「ザラ」を傘下に持つ世界最大のファッショングループ、インディテックス。H&Mもギャップも抜き去り、快進撃を続けるスペイン企業の実態とは。消費者の欲望が動かす高速サプライチェーンの心臓部に迫る。

常に最新の流行を追い、消費者の欲望を刺激し続ける「ザラ」の店舗(写真:アフロ)

 「好調な業績を維持するカギは、ビジネスモデルの柔軟性にある」。世界最大のファッション企業、インディテックスのパブロ・イスラ会長兼CEO(最高経営責任者)は今年9月、2012年上半期決算の説明会で言い切った。同社はファストファッションブランド「ザラ」を傘下に持つスペインの企業だ。欧州債務危機の中にあっても成長力は衰えない。上半期の連結売上高は前年比17%の伸びで投資家予想を上回り、業界2位のH&Mと比べても好調ぶりが際立っている。

 昨年度の連結売上高は138億ユーロ(約1兆3800億円)。7月末時点でザラを含む傘下の8ブランドで世界85カ国に5693店舗を持つ。今年は最大で520店舗を新規出店する計画で、その3分の1近くを中国が占める。成長の軸と位置づけるのがアジアや南半球の新興市場で、日本では現在、ザラを82店舗展開している。9月6日にはザラの銀座店を米ニューヨーク5番街店に続いて新たなイメージにリニューアルして高級感を出し、H&Mなどと差別化を狙う。ザラ以外にも、昨年以降、若者を狙った「ベルシュカ」を7店舗開いているほか、来春には家庭用雑貨を販売する「ザラホーム」を2店舗オープンする。

 強気の拡大路線を支えるのが、業界最速と言われるサプライチェーンだ。衣服をデザインしてから生産し、店舗に届けるまでに要する時間は、最短でわずか2週間。同社のチーフ・コミュニケーション・オフィサーのヘスス・エチェバリア氏は、「やろうと思えば1週間でもできる」と豪語する。英コンサルティング会社、プラネット・リテールのイザベル・カヴィル氏は、「デザインから店頭まで、H&Mは最短で約3週間、ギャップは約6週間かかっており、インディテックスは一歩抜きんでている」と分析する。

 この高速経営の実態を確かめるために、スペインに飛んだ。同社の本社は、創業者アマンシオ・オルテガ氏が1975年にザラの1号店を出店したラ・コルーニャにある。そこはスペインでも伝統的に貧しい、北西部のガリシア地方に位置する地方都市だ。これといった観光名所もなく天候にも恵まれない寂れた場所に、ガラス張りでひときわ近代的な建物があった。そこが、約3000人が働くザラの司令塔だ。

スペイン発、急成長のファストファッション
インディテックスの概要
インディテックスの本社があるラ・コルーニャの「ザラ」(写真:永川 智子)

消費者の声が作る2万点の服

 年間2万点を超えるザラのコレクションが生み出される、デザインの現場を訪れた。広いオープンな空間の中央に陣取るのは、意外にもデザイナーではなく、ずらりと並んだコンピューター。そして、その画面を食い入るように見ながら、電話で何やらしきりに話し込んでいる若い社員たちだった。

 彼ら、彼女らは、「コマーシャル」と呼ばれるカントリーマネジャーたちで、各自が担当する国のエリアマネジャーや店舗マネジャーたちから市場動向を収集し、在庫管理をするのが仕事だ。一方、従来のファッション業界では花形だったデザイナーたちは、そのコマーシャルたちを取り囲むように座っている。「消費者の情報こそ主役で、デザイナーは脇役」というインディテックスの経営方針を物語るように。

 コンピューターには毎日、販売状況や在庫情報が送られてくる。商品の動きに異常があれば、コマーシャルたちが即座に原因を特定し、その情報をデザイナーに直接伝える。

 例えば、新商品を発売すると、その日のうちに世界の店舗から続々と販売データや顧客の声が本社に集まる。色や形が足りずに販売機会を逃していることが分かれば、コマーシャルはその商品のデザイナーにすぐに駆け寄って情報を伝え、追加のデザインの準備が始まる。新たなデザインは、2週間ごとに開かれる製品会議で承認されると、すぐに生産に移されて数週間のうちに世界の店舗に並ぶ。日本市場を担当するコマーシャルのミミ・マリナ・シムラ氏は、「1カ月で流行が180度変わることもある。毎日何度も日本と連絡を取り、その情報をすぐに商品に反映できるのが強みだ」と話す。

 ザラも、従来型のアパレルと同様に、春夏、秋冬のコレクションを作る。だが、シーズン前にデザインを固めるのはコレクション全体の2割程度で、それ以外はシーズン中に消費者の反応を見ながらデザインを調整していく。

 そもそも、コレクション自体も、デザイナーがゼロから作るものではない。ファッションショーやファッション雑誌、テレビや映画でセレブが着ている服、ニューヨークやロンドンなどのストリートファッションで流行っているデザインを取り入れたものだ。イタリアのファッションブランド、ベネトンのクリエイティブ・ディレクター、ユー・グエン氏は、「ファストファッションのデザイナーの仕事は、ファッションショーを見ながら最新の服をコピーすること」と言い切る。

 しかも、デザインする量があまりにも多いために、取引先が持ち込むデザインがコレクションにそのまま採用されることもある。事実、デザイナーの作業台の周りには、取引先が持ち込んだ商品サンプルが溢れていた。

 トルコのデニム生地メーカー大手イスコ(ISKO)のシニア・マーケティング・エグゼクティブ、バヌ・イェニチ氏は、「生地メーカーでも、世界各地で流行を調査してザラが求めるデザインを先回りしてサンプルを作り、毎週のように提案している。彼らは1日たりとも待ってくれない」と打ち明ける。

 デザイナーが作りたいものではなく、消費者が求めるものを作るというインディテックスの思想は、取引先を巻き込んでサプライチェーン全体に広がっている。その結果、ちょっとした流行の変化にも、ザラのサプライチェーンが機敏に反応し、世界に流行を広めている。あるザラの取引先の担当者は、「ザラは、流行を作るのではなく、流行を増幅する役割を果たしている」と言う。

スペイン本社工場で5割を生産

 インディテックスが流行の変化に即座に対応できる理由は、その生産体制にもある。同社は本社周辺に12の製造子会社を持ち、ザラの衣料の約半分を自社で生産している。厳密に言えば、同社が担うのは主に裁断と検品で、労働集約的な縫製は約100社の小規模な下請け工場へ外注している。それでも、自社工場を持たず、アジアなどの外部工場にすべての生産を委託するH&Mやギャップ、ファーストリテイリングなどとは一線を画す。

 ニット製品やデザインが単純なベーシック衣料の多くは、中国やバングラデシュなどの工場に外注するが、ファッション性が高く、流行が冷めないうちに市場に投入する必要がある商品は主に本社工場で作る。ファッションは鮮度が最重要だと考えているからだ。

 機械で自動的に裁断した生地は下請けの縫製工場に出荷し、完成品は本社工場に再び戻して検品する。その間、10日前後。ザラ以外のベルシュカなどのブランドでは、自社工場は使わずにすべて外注だが、ファッション性が求められる商品はアジアではなくスペインやポルトガル、モロッコなどの近隣諸国で生産する。その場合も生産日数は12~14日程度という。

 グループ全体の年間販売数量は8億3559万枚。そのうち、こうした近隣諸国での生産量は約半数で、準・近隣諸国であるトルコも含めるとその割合は約65%に達する。

 本社工場で検品を済ませたザラの衣料は、レールに吊るされたまま地下トンネルを使って物流センターに自動搬送される。物流センターに張り巡らされたレールの全長は、東京から仙台までの距離に匹敵する360kmに達する。

 実は、この物流センターに持ち込まれるのは本社工場で生産した衣料だけではない。インディテックスはスペイン国内に8つの物流センターを持っており、世界中どこで生産したものであろうと、商品はすべてこれらの物流センターに集約し、そこから全世界の店舗に直送している。中国の上海で生産されたザラの服も、一度はスペインの物流センターに運び込まれ、そこから上海の店舗に出荷される。

 物流コストや輸送時間という点では非効率だろう。しかし、インディテックスは、世界中の店舗の在庫管理を最適化するために、すべての商品をスペインに集約する道を選んだ。

 すべての商品が集まるため、物流センターの規模は巨大だ。本社に隣接するのは、4つあるザラ専用物流センターの1つだが、それだけでも総床面積は約40万m2。サッカーのピッチが48面入る広さだ。

 物流センター内には、服を載せるトレー(受け皿)がついたコンベヤーが高速で回っている。作業員は、各地の工場から納品された段ボール箱を開け、服を取り出してトレーに1つずつ載せる。すると、トレーが自動的に、店舗ごとに割り当てられた配送用の段ボール箱に商品を仕分けていく。このシステムの処理能力は、1時間に6万点、1週間に300万点である。

 物流センターでの在庫の滞留時間は、最長でも2日間。出荷は朝夕の2回で、基本的に世界各地の店舗が同じ日に商品を受け取る。

 店舗が本社に商品を発注してから、2時間後には商品の仕分けが完了し、8時間後には物流センターを出発。欧州の店舗には陸路で36時間以内、欧州域外の店舗では、日本など一部で3~4日を要するところもあるが、通常は空輸で48時間以内に到着する。スペイン北部サラゴサ空港では、貨物容量の約9割をインディテックスが使用しており、物流会社が用意した専用機が上海やドバイなど世界のハブ空港に向けて飛び立っている。

 本社での在庫の集中管理は、店舗側の発注権限の放棄と表裏一体だ。新商品や在庫の補充は週2回。物流センターから店舗に届く。だが、店舗側にそれらの商品の発注権限はない。

本社でデザインされた服のデザインパターンはコンピューター処理され、そのデータを基に本社工場で生地が自動的に裁断される
裁断された生地は、サイズや生産地などを表示するラベルなどの付属品とともに袋詰めにされ、下請けの縫製工場に出荷される
物流センター内をトレー付きのコンベヤーが高速で巡回し、出荷する商品を店舗別に自動的に仕分けていく
本社の工場と物流センターには全長約360kmのレールが敷かれて、吊るされた衣料が行列をなしている(以上写真5点:永川 智子)

情報端末の呼び名は「カシオ」

 新商品の場合、店舗ごとの昨シーズンの売れ行きを基に、本社が何をどれくらい売るかを決める。あるザラの店舗マネジャーは、「在庫の補充については、2~3年前にシステムが替わり、すべてをスペイン本社のシステムで自動的に決めるようになった」と打ち明ける。形式上は“発注”という手順が店舗側に残っていても、実際は補充商品のリストが届き、それを確認して承認するだけで、本社が決めた数量以上に発注できないようになっている。

 先の店舗マネジャーは、「自動化されるまでは、店舗側が発注しすぎて在庫がダブつくこともあった」と振り返る。インディテックスは2006年からベーシック衣料を手始めに、在庫の自動補充システムを導入してきた。

 本社による在庫管理の判断材料となるのが、店舗が収集する2種類の情報だ。1つは販売データ。実際に売れたかだけでなく、手に取ったかどうか、試着をしたかどうかなどについても、商品を投入した日から毎日、細かく追跡し、定量情報として本社に送っている。

 もう1つが定性情報だ。例えば、渋谷店では何色が流行っているか、どんなアクセサリーが人気かといった、定量情報では伝わらない情報を、店舗マネジャーが電話で伝える。ザラ・ジャパンのペッターソン万里・店舗運営部本部長は、「コミュニケーションのレベルを上げて、数字では伝わらない感覚を本社に伝えるのが狙い」と話す。

 店舗在庫などの定量情報は、店舗マネジャーのPDA(携帯情報端末)で管理されている。物流センターからの配送の受け取りや返品、値下げ、他店舗への在庫の移動などが発生した際は、情報をPDAに入力し、本社にリアルタイムで送信する。そのPDAは米モトローラ製だが、呼び名は以前の端末にちなんで「カシオ」。同社がPDAの導入を始めたのは1990年代前半までさかのぼる。最初に採用したのは米アップルが開発した世界初のPDAとして知られる「ニュートン」で、当時、最大級のユーザーだった。

 レジや店舗の倉庫にはPDAと無線で接続されたコンピューターが別途設置されており、新商品や商品展示の方法などの情報が、カラー写真付きで毎週更新される。3~4週間ごとに商品展示は刷新され、売れ筋を除いて販売される商品もほぼ入れ替わる。先の店舗マネジャーは「3週間経てば、新商品も“死に筋”になる」と言い切る。

店舗で売る商品は本社が決定。店舗マネジャーはPDA(携帯情報端末)で在庫などの情報を管理する(右下)(写真2点:永川 智子)

ライバルに広がる「ザラモデル」

売上高、時価総額ともに世界トップに

 インディテックスは、これまで見てきたような高度にシステム化された高速経営を強みに、過去数年の間に連結売上高でギャップやH&Mを抜き世界トップに成長した。英コンサルティング会社、コンルミノのサイモン・チン氏は、「全世界にインターネットを介して情報が瞬時に伝わる時代に、インディテックスの高速経営は適している」と評価する。

 そして今、この「ザラモデル」は世界の衣料品SPA(製造小売り)のベンチマークとも言える存在になっている。

 業界第2位のH&Mは、物流センターを地域ごとに分散し、アジア地域からの調達が全体の約8割を占めるなど、高速経営の実現手法はインディテックスとは異なる。サプライチェーンの詳細は「競争上、極めて重要な情報」(H&M本社広報)として口を閉ざすが、同社のウェブサイトで「リードタイムは2週間から6カ月」と掲げるなど、インディテックスのようにサプライチェーンの柔軟性を強調している。

 ザラやH&Mなどのファストファッション勢に押されて業績悪化に苦しんできたギャップも、2007年のCEO交代以降、経営再建のためにサプライチェーンの高速化に取り組んできた。香港のエスプリ・ホールディングス(思捷環球控股)は今年8月、インディテックスの元サプライチェーン担当幹部をCEOとして招聘すると発表した。その直後に同社の株価が4割近くも上昇したことは、投資家のザラモデルへの評価の高さを示している。実際、株式時価総額で見ると、インディテックスは約6.5兆円と、売上高以上にライバルを突き放している。

 そしてここ数年、ザラを目指し、超えようという新興勢力も台頭してきている。ザラやH&Mなど大手ファッションブランドの黒子としてサプライチェーンの一部を担ってきた企業が、自らのブランドで表舞台に姿を現し始めたのだ。次ページからは、世界最大の黒子として名を馳せる香港の利豊(リー&フォン)グループの実像に迫る。

日経ビジネス2012年11月5日号 30~35ページより

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