欲望を増幅し消費を加速することで、急拡大してきたファストファッション。だが、使い捨て文化や劣悪な労働環境には、厳しい視線が向けられている。ファストファッションの対極にある「ユニクロ」と、その日本的モノ作りの未来が問われる。

総合スーパーの英マークス・アンド・スペンサー(M&S)は、ファストファッションが助長する使い捨て文化に疑問を投げかけるために、衣料品のゴミでビルを覆った(写真:Getty Images)

 今年4月、ロンドン東部のあるビルの壁面がカラフルな服に覆われた。それらの服は、実はゴミ。英国の総合スーパー、マークス・アンド・スペンサー(M&S)が仕掛けた、衣料品の使い捨て文化に対する問題提起である。

 M&Sは、ベーシックな衣料品を扱うことで特に中高年に支持されている、ファストファッションの対極にあるブランドだ。同社はこの日、「shopping(買い物)」と「swap(交換)」を組み合わせた造語で「Shwopping」と名づけたプロジェクトを開始した。服の販売と引き換えに不要となった服を回収し、リサイクルで得た資金を世界の貧困解消に役立てるという。

 欧米諸国ではファストファッションの負の側面が関心を集めている。M&Sの調査では、英国の5人に1人が1回着ただけで服を捨てた経験があった。同社は、「ファストファッションが衣料品の使い捨て文化を助長している」と結論づけた。

 2008年、英議会の特別委員会が、ある自治体でゴミに占める衣料品の割合が5年間で7%から30%に増えたと報告し、その現象を「プライマーク効果」と名づけた。プライマークは、激安路線を追求するアイルランド発のファストファッションである。キャミソールが1.5ポンド(約180円)、ドレスでも15ポンド(約1800円)といった具合だ。25歳の英国人女性は、「親の世代はM&Sが好きだが、私たちはプライマーク世代。安いしファッショナブルだし、品質も十分」と言う。

バングラデシュの協力工場を訪れたH&Mのカール・ヨハン・パーションCEOは、労働環境の改善に尽力していることを記者団にアピールした(写真:井口 和歌子)

 ファストファッションには、バングラデシュなど生産国での低賃金労働への批判や児童労働の懸念もつきまとう。インディテックスもH&Mも児童労働の禁止などを定めた行動規範の順守を取引先に求めている。アジアからの調達比率が約8割を占めるH&Mの場合、頻繁にアジアの協力工場に記者を招き、労働環境改善への取り組みに理解を求めている。今年9月には、カール・ヨハン・パーションCEO(最高経営責任者)自らバングラデシュの記者ツアーに同行して、「H&Mはバングラデシュの経済発展や地域貢献に尽くしている」と強調。同国首相に最低賃金引き上げを要請するなど、イメージ向上のために奔走した。

 だが、綿花などの公正取引を訴えるNGO(非政府組織)、フェアトレード・インターナショナルのハリエット・ラムCEOは、「企業はもはや消費者から信用を失っている」と冷ややかに見る。しかも、「サプライチェーンには、綿花などの生産から、糸、生地の生産、染色、縫製まで多様な参加者が世界規模で加わっている。ほかの産業と比べても問題の追跡が難しい」と嘆く。

消費者の欲望を速く、安く満たす

 服はミシン1つさえあれば作ることができる。その参入障壁の低さゆえに、サプライチェーンはほかの産業に先駆けて地球規模で広がり、生産拠点はバングラデシュなどの最貧国にまで行き着いた。その意味で、ファストファッションは今日の過熱する消費社会とグローバル化の先頭を走る。

 世界の人口は、2050年までに現在の70億人から90億人に膨れ上がる。それを考えれば、消費者の欲望を速く安く満たすファストファッションの成長余地はまだ大きい。一方で、ブランドの乱立や環境・社会への負荷の観点から、ファストファッションの永続性に疑問符がつき始めているのも事実だ。そして、日本や中国などのアジア諸国も早晩、この波にのみ込まれていく。

 この潮目の変化をとらえ世界トップを狙うのが、日本を代表する衣料品ブランドとなったユニクロである。ファーストリテイリングの柳井正会長兼社長は、「我々が売っている服は、ファッションではない」と言い切る。それは、ファストファッションの“次”の時代が到来することを見据えた発言だ。

 そもそも、ユニクロの事業モデルはファストファッションとは明らかに違う。ブランド主導の「プロダクトアウト型」の開発で、長い時間をかけて作り、数年をかけて莫大な数量を販売する。成長を支えた高機能肌着のヒートテックや軽量ダウン衣料のウルトラライトダウンについて、柳井会長は「一朝一夕には作れない」と断言する。原料の調達から生地の生産や加工、縫製、物流、店頭での販促まで含めて、どう売り、改良するかまで詰めて開発する。最初から最後まで大量に売るための戦略を練り、それに沿った商品を作ることこそ同社のお家芸だ。

 対して、ファストファッションの商品開発は、消費者ニーズをくみ上げる「マーケットイン型」である。素材メーカーから縫製工場まで最適な取引先をその都度、柔軟に選んで、数週間という短期間で商品を売り切っていく。

 柳井会長は今、ファストファッションと異なるユニクロの事業モデルに自信を深めている。だが、過去を振り返ると、ユニクロは品質や機能とファッションの間で揺れ動いてきた。

(写真:古立 康三)

 機能性に優れた色鮮やかなフリースで大成功していた2000年には、元祖SPA(製造小売り)と言われるギャップを目標に掲げていた。その後、フリースブームが下火になるとファッション性の向上を目指した。品質と機能というユニクロ本来の強さに回帰する覚悟を固めたのは、最近になってからだ。

 柳井会長は言う。「ファッションか、品質・機能かではなく、それを超えた新しいベーシックを作っていく。我々の考える服の方が、ファストファッションよりもよほど市場はでかい」。

 その言葉には、新興国で生産されたものが主に先進国で使い捨てられていくファストファッションへのアンチテーゼが込められている。先進国のファッション感度の高い人たちだけが着るのではなく、機能と品質を武器に、新興国を含めた世界の老若男女が着るブランドを目指すという宣言だ。

 さらに柳井会長は、「利豊(リー&フォン)のウィリアム(・フォン会長)もよく知っていますよ。でも今の品質では、我々とは取引できない」と話す。名だたるファストファッションブランドの商品開発や製造を請け負うリー&フォンをあえて使わない姿勢に、「一歩先」を狙う柳井会長の思いがにじむ。

ファストファッションの“次”へ

 ただし、こうしたユニクロの戦略には、厳しい見方もある。その1つが、品質に対する考え方についてだ。

 ファストファッションの一大拠点となっているバングラデシュでは、多くの工場がユニクロなど日本企業との取引を躊躇していた。バングラデシュ経営者連盟(BEF)会長のファズルル・ホク氏は、「日本は欧米に比べて品質に対する要求が高いのに、それに見合うコストを負担しない。この国の工場を活用したいのなら、日本は調達方針を見直すべきだ」と手厳しい。ザラなどが浸透したことで、消費者の品質に対する期待値がファストファッション並みになったなら、ユニクロの品質基準は今や過剰との見方も成り立つ。

 また、取引先との関係に疑問を呈する声もある。例えば近年、中国の人件費が高騰した際に、欧米勢は「中国+One」どころか「中国+Many」の戦略で新たな調達先の確保に動いたが、取引先との長期的な関係を重視する日本勢は完全に出遅れてしまった。

 自動車や家電など、かつて機能と品質で世界を席巻した日本製品はその存在感が薄れている。品質と機能を前面に出したベーシックな商品で世界を狙うユニクロは、日本型モノ作りの最後の砦のような存在かもしれない。

 安さとファッション性で、消費者の欲望を刺激してきたファストファッションの次にあるものは何か。それを探るユニクロの挑戦は、日本のモノ作りの未来を問うことでもある。

日経ビジネス2012年11月5日号 39~41ページより

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