激しい政治対立の中にある韓国の李明博大統領(左)、中国の胡錦濤・国家主席(中)と野田佳彦首相(写真:EPA=時事)

 「日中の経済関係が悪化していいとは思わない。だが、(問題の)責任は日本にある。(日本への輸出が減っても)中国は国内市場が大きいから影響はない。我々は必ず勝利する」

 10月中旬、中国北部の機械メーカー中堅幹部、何陽国氏(仮名)は、「日中の経済関係悪化をどう思うか」という記者の質問に、厳しい語調を変えないまま、そう言い切った。

 勤務するのは国有企業大手。一部製品が国内市場で同業の日本メーカーと競合するせいもあるのかもしれないが、その硬い声は政府間だけでなく、一般国民レベルでも日中の関係修復が容易でないことを改めて感じさせた。

 日本政府による沖縄県・尖閣諸島(中国名・釣魚島)国有化の後、中国各地で9月15日、18日に起きた大規模デモ・暴動から約1カ月半。その約1カ月前、8月10日の李明博大統領の島根県・竹島(韓国名・独島)への上陸をきっかけにした韓国との摩擦再燃から数えれば3カ月近く、日本は中韓両国と厳しい対立を続けてきた。

 ことに日中関係は経済にも深い影を落とし、前出の何氏が「経済戦争」とさえ言うほどに極寒の中にある。日韓対立も、通貨危機に伴う外貨不足の際に通貨を融通し合う日韓通貨協定を今年11月以降、縮小することになるなど、一つ間違えば経済活動を停滞の底に落としかねない状況となっている。

密接な経済関係を持つ日中韓米
(注:2012年1~9月の輸出入額。米国のみ2012年1~8月)

 だが、日中、日韓の対立は政治の関係悪化である「政冷」から、経済関係の縮小を示す「経冷」に広がるだけの単純な図式ではない。

 3カ国は上の図のように経済では深い依存関係にある。日本と韓国にとって中国は最大の貿易相手国であり、中国にとっても日本は単独国としては米国に次ぐ輸出先で、欧州連合(EU)、東南アジア諸国連合(ASEAN)を含めても4番目に入っている。

 その品目は日本から中国には建設機械や工作機械、化学品、電子部品、自動車などインフラ整備や国造りに欠かせないものが多く、韓国には、同国の強い液晶や半導体、テレビなどの基幹材料である素材や化学品など日本の高い要素・生産技術が基本にあり、容易に代替できないものが多い。

 逆に中国からは、衣料品や携帯電話、スマートフォンなど通信機器、一般機械、食料品などが輸出されており、日韓はやはり重要な顧客になっている。

中国からの輸出は軽工業品、衣料などが多い
日中韓米の相互の主な輸出品目

もはや「政冷経冷」ですらない

 それだけに、例えば中国が日本との経済関係を一方的に“途絶”して、日本を苦況に落としながら自国だけは何の影響も受けないということはあり得ない。日韓関係も同様である。

 となれば、自国の経済的損失を小さくしながら相手に打撃を与え、その状態を背景に政治的に優位に立つことが3カ国の当面の戦略になる。あるいは、互いに損失を被っても、より耐えられる方が相手から政治的譲歩を引き出すチキンレースになることもあり得る。

 もはや、政治関係が悪化しても民間経済はそれと離れて拡大する「政冷経熱」の時代は過ぎ去り、政治が経済に影響を及ぼしたり、経済的な優位が政治力になる「政経渾然」の時代に入りつつある。日中、日韓対立時代の日本経済を見る視点はまずここにある。

 「日系自動車メーカーの中国での販売台数は、9月に(前年同月比で)約半減した後、10月はさらに悪かったが、11月からは15%減程度になると我々に言ってきた。しかし、実際はもっと悪くなるんじゃないか。我々の生産は11月には(前年同月比で)40~50%減になるだろう。ほんとに痛い」

 中国北部で大手日系自動車メーカー向けにプレス部品などを生産している日系部品メーカーの総経理(社長に相当)、木村直氏(仮名)は、諦めたような口調でこう言う。

 暴動で中国国内の9月の販売台数は、トヨタ自動車で前年同月比48.9%、日産自動車も35.3%、ホンダも40.5%のそれぞれ大幅減となったが、その影響が、部品産業にも裾野を広げ始めているのである(上グラフ参照)。

 販売急落の原因は不買運動や買い控え。日本車というだけで、傷をつけられたり、運転者が襲撃されたりしかねない雰囲気が買い控えの輪を広げて、売れ行きは落ち込むばかりだという。

 ただし、これには伏線もある。もともと、日本車は独ダイムラー・ベンツなどの高級車に次ぐクラスの価格帯のクルマが中心で、対象客の中核は上海や深圳など沿海部の大都市の中上流層。しかし、「この層はかなりの人たちが既にクルマを持ってしまったため、今年7月頃からは売れ行きが落ち始めていた」(バークレイズ証券の自動車担当アナリスト、二本柳慶氏)。

 9月の反日デモと「その後の不買運動・買い控えは、そのタイミングで起きたから販売の落ち込みを大きくした」(同社チーフ・エコノミストの森田京平氏)。一方でライバルの独フォルクスワーゲンや韓国の現代自動車は低価格のクルマを持っている強みもあり、7月以降販売を大きく拡大。約20%程度だった日本車のシェアは侵食されそうな動きにさえなっている。

 「先行きが見えないのが何より不安。もう中国の自動車メーカーに売り込みに行こうかとさえ考えている」

 やはり中国北部に工場を持つ日系自動車部品メーカーの山下昭人氏(仮名)は、次第にいらだちを募らせ始めている。「構想レベルを含め、今後数年で200万台近い」(クレディ・スイス証券の自動車担当アナリスト、高橋一生氏)と言われた日系自動車メーカーの中国での能力増強“計画”には見直しの可能性さえ広がり始めている。

やがて中国自身への影響が拡大

 自動車だけではない。中国人女性に人気の高い資生堂の化粧品は、デモ後中国国内にある数百店の化粧品店で販売ができないままとなっており、暴動で湖南省の百貨店が破壊、略奪された平和堂は10月末まで同省内3店の営業を停止。休業による減収を含め損害は約15億円に上るという。

 中国で建機の販売を大幅に伸ばしてきたコマツの大型(6トン以上)油圧ショベルは今年に入って販売が低迷していたが、9月の販売台数はさらに前年同月比52%減となり、回復の糸口も見えていない。

 日本国内でも影響は大きい。特に打撃を受けているのが中国・韓国人観光客の宿泊、消費需要の急減。全日本空輸は9~11月の中国発の予約がデモ後1カ月で2万8000席キャンセルとなり、東京・池袋のサンシャインシティプリンスホテルは、国慶節に伴う大型連休(9月30日~10月7日)期間中の中国人客が前年同期比で90%減り、その後も元には戻っていないという。

 観光庁によると、中国人観光客は昨年、日本への旅行中に1人当たり平均16万4358円と米国人客より多い額を消費。国・地域別で見ても1964億円を使っており、その急減は中小企業・商店の多い観光地には特に響いている。

 こうした動きの裏に、中国側の官民による日本製品ボイコットの呼びかけや、それによる自粛などがある可能性は否定できないだろう。例えば、国慶節休暇中に、中国人観光客が中心の免税品販売で1日平均の売上高が前年同期比約20%減った東京・秋葉原のヨドバシカメラ「マルチメディアAkiba」では、中国人の個人客は回復してきたが、行政の指導を受けやすい「団体客はほとんど戻っていない」(ヨドバシカメラ)という。

 しかし、序盤は中国側の思惑通りに見える経済面での動きも、日本側に負荷をかける状態が長引くほど、やがて逆に変化する可能性がある。

 「中国には既に約2万5000社の日本企業が進出しており、取引先を含めれば約1000万人の雇用を生み出している」。柯隆・富士通総研主席研究員がこう指摘するように、日本企業は中国にとって重要な雇用の創出元となっている。

 加えて、直接投資では昨年、63億2700万ドル(約5061億6000万円)と、香港に次ぐ額で、米国や欧州、韓国が投資を減らす中、前年比伸び率(49.6%)ではトップとなっていた。この勢いは今年も変わらず、1~9月は前年同期比17%増を続けている。これらが縮小すれば、中国自身が大打撃を受けるのだ。

マブチモーターは、中国の工場での生産品はすべて国内向けにしている(写真は大連マブチの工場)

 それだけではない。自動車用エアコンやドアロック、バックミラーに使うモーターで世界の50~80%のシェアを持つマブチモーターは、「中国国内の民族系、外資系自動車メーカーに製品を供給しており、それができなくなると他社での代替は難しくなる」(亀井高・常務取締役生産本部長)という。こんな例が少なくないのだ。

 「中国は自動車のハイブリッド技術など、日本メーカーの技術を学ばなければならない面がまだ非常に多い」(柯・富士通総研主席研究員)ことなども考え合わせれば、中国経済への打撃はこれから本格化するはずだ。

韓国は中国に肩入れしない

 もちろん、中国国内にも日本との経済関係を重視する声はある。冒頭の何氏の会社の近くにある民間銀行の支店長は、「日系自動車メーカーに納入する部品メーカーは今、かなり苦しんでいる。日本との経済関係悪化が長期化すれば、中国全体の経済にも悪い影響が出るのは必至だ」と憂慮する。

 だが、こうした声は表では広がらず、対日強硬論にかき消されている。

 こうして中国が強硬路線に傾斜する一方で韓国世論は、次第に沈静化し始めている。10月23日に韓国国会の国防委員会に所属する国会議員15人が竹島に上陸するなど、政治的には、相変わらず強硬姿勢を崩していないが、国民は変化してきたという。

 「政治・領土問題と経済は切り離して考えるべきだと国民は考え始めている。日韓通貨協定の縮小も、韓国国内では(事実上それを促した韓国政府への)批判の声の方が強い。12月の選挙で選ばれる新大統領が保守、革新、いずれの側になっても日本との関係正常化は重要課題になるはずだ」

 ソウル大学国際大学院の金顕哲教授はこう指摘したうえでさらに言う。

 「韓国にとっては中国、日本との関係は等距離に保つのがベスト。どちらか一方に肩入れして、他方を排撃するということはあり得ない」

 つまり、中韓の動きを俯瞰してみれば、東アジア経済の先行きは中国がどこまで先鋭化するかがカギになる。そこで、重要になるのは米国の存在であり、軍事力の行使さえちらつかせる中国の抑止に、同国がどこまで取り組むかだろう。

 ポイントはここでも経済である。米国は世界経済の停滞の中で自国経済を再生させ、膨大な財政赤字削減を図ろうとしている。金融がかつての強みを失った今、そのために必要になるのは「製造業の国内回帰であり、バラク・オバマ政権が当初から掲げてきた輸出の大幅増」(第一生命経済研究所の主任エコノミスト、桂畑誠治氏)である(下グラフ参照)。

 となれば、米国の貿易相手国・地域のうち、輸出で4番目、輸入で2番目の中国は重要な存在。しかも、昨年は対中だけで2955億ドル(約23兆6400億円)もの貿易赤字を計上しており、輸出拡大は必須となる。

 この点で見れば米国の対中政策はより親和的となるはずだが、一方では日韓の同盟国であり、事実上の世界の「覇権国」として維持すべき国益もある。

米国はこれ以上深入りしない

中国は最近、空母も購入し、軍事力をさらに増強している(写真:Photoshot/PANA)

 二律背反の中で米国が取るのは「中国と全面対決はしない。しかし、アジアに中国中心の秩序ができるのは、米国の国益のために認めないという態度だ」と渡部恒雄・東京財団上席研究員は指摘する。

 既に米国は「西太平洋に空母2隻と打撃部隊を展開し、中国に暗黙の圧力をかけている」(同)というところまで日本に厚意を示しているが、中国が国際法を破り、砲艦外交のような行動に出ない限り、「これ以上、この問題に深入りもしない」(同)という。

 つまり、日本にとって現在の中国との緊張関係を変えるのは、「自力」のほかにないこととなる。とすれば、当然、日中経済の停滞は、長期化する恐れがある。

 日本は政治、経済両面から対中、対韓関係を改善する政策を総動員する必要があることは言うまでもない。だが、中国リスクが表面化した今、企業にとっては、中国の成長期待に乗った政策を見直す必要もあるだろう。次ページでは、中国、そして韓国経済の長期的な可能性を再点検する。

日経ビジネス2012年11月5日号 46~49ページより

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