群馬にある高校を来年3月に卒業する見込みの生徒と、同じく来年3月に4年制大学や専門学校を卒業見込みの学生たちである。

 採用試験の内容は論文と面接の2種類。この過程を通して、私は高校生の受験者たちの優秀さに驚いた。質問にハキハキと答え、「社会に出たら役に立つはず」と在学中から簿記2級の資格を取得し、さらに1級に挑戦するという。半面、大学卒業見込みの学生たちには正直、戸惑った。面接・論文とも、少し心もとない内容だったからだ。

 大学生と高校生の、奇妙な逆転現象がなぜ起こっているのか。なぜ学習意欲のある高校生が、進学をしないで就職するのかと不思議に思った。

 採用試験後、この疑問を私の恩師でもある高校教員にぶつけてみると、彼は次のように説明した。「かつて澤浦くんの学生時代には、学習意欲のある優秀な生徒が大学に進学していたでしょう。けれども今は、親に経済的な余裕のある生徒が大学に進学する」と。

 本来、大学は学問を究める場所であろう。そこへの進学が、親の経済力の有無によって左右されているのである。これが新興国であれば事情は理解できる。だが日本でも、同じような現象が起こっていることに、私は愕然とした。

「家庭の事情」で大学進学の機会を閉ざしてはならない(写真:アフロ・写真はイメージ)

 一方、欧州連合(EU)では大学の授業料を徴収しない国が多い。中でもドイツは最近まで学費無料の政策を貫いてきた。2006年に国の財政難の影響で、学費徴収を禁止する法律が廃止され、学費を徴収するか否かは各州の決定に委ねられるようになった。

 それでも結局、昨年にはドイツ全16州のうち大半が大学授業料の廃止、ないしは今後の廃止を固めている。誰もが平等に教育を受ける権利を有するという、「Akademische Freiheit(学問の自由)」の基本理念に基づいて、授業料の徴収を廃止している。

 この考え方を日本でも導入すべきではないだろうか。

教育制度の拡充は国家への投資

 そもそも優秀な人材に教育の機会を与えることは、国家にとって極めて重要な投資である。たとえ教育制度を拡充させるために税の負担が増えたとしても、それは巡り巡って、我々の生活を豊かにするはずであろう。

 何もドイツのように、どの学生に対しても授業料を無料にする必要はない。だが「優秀な人材なのだけれども、家庭の事情で大学に進学できなかった」という状況を放置しておくことがあってはならない。それは、長期的な視点で見ると、国家の衰退を招きかねないからだ。

 私の会社では、タイやフィリピンから実習生を迎えている。彼らは、日本国内で稼いだ賃金を何に使うのかと質問すると、一様に「子供の教育」と口を揃える。教育の有無によって、その後の人生が大きく変わることを、彼らは肌身に染みてよく理解しているからだ。日本人以上に教育の重要性を理解している。

 日本国内を見ると、大学や短期大学への進学率は6割に達しようとしている。だが残る4割の中にも、優秀で向学心のある学生は存在している。「家庭の事情」という個人的な理由によって、彼らから教育の機会を奪い、妨げてはならない。

 優秀な人材を育て、教育に投資できる国家にする。教育制度を拡充することは日本という国に投資することだと、改めて強調したい。

澤浦 彰治(さわうら・しょうじ)氏
澤浦 彰治(さわうら・しょうじ)氏 1964年群馬県昭和村生まれ。高校卒業後、家業の農業を継ぐ。92年に有機野菜生産グループを立ち上げるなど、早くから大規模栽培に取り組んできた。

日経ビジネス2012年11月12日号 152ページより目次