世界47カ国・地域に学習法「公文式」を広げ、今や400万人近い学習者を数える。読み、書き、計算という世界共通の基礎学力に徹し、過度な現地化を避けて奏功した。社会人や年配者の学習意欲も促し、介護の分野でも注目を集める。 (聞き手は 本誌編集長 山川 龍雄)

写真:竹井 俊晴
角田 秋生(つのだ・あきお)氏
1949年生まれ、63歳。大手印刷会社勤務を経て、79年に東京公文数学研究会(当時)に入社。横浜事務局、社長室、チャイルド事業部長、事業開発室長を経て、98年「公文書写教室」を展開する公文エルアイエル社長に。2005年から現職。趣味は旅行と落語鑑賞。毎晩、寝る前にカセットテープに録音した落語を聞くのが日課。古今亭志ん生や桂文楽を好む。

できたという自己肯定感が自信になり、学習意欲をかき立て、より高みへと成長させる

 問 47カ国・地域で公文式の学習法を展開しています。日本発の学習法が「世界の公文」になったのはなぜでしょうか。

 答 個人別指導という点が、支持される理由として大きいと思います。

 例えば、目の前に小学3年生の子がいたとします。普通は、3年生だからこの内容、といった考え方をしますよね。しかし、同じ小学3年生でも学力には大きな個人差があります。

 公文式の場合は、「その子が持っている学力がどうか」からスタートします。インストラクターを通じて、その子に最適な課題を与えます。私たちはそれを「ちょうど」と言っています。ちょうどの課題が与えられれば、子供はできる。そして、できたという自己肯定感が自信になり、学習意欲が出て、もう少しやってみようとなります。これは日本も海外も基本的に同じです。ここに、あまり躊躇せずに海外展開できる理由の1つがあります。

 私たちが作成しているカリキュラムにも理由があります。公文式が提供しているのは、読み、書き、計算です。言語教材はその国の言葉に合わせて作らなくてはいけませんが、各国で使っている教科書に準拠したり、その国の教育カリキュラムに合わせたりといったやり方はしていません。

 教育は国造りの根幹であり、各国で大事にしている部分です。どんな専門性を身につけさせたいかは国によって違うはずですから、土足で入り込むようなことはしてはいけないと思っています。しかし、基礎学力は専門性を身につけるためにも必要です。例えば、読解力や算数を学び、論理的な思考力や数学的な分析力を身につけた後に、それぞれの国で国家政策に見合う教育をしてもらえばいい。個人別指導と学習の土台作り。この2つが、海外でも公文を受け入れていただいている大きな要因だと思います。

 問 地域によってローカライズしている部分はないのですか。

 答 質問や解説の部分は現地の言葉に翻訳しますが、教え方などは原則として世界共通です。

 ただ、各国の言葉に翻訳した場合、難しいのが算数の九九です。日本の九九は「二二が四」といった具合に一つひとつの言葉が短く覚えやすくできています。しかし、国によっては言い回しが覚えにくくなる場合があります。九九というのは、算数の基礎を作るうえで大きなポイントです。従って、覚えにくい際には九九の勉強時間を増やします。こうした差はありますね。

 問 公文式のビジョンを世界中で共有するには苦労がありそうです。

 答 日夜戦い、戦いですよ。公文式を始めて54年になりますが、相当の時間とエネルギーを価値観の共有に費やしてきました。

 特に力を注いだことの1つが教材作りです。適切な課題を提供できるよう、算数・数学なら数字を書くところから微分、積分まで、一直線につなげています。だから子供がつまずかずにやっていける。そしてこの教材の中にこそ、公文式の理念や哲学が盛り込まれているのです。ですから、新しい市場に展開すると、まずインストラクターは「数かぞえや数唱」から始まる一連の教材を解き、教材から公文の理念、価値観を感じてもらうようにしています。

 さらに重要なのは、インストラクターの適切な指導を通じて子供がどう変わっていくかを実感することです。ちょうどの課題を目の前に与えられたら、子供はいかにやる気を起こすか、現場で実践しながら知っていただく。この実践と座学を組み合わせていくのです。

 また、公文では毎年1回必ず、地域ごとに過去1年間の指導の実績を紹介し、いい事例から学び合う場を設けています。北米や日本の先生が互いの地域を行き来するなど、地域の枠を超えたやり取りもあります。

 米国や南米に進出して35年以上が経ちましたが、年数と経験を重ねていくと、だんだんと各国で共通の課題が表れてきます。日本で30年前に起きた課題が今、北米で起きているということもあります。

 そんな時は、過去にその課題を解決したことのある日本のインストラクターが北米へ行き、自分の経験を語ることが可能です。日本で長い時間をかけて見いだした解を、知恵として伝授できます。これは、世界中で同じ教材を使っている強みの1つであり、私たちの価値観を共有するうえでとても役立っています。

1つの教室からすべてが始まる

 問 海外市場を見た時、1人当たりGDP(国内総生産)がどのぐらいになると進出しやすいといった目安はあるのですか。

 答 全くありません。

 海外展開の話をすると、よく「どうマーケティングをしているのですか」と聞かれます。しかし私たちは、単に子供の数が多いといったことがスタートにはならないのです。最初からたくさんの教室を作ることも、あまりありません。

 新たな国に行く時、私たちはまず1つの教室を作ってみます。オフィスに本部教室のようなものを作り、そこから展開し始めるのです。国によって気質や風土は異なります。1つの教室を開き、地道に日々の活動をする中で、基本的な考えや指導法を変えずに、どうすれば公文式を受け入れてもらえるかを探っていくわけです。

 それができた時には大抵、支持者が増えてきて、「公文式をやりたいけれど、教室はないの」との声が聞かれ始めます。その段階で、少しずつ教室の数を増やしていきます。

 もう1つ、公文が大事にしているのがインストラクターの先生です。インストラクターは現地の方にお願いしています。日本の駐在員がやることはあまりありません。その国や地域を愛し、子供たちや国の将来を考えている方々を採用していきます。

 問 基本的にフランチャイズ形態で展開しているのですよね。

 答 最初からフランチャイズありきではありませんでした。創業者の公文公が、この公文式学習法を1人でも多くの子供に伝えたいと模索した結果が、たまたまフランチャイズという方法だったのです。

 フランチャイズの基本は「標準化」ですよね。しかし、我々の場合には、標準化と個別化を同時に実現しなくてはいけません。そのため、私たちは自社の形態を「フランチャイズの応用編」と認識しています。

 問 連結決算の数字を見ると、公文は売上高営業利益率が10%を超え、かなり高収益なビジネスと見受けられます。これもフランチャイズ形態ゆえの強みでしょうか。

 答 それはあります。が、以前に比べると収益率は落ちています。

 理由の1つは、国によってフランチャイズ方式が難しい国や、学校外教育という概念がない国もあるからです。そんな中で話を進めていくうちに、学校への導入や直営教室で展開する国が出てきました。結果、全体の収益構造が変わりつつあります。

 最初は戸惑いますが、試行錯誤しながら工夫に工夫を重ねていけば、日本では分からないツボが押さえられるかもしれない。ここにも海外展開の大きな意義があると捉えています。

 問 進出する国の規制や慣習に応じて、参入する際の形態は問わないと。

 答 インドは直営教室から始めましたが、今は直営とフランチャイズになりました。カタールもフランチャイズの教室がようやく出てきたところです。

 よく、「どの国や地域に力を注いでいますか」と質問されるのですが、今は広げることよりも、深まりを生むことを考えています。保護者の方に、公文の教室に入れてよかったと思ってもらえるよう、子供を伸ばすことに注力したい。

写真:竹井 俊晴

 日本国内はこの先、少子化が進みます。しかし、子供の数が減っても、子供の学力強化が将来につながると考える親は多いと思います。しかも、今までのように「友達が行っているから我が家も」といった選び方ではなく、厳しい選択の中で選ばれるようになります。だからこそ、学習効果をきちんと提供できる公文にしていくことが、少子化が進む中での最大戦略だと考えています。

 問 しかし、学習効果は一朝一夕に表れるものではありませんよね。

 答 おっしゃる通りです。即効性を求められると、公文に行かせても…となる。今後は実績広報のようなことも含めて、公文の神髄を伝えていかなくてはと思っています。

 創業から半世紀以上が経ち、今、公文のOBやOGが第一線で活躍し始めています。「公文式で学んだことで、集中力が高まった」「作業を進める力が身についた」などとおっしゃる方が増えてきたのです。これは我が社の財産と考えています。

 保護者の方々が一番分からないのは、「公文をやることが、子供の将来にどう生きるのか」です。そこで、第一線で活躍する公文経験者の声を通じて、その疑問を払拭できればと考えています。

 問 受験対策には足を踏み入れない方針ですか。

 答 踏み入れません。自分で勉強する力や新しい課題を解こうとする力、解く方策を知るのが公文です。教室に来て勉強した子供の中には、特別な大学受験対策をしなくても志望校に入れる子がいますし、それでいいと考えています。

 問 学習塾はM&A(合併・買収)が非常に盛んな業態でもあります。

 答 学習塾とウチはちょっと違うと思うんです。もし、そんなこと(M&A)をやろうとしても、一つひとつのコンセプトや考え方を確認していったら、「とても無理」となるんじゃないかなと思います。

 それよりも、自分たちのメソッドを磨きに磨いて、公文の教室に来てよかったと誰もが言ってくれるようなものを作っていくことに注力した方がいいと思っています。

 問 経済協力開発機構(OECD)が国別にPISA(学習到達度調査)のランキングを発表しています。角田社長の目には、こうした学力ランキングはどう映っていますか。

「とことん」「こつこつ」を育てる

 答 学力は、どんな物差しで測るかが結果に大きく影響します。

 最近のPISAのように、考えて書くといった力はある年齢においては必要だと思います。しかし個人的には、思考する以前に頭の中で汗をかかなきゃいけない時期があると思うのです。

 私たちが子供の頃には、何も考えずにひたすら計算問題や漢字の書き取りをさせられた時期がありました。そうした経験を通じて、心と頭の中が鍛えられる面はあると思うのです。分かることとできることは違う。今は何かを知ろうと思えばすぐにインターネットで調べられますが、その前段階の、もっと手足や頭を使って頑張る、忍耐するといった要素がとても大事ではないかと。

 今、世界中が変革期を迎えています。そうした状況の中を、うちの教室に来てくれている子供たちは歩んでいくわけです。何かあるたびに腰が引けたり、新しい課題にぶつかってへこたれたりするようではまずい。挑戦意欲や忍耐力が求められます。

 「とことん」「こつこつ」。そういう力をつける学習法の1つとして、公文式があると思っています。1回の学習で必ず100点にしていくという行為を繰り返す。間違えていたら直す。要するに、1枚1枚を完結していかなきゃいけないんです。こういうことを繰り返し、何年も続けるうちに、先ほどのとことんやこつこつといったものが身につくのです。

 もう1つ、私どもが大事にしているのは、学年を越すという概念です。

 最初は自分が分かるところから始めます。子供によっては、自分の学年より下の内容から始めるかもしれない。しかし、一歩一歩進めていくうちに、気がついたら自分の学年に追いつく。ここではまだ足りないんです。ここを追い越す。すると、初めての領域に入っていきます。そして、新しいことが目の前に来た時に、取り組もうという意志や挑戦意欲を持っている子供になるのです。

世界中が変革期を迎える今こそ 手足や頭を使って忍耐力を高め 課題に立ち向かうことが必要

 問 公文式は、実は自然な形で飛び級制度を採用していると。

 答 そうです。学年に追いつけ、追い越せと。今までに遭遇したことのない新しい世界を歩んでいく時の苦しさや大変さ、そこを乗り越えた時の気持ちには、教材を終えた以上の価値があると思います。こうした経験は後の生活全般にも効いてきます。

 同じことは大人にも言えます。

 公文ではペン習字や書き方教室「公文書写教室」を開講しています。既に生徒数は7万人ほどになり、多くの大人の方も受講しています。

 考え方は公文式と基本的に同じです。まず、適切な課題を与える。それをやったことを認める。褒める。大人に対しておこがましいですが、やっぱり褒めることが大事なんです。そして忘れてはならないのが「励ます」です。いい意味でエールを送る。結果的に、今までなかったような学びの意欲や向上心が芽生えるのです。

 今、東北大学の川島隆太先生と一緒に、学習療法が認知症にどう効果があるかを研究しています。患者さんたちにやっていただくのは、簡単な計算と音読です。周囲は見守りつつ、認めて、褒める。すると患者さんに変化が表れるのです。近くで患者さんをご覧になっている介護スタッフの方も、目を見張るケースが多いんですよ。こうした結果を受けて、導入を検討する施設も増えてきました。

 問 公文の普遍性を応用すると、ビジネスパーソンの成長に役立つプログラムも作れそうですね。

 答 ちょっとストレッチしているけど、もういいやと思わせないレベルの課題を適切に与えることです。「ちょうど」という概念を持って、いい意味でのエールを送り続ける。そうすることで、大人も子供同様、意欲的に学び続けることができるのです。

傍白
 ちょうど、とことん。子供向けに分かりやすい表現を使っていますが、企業社会のマネジメントにも通じる話です。目標設定は簡単すぎてもいけないし、実現不可能なものでもいけない。ギリギリのゴールを設定し、そこに挑戦することで、本人も企業も成長する。日産自動車のカルロス・ゴーン社長が有名にした「ストレッチ目標」に当たるのが、公文式では「ちょうど」なのでしょう。「なぜを5回繰り返す」トヨタ流が「とことん」かもしれません。子供の習熟度に応じて、ちょうどの学習メニューを用意し、とことん鍛えることができる。それが公文式の強みであり、格差の激しい海外でこそ向いているのかもしれません。そこに公文式が世界に広がった秘密の一端があると感じました。
日経ビジネス2012年11月5日号 94~97ページより目次