米アマゾン・ドット・コムが4カ月の沈黙を破って「キンドル」日本上陸を発表した。地位を固めた電子書籍と、新規参入するタブレットの「二刀流」を日本で試す。ジェフ・ベゾスCEOは「我々が提供するのは端末ではなくサービスだ」と自信を見せる。

日本で発売するタブレット端末(左)と電子書籍専用端末(右)を手にする米アマゾン・ドット・コムのジェフ・ベゾスCEO(最高経営責任者)(写真:陶山 勉)

 「予約台数はすごい勢いです」

 10月24日午後3時半、米アマゾン・ドット・コムは電子書籍サービス「Kindle(キンドル)」の日本開始をウェブサイトで発表。事前予約を開始した。その日の夜、お忍びで日本を訪れ、東京都内でスタッフと夕食を囲んでいた同社のジェフ・ベゾスCEO(最高経営責任者)の元に興奮した声が届いた。

 同社がキンドルの日本上陸を告知したのは6月26日のことだ。それから約4カ月の沈黙。出版社との交渉不調が伝えられながらも、ようやくのお目見えとなった。発売日は11月以降で予約数は公表されていないが、ベゾスCEOの笑顔はキンドルの順調な滑り出しを暗示している(後半のインタビュー「iPadミニは比較にならない」を参照)。

 アマゾンが発売するキンドルは大きく2種類。11月19日に発売予定の電子書籍専用端末「Kindle Paperwhite(キンドルペーパーホワイト)」と、12月19日発売予定の汎用型タブレット端末「Kindle Fire(キンドルファイア)」だ。いずれも米国で9月6日に発表したばかりの新製品である。

 キンドルペーパーホワイトはフロントライト付きの電子書籍専用端末で、暗い場所でも読める点が受け、米国では品不足が起きているほど。日本で投入するモデルは2種類で、Wi-Fi専用モデルは8480円、NTTドコモの3G(第3世代)回線を無料で利用できるWi-Fi+3Gモデルは1万2980円で販売する。

 一方、キンドルファイアは2種類のモデルを投入する。通常のキンドルファイア、及び高精細ディスプレーを搭載したキンドルファイアHDだ。いずれも7インチモデルで、価格はキンドルファイアが1万2800円、キンドルファイアHDは16GB(ギガバイト=ギガは10億)モデルが1万5800円、32GBモデルは1万9800円だ。

楽天は新製品を投入して対抗

 アマゾンは日本で電子書籍とタブレットの2つの土俵に切り込む。

 「現時点で最も競争力のある製品だ」。日本のライバルメーカーもこう認めざるを得ないキンドルペーパーホワイトは、北米での圧倒的な人気と世界的なブランドで「先行者優位」を誇る。産声を上げたばかりの日本の電子書籍業界もにわかに動き始めた。

 7月に電子書籍端末に参入したばかりの楽天は、11月1日、「Kobo Glo(コボ・グロー)」などの新製品の日本投入を発表する。既に米市場では投入済みで、暗所でも読めるフロントライト付きと、キンドルを意識した新製品だ。9月に「Reader(リーダー)」の新製品を出したばかりの老舗、ソニーの出方も気になる。

 新興勢力も動き出した。凸版印刷グループで電子書籍ストア「BookLive!」を運営するブックライブもまた12月をメドにNECと組み、通信機能も含めた電子書籍専用端末を販売する計画を進めている。このほか電子書籍ストア「eBookJapan」を運営するイーブックイニシアティブジャパンも、12月中旬をメドに1万円程度のタブレット端末販売へ向け動き出した。

 いずれの企業も今年の年末商戦に焦点を当て発売の準備を進める。アマゾンは過去、クリスマス商戦で大幅にキンドルの売り上げを伸ばしてきた。それだけに「ここで独走を許せば取り返しがつかない」(国内メーカー)。

キンドルを迎え撃つ競合製品たち

主な7インチタブレット端末
①会社名、②画面サイズ、③画面解像度、④重さ、⑤厚さ、⑥価格、⑦発売日


主な電子書籍専用端末
A企業名、B重さ、C厚さ、D価格、E日本語書籍数、F発売日

タブレットでは「新米」

 もう1つの土俵、タブレット市場ではキンドルは一転、新規参入者となる。

 日本でアマゾンがサービス開始発表をした13時間前、日本のユーザーは深夜のインターネット中継に釘づけになった。米アップルが発表した7.9インチの新タブレット端末「iPad mini(ミニ)」。言うまでもなくキンドルファイアHDの最大のライバルだ。

 「デッド・オン・アライバル(既に死んでいる商品だ)」。アップルの故スティーブ・ジョブズ前CEOは韓国サムスン電子など、ライバルが7インチ台のタブレットを発売した際にはこう評していた。だがアップルは前言を撤回し、iPadのすべてのノウハウと技術をiPadミニに投入してくる。

 アンドロイドOS(基本ソフト)でタブレット市場のもう一方の牽引役となった米グーグルも自ら開発した端末「Nexus(ネクサス) 7」で迎え撃つ。世界的には無名ながら、国内メーカーも、日本の利用者の趣向に合わせた製品開発では一日の長がある。「向こう半年間、ライバルは絶対に追いつけない」。NECが発売した「メディアスタブ UL N-08D」は徹底して軽さと操作のしやすさを追求した。前モデルより100gも軽い249gで、7インチの機種では世界で最も軽い。女性がバッグに入れて持ち歩くという使い方を想定し、コミック1冊とほぼ同じ重さを狙った。

 使いやすさでは、バイブレーション機能を改良した。米企業が開発した最新の振動デバイスを採用し、きめ細かく制御している。例えば鉄のボールとゴムのボールが壁に当たった時の振動の違いまで、再現可能だ。

 アマゾンのベゾスCEOは「本来、他社製品を論評したり、キンドルとの比較を言及しない孤高の姿勢を保ってきた」(アマゾン関係者)。だが今回はこうした姿勢を転換した。

 9月6日、米ロサンゼルスでのキンドル新製品発表の際には、ベゾスCEOが壇上にiPadとネクサス7を大写しにし、キンドルファイアHDの優位性を声を大にしてアピールする姿が話題になった。

 「iPadミニより安いのに機能は豊富」――。iPadミニの登場を受け、アマゾンは米国の販売サイト上でこんな比較プロモーションも始めた。iPadミニの「329ドル」とキンドルファイアHDの「199ドル」を併記したうえで、HD(高精細)画質や画素数、ステレオスピーカーなどiPadミニにはない優位性をアピールする比較広告だ。

 電子書籍端末では日本市場で本命参入と騒がれる一方で、タブレットではアップル、グーグルの2大巨頭、国内勢と戦わなければならないアマゾンの焦りが、こうしたあからさまな広告戦略に表れていると言えるだろう。

 調査会社の米IDCによると、2010年に世界で1900万台だったタブレット市場は今年1億1700万台に達し、2016年には2億6000万台を超える見通し。この流れは日本にも波及し、国内のタブレット販売台数は今年度495万台、2016年には1510万台に膨らむ見通し(モバイルコンピューティング推進コンソーシアム調べ)。

 タブレット市場の拡大を見込んで通信会社も動き出した。

 「ドコモの回線を選んでいただいて大変光栄に思っている」。NTTドコモの加藤薫社長は10月26日の記者会見でこう語った。キンドルペーパーホワイトには書籍をダウンロードするための通信回線として、ドコモの第3世代携帯電話回線が採用されている。

 ただドコモがユーザーから料金を徴収するのではなく、アマゾンが一括で回線用のSIMを買い上げるビジネスモデル。ドコモにしてみれば「SIMを下ろした段階で売り上げが立ち、純増数も増える」(加藤社長)のが利点だ。

 一方、アップルのiPadミニはソフトバンクに加え、新たにKDDIが回線を提供する。料金体系はまだ明らかでないが、映画や動画など大容量のコンテンツを鑑賞できるタブレットは「通信会社の次の大きな収入源になる」(KDDI幹部)と見ている。

 アマゾンが最終ランナーとして日本に降り立ち、役者は揃った。年末商戦は世界の大手と国内勢が入り乱れた電子書籍・タブレット戦争の序章となりそうだ。

(編集委員 小板橋 太郎、原 隆)

ジェフ・ベゾス 米アマゾン・ドット・コムCEO(最高経営責任者)に聞く
iPadミニは比較にならない

 問 幾度となく日本で発売報道があったKindle(キンドル)だが、ようやく発売に至った。

 答 このデバイスは私どもが作ってきた中で最高の製品だ。我々は時間をかけ、相当な努力を続けてきた。日本語のフォントを高い解像度の中で最も美しく表示するために、細かい調整を重ねてきた。

 端末の価格も低くするよう頑張った。価格は損益分岐点ぎりぎりの水準だ。ハードウエアの販売で利益を上げようとは考えていない。皆さんと非常に長く、継続的な関係を築いていく中で、電子書籍をはじめ、音楽、ゲーム、アプリなどを購入していただき、それによって事業が成り立てばいいと思っている。

(写真:陶山 勉)

消費者はディスプレーを重視

 問 9月6日に米国で発表した際、米アップルのiPad、米グーグルのNexus(ネクサス)7と比較してキンドルファイアHDの優位性を強調した。奇しくも日本ではiPad mini(ミニ)と同じ日の発表になったが、優位性に変化はないか。

 答 iPadミニはまず価格が高い。さらに我々のようなHD(高精細)画質じゃなくSD(標準)画質で解像度も低い。キンドルは比較にならないほど多くの機能を盛り込んだ端末なんだ。iPadミニは単なるSDデバイスにすぎない。この一言に尽きる。それでいてiPadミニは米国で329ドル、我々は199ドルだ。日本でも大きな価格差がある。これだけでも説明は十分じゃないか?(笑)

 私が思うに消費者がタブレットを選ぶうえで重視するのはまずディスプレーの性能だ。もう1つが通信速度。ウェブサイトへのアクセスだけでなく、ストリーミングで動画を視聴したり、ファイルをダウンロードしたりというのが主な用途だ。Wi-Fiのスピードが速く、かつ帯域が広いことが重視される。

 最後がコンテンツとハードウエアをどれだけきれいに統合しているか、だ。購入者はハードウエアを買うのではなく、サービスを買う。優れたコンテンツがあり、さらにはハードウエアと統合されていなければならない。

 問 出版社との交渉に苦労していたようだ。

 答 すべての日本の大手出版社との合意に至った。そして大手出版社が自社で持っているコンテンツを今後、我々のストアに出してくれることになっている。

 世界各地でキンドルストアをオープンさせてきたが、デビュー時点での本の品揃えで言えば、日本が最も素晴らしい。出版社側も非常に情熱を持って取り組んでくれている。こういった姿勢に対して逆に我々は勇気づけられている。

本物の電子書籍が5万冊

 日本語の書籍タイトル数は5万点だが、すべて文字サイズを変更できる「リフロータイプ」のものだ。「(文字サイズを変えられない)PDFタイプ」を我々は電子書籍と呼ばない。非常に読みにくく、読書体験として良質とは言えないからだ。リフロータイプの書籍だけをカウントしていることをつけ加えたい。

 問 米ディスカウント大手のターゲットに引き続き、米小売り最大手のウォルマート・ストアーズも9月にキンドルの販売を中止した。米国ではEC(電子商取引)事業と競合する販売店との関係が悪化しているようだ。

 答 キンドルを取り扱ってくれている店舗数は米国で1万6000店舗ある。実店舗との関係は良好だ。

 どこが扱ってくれないというよりは、流通経路を使ってどのくらい売るかの方が重要だ。日本でも上新電機、ビックカメラをはじめとする量販店大手で販売する。アマゾン自身もまた強力な販売チャネルであることは言うまでもないだろう。今、抱えている問題は流通よりも、むしろ製造が間に合うかどうかの方が重要なんだ。幸運なことにね。

 問 確かにキンドルペーパーホワイトは米国で品薄になっていると聞く。商品到着までに4~6週間かかるようだが。

 答 困った状況だ。そう、困った状況になってしまうんだよ(笑)。日本の皆さんには早く先行予約してもらった方がいいかもしれないね(笑)。

 我々の責務は製品を作り、コンテンツのエコシステムを通じて顧客サービスを提供するところまで。需要を作り出すのは顧客だ。

 問 日本では10月24日から予約受け付けを開始した。状況はどうか?

 答 発表当日の夜、仲間内で囲んでいた夕食で(初日の予約受付数の)数字を聞いた。相当興奮したよ。数字は教えられないけどね(笑)。

 問 これから日本でもクリスマス商戦、年末商戦を迎える。キンドルは毎年この時期に販売数を増やしてきた。

 答 我々は毎年新しいデバイスをリリースする時はホリデーシーズンを視野に入れてきた。日本でもビジネスピークを期待できる年末商戦を考慮に入れて発売を決めた。米国ではキンドルペーパーホワイト、キンドルファイアの両方を購入しているケースが多い。用途が異なるからだ。屋内外問わずに長い小説をじっくり読む時はキンドルペーパーホワイトで、ゲームやウェブサイトへのアクセス、電子メールなど様々なことを楽しむ時はキンドルファイア。この2つの組み合わせは完璧だよ。日本の皆さんが両方購入してくれることを期待している。

 問 タブレット市場でラインアップを増やし、全方位で戦う姿勢を見せている。改めてアマゾンにとってのタブレットの意味を聞きたい。

 答 私たちがやろうとしているのは、このデバイスを消すことなんだ。

 つまり、デバイスそのものがかっこいいとか機能が豊富とかではない。まるで紙の本のように、作者の世界や物語に読書の中で没頭してしまうようにしたい。本の装丁、紙、インク、そういったものがすべて消えて没頭してしまう読書体験を実現したいと思っている。

 私たちがデバイスを提供する真の意味は読書体験を素晴らしいものにしてもらうこと。コンテンツの世界に没頭していただきたい。

 もう1つのビジョンは、5年前に私が言ったことだが、この世界で印刷されたすべての書籍、すべての言語で書かれた書籍を60秒でダウンロードできるようにすることだ。こんなに素晴らしく、こんなにクールなことはないはずだ。

日経ビジネス2012年11月5日号 8~11ページより目次