写真:清水 盟貴

 私は1985年初頭にそれまで勤めていた日本航空を退社して、ボストン コンサルティング グループ(BCG)に入社しました。1つの会社の中でコツコツと力を蓄えながら出世していくような人生は面白くない、自分の力を限界まで出し切るような挑戦をしてみたいと考えての選択です。当時はそのような言葉はありませんでしたが、まさに「市場価値」だけで評価される世界を求めて飛び込んだわけです。

 経営コンサルタントというのは、顧客に価値を提供できなければ“退場”させられます。また、社内に自分と同じ分野でもっと優秀な人がいる場合も同様です。あからさまに退職を迫られることはなくても、自分自身で市場価値がないことを認識し、辞めていった人を何人も見てきました。

 そのような厳しい世界にずっと身を置いてきた私ですが、ビジネススクールに通う社会人や学部の学生などが自分の市場価値を高めることにばかり目を向けているのを見ると、疑問に感じることがあります。MBA(経営学修士)や公認会計士の資格を取得するなどして専門性を磨けば、すぐにその資格や能力に見合う仕事が与えられると考えている人が少なくありません。でも、実際には資格や能力だけで会社の中で活躍できるとは限らないのです。

 例えば、財務や法務といった専門性の高い部署でも、会社は将来幹部となる人材について複数の候補者を育てながら、競わせるものです。仮に自分より年次が1つ上のライバルがそのポストに就いたとしたら、次にその席を得るのは難しいでしょう。専門性はあってもつぶしが利かないような人だと、他の部署に異動しても活躍できる場を見つけられないかもしれません。

 今いる会社の中で重要な役割を与ええてもらえなければ、どんどん外に出ていこうという気概を持っている人ならば、市場価値を磨き、自分を正当に評価してくれる場を求めればいいでしょう。でも、そこまでの覚悟がなく、1つの会社にある程度長くとどまるつもりなら、私は「企業内価値」とでも呼ぶべきものにも目を向けるべきだと思うのです。

 企業内価値とは、その会社の中で発揮される価値です。意思決定がどういうプロセスでなされているか、あるいは社内のどこにキーマンがいて、どこを通せば話が進みやすいか、といったことをどれだけ把握しているかなどで決まります。「うちの会社は品質に関しては絶対だ」とか「何よりデザイン重視」といった企業ごとの社風や文化への理解度も挙げられるでしょう。

 そういった企業内価値が高い人材は社内のプロジェクトを任された際に、様々なリソースをうまく使いこなすことができ、それが評価されて結果的に昇進も早くなることが多いものです。

 もちろん、単なる「ゼネラリスト」ではなく、何をやらせても一定以上の成果を上げることができなければ会社の中でも通用はしません。市場価値と企業内価値のどちらか一辺倒になるのではなく、バランスよく能力を磨いていくことが、自分の価値を高めるうえで重要だと思います。(談)

日経ビジネス2012年11月5日号 118ページより目次

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