写真:的野 弘路

 社長に就任して最初の大仕事は、2006年10月にIT(情報技術)企業であるCRCソリューションズ(当時)を伊藤忠テクノサイエンス(当時)と経営統合したことでした。業界5~7番手の位置で、利益が出ているからといって満足してしまっては、成長は見込めません。「規模を拡大し、リーディングカンパニーを目指そう。業界トップクラスに入ることで、自分の仕事や会社に誇りを持ってほしい」。統合前後、こうした話を両社の社員に繰り返し訴えたことをよく覚えています。

 社長時代に力を入れたのは、月並みかもしれませんがコミュニケーションです。かといって毎日、現場の社員と飲み会を開いたわけではありません。

 経営統合の成否は、両社の一体感の醸成にあります。そのためにはトップである私の考えや方針を、会社全体に周知徹底させることが欠かせません。それができているのだろうか、自分の発言はきっちりと現場の隅々にまで伝わっているのだろうか。正直、しばしば不安に駆られました。

 自分の考えを明確に示すために何か良い手はないものかと考え、年度ごとに漢字2文字のキーワードを考え、毛筆で書をしたためました。半紙に40枚ほど、社長室にこもって書くのが毎年の恒例行事でした。

 経営統合を控えた2006年は「挑戦」、その後、「進化」「変革」「発展」などの文字を書き、完成した作品は名刺サイズの印刷物として全社員に配りました。これが意外と好評で、それを社員入館証に入れて、毎日身に着けてくれる社員も出てきたのです。

 それもあってか、事業計画書などには2文字を意識した内容が盛り込まれることが増えました。現場からの報告書を通じて、事業の方向性にずれがないかどうかを確認できるようになったことは大きな収穫でした。

 今では2文字が、グループ社員7200人の多くの行動指針として活用されています。続けてよかったと思うのと同時に、簡潔な言葉を示すことは、トップと現場との有効なコミュニケーション手段になる、と肌で感じています。

 経営トップの使命は、様々な形で社員に刺激を与え、懸命に働いてもらうことです。現場に活気がないのだとすれば、それは社員のせいではなく、トップの責任。リーダーには、「自分の考えを役員や社員が本当に理解しているのだろうか」ということを気にする繊細さが求められるのだと思います。

 人との対話を重視するのは、伊藤忠商事時代の経験が大きい。1970年の入社以来、日本や米国で2年おきに異動を繰り返していました。丹羽(宇一郎)さんの部下だった時もあります。

 慣れた頃に上司や部下が代わるというのはしんどかったのですが、良い経験でした。管理職として異動したとしても、経験のない部署を任されればそこでは新米。待っていては仕事にならない。自ら出向いて、部下にノウハウを教えてもらう。地位や経歴などにとらわれず、周囲と対話することが、良い仕事につながる。これを身をもって学べたことは、社長の仕事をするうえで大きな支えとなりました。(談)

日経ビジネス2012年11月12日号 156ページより目次

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