11回目の大賞は、炭素繊維をブレークさせた東レの開発陣が受賞。優秀賞はいずれも地方で、明日につながる街づくりに関わる2人の人物に輝いた。特別賞は、急速に普及する日本発の高速通信技術「LTE」標準化への貢献を表彰した。

北野 彰彦(きたの・あきひこ)氏
1959年、大阪府生まれ。大阪大学基礎工学部卒、米ワシントン大学博士課程修了。85年に東レ開発研究所入社。一貫して炭素繊維複合材料研究の道を歩む。2006年から現職。

 2011年10月、東レが航空業界の歴史に新たな1ページを刻んだ。

 米ボーイングの新型旅客機「B(ボーイング)787」。中型機ながら北米や欧州などの長距離飛行も可能で、燃費も従来機比でほぼ20%削減できる。「強度」と「軽量化」という二律背反の難題に答えを出したのが、東レのCFRP(炭素繊維強化プラスチック)だった。

 B787に使われる素材の実に50%、35トンがCFRP。大量導入は東レにとって、まさに悲願だった。

 CFRPは日本企業の独壇場だ。東レを筆頭に、三菱レイヨンや帝人など日本勢が世界シェアの約7割を占める。今後は自動車部品などへの進出も有望視される“夢の素材”CFRPを牽引する東レ。同社を代表して、複合材料研究所所長の北野彰彦氏が2012年の日本イノベーター大賞に選ばれた。

 炭素繊維とは、文字通り繊維を焼いて炭化させた素材だ。白いアクリル繊維の糸を焼成すると、黒い炭素繊維になる。細い炭素繊維の束をシート状に引き揃えて、特殊な樹脂を浸み込ませて成形したのがCFRPだ。

 東レと炭素繊維の歴史は長い。1971年、大阪工業試験所の基本原理を基に東レが量産化に成功。70年代には早くもB737に使われていたが、内装材が主で、採用された重量はわずか100kg程度だった。

 北野氏が入社した80年代の炭素繊維は夢の素材ではあるものの、肝心の用途が定まらないという位置づけだった。釣り具やラケット、スピーカー、ギター、マリンバ…。手当たり次第に試す日々が続いたという。

北野彰彦氏(左端)らCFRPに携わる研究、技術、製造のメンバー(写真:林 逸雄)

全社一丸で「トライ」

 だが東レが研究を諦めることはなかった。息切れをして諦めるライバルが多い中、「次にどんなものに化けるのか、こんな面白い繊維はない」との思いで、東レは研究を重ねる。中でも当初から有望と考えられていたのが航空機。「飛行機にさえ採用されれば、後はどうにかなるというコンセンサスが社内にあった」と北野氏は語る。

 転機は86年。ボーイングが当時開発していたB777の1次構造材に対して、要求する強度目標値を発表。内装などの2次構造材ではなく、垂直尾翼や水平尾翼などの1次構造材への採用の光が見えたのだ。

 この強度を達成したのが、東レの独自技術「粒子層間強化プリプレグ」。これまでのCFRPには、強い外部衝撃を受けると層の間に割れが生じる弱点があった。高靱性の粒子で層間を補強することで、これを克服。B777には10トンものCFRPが採用され、B787の大量採用へとつながっている。

 CFRPは航空機のほか、風力発電のプロペラや橋脚の耐震補強、CNG(圧縮天然ガス)のタンク、ノートパソコンの筐体など、強度と軽量化が要求される様々なシーンで使われる。こういった広い範囲への用途開拓は、基礎研究だけでは到底なし得なかった。同社のCFRPにおける強さの秘密は、「ラグビー方式」と呼ばれるものにある。

 「糸だけやっていても、顧客が何を言っているか分からないとダメ。ボールを持っている研究者だけではなく、それを受け取る技術や製造部門も一緒に走る。技術や製造にボールを渡してトライして初めて、研究が形になる」と北野氏は語る。糸やCFRPの研究のみならず、成形するための技術部、安定的に同じ品質の製品を作る製造部など、同社が一丸となって同じ方向に邁進した結果が今につながっているという。

「生き物」に近づく炭素繊維

 昨年7月、北野氏らは愛知県の中部国際空港に招かれ、初めて実際のB787を見た。そこで感動したのは機内ではなく、主翼の形状だった。「先端が少し反り返っていて、カモメの翼に似ていた。飛行機は鳥に近づいているんだな、と実感した」(北野氏)。

 CFRPのメリットは様々あるが、最大の武器は「自然の生物のように無駄のない設計ができる」ことだという。CFRPは繊維方向を調整することで、強度やしなやかさを自由自在に設計できる。骨や筋肉のごとく無駄のない構造にすることで、金属では考えられないような新しい設計ができる。

 次なるターゲットは自動車。自動車の素材として難点とされていた、CFRPの課題も克服しつつある。例えば自動車のドアやインナーパネルで、これまで160分かかっていた成形時間を、約10分へ大幅に短縮した。昨年6月には独ダイムラーとCFRP製自動車部品を製造・販売する合弁会社を設立。大いなる第一歩を踏み出した。

 東レの研究、技術、生産が一丸となって突き進むCFRPの世界展開。自動車への大量採用が決まれば、ニッポンの底力を世界に再認識させる、またとない好機となるだろう。

(佐藤 央明)


(写真:青沼 修彦)

 北九州市八幡東区の東田地区。面積は120ヘクタール、居住者900人、就業者6000人と、規模で見れば決して大きな街ではない。

 しかし、この地区内では環境負荷の低いコージェネレーション(熱電併給)システムで電力を自給自足し、各家庭やオフィスビルには、IT(情報技術)で消費電力を逐次検知、制御できる「スマートメーター」を標準装備する。

 住民や企業自らが積極的な節電意識を持ち、各所には小型の風力発電機や太陽電池を設置。CO2(二酸化炭素)排出の50%削減を掲げる。

 現在、東田地区は先進の「スマートコミュニティー」として広く知られ、海外からも政府高官らが足繁く視察に通う。この東田地区の街づくりを主導してきたのが、北九州市環境局の松岡俊和・環境未来都市担当理事だ。

「公害克服の経験を伝えよう」

 今でこそ先進環境都市として知られる北九州市も、かつては公害の街として、むしろ「悪名」がとどろいていた。東田地区中央には、今も官営八幡製鉄所の第1号高炉の遺構が残る。明治以降の日本の重工業化を担ってきたが、高度成長期には工場からの有害な煙や排水で街の汚染は深刻化した。

 1970年代に入り、盛んな市民運動、徹底した環境規制、企業の技術開発という、住民・行政・企業の3者の協力の甲斐あり、街は徐々に息を吹き返していく。松岡氏が入職したのは、公害問題が終息しつつあった81年のことだ。

 公害は克服しつつあったものの、「公害の街」との負のイメージは残った。市が次の一手に思い悩んでいた矢先、環境庁(当時)から市に出向していた小林光氏(後の環境省事務次官)が訴えた。「公害克服の経験を伝えていくことは大きな役割ではないか」。

 地域住民の福祉追求だけでなく、産業を興して経験を世に知らしめる。「普通の自治体の発想ではあり得ない」と松岡氏が言う通り、地方行政の枠組みを超えた北九州市の大事業が始まる。

 「エコタウン」構想の下に、リサイクル産業の育成に着手。リサイクル業者だけでなく、廃棄物の収集や販売を手がける物流業者、商社も集積し、環境対策の産業化を実現した。現在の東田地区も、こうした取り組みの延長線上で、2001年以降に構想が生まれた。

 この間、松岡氏は一貫して1つの命題と向き合ってきた。街づくりの主役は誰か――。公害克服に始まり、北九州市の環境への取り組みは、通常であれば利害対立が起こりがちな、行政・企業・住民が常に真摯に向き合い、対話を重ねてきた歴史でもある。「誰が欠けても実現できなかった」(松岡氏)。

 松岡氏にとって、スマートコミュニティーやエコタウンの神髄は、環境問題への対策ではない。「すべての関係者が参加し、対話を通じて知恵を出し合うという本来のコミュニティーの復活」だ。環境問題を通じて、都市そのものが蘇る。そこに日本社会の未来の姿がある。

松岡 俊和(まつおか・としかず)氏
1954年生まれ。九州工業大学で環境工学を専攻修了後、81年北九州市役所入職。99年環境局計画課長、2009年から現職。

(北爪 匡)


(写真:中島 正之)

 日本の路線バスは100年以上の歴史を持つ。運営会社の多くは、自治体や鉄道会社、地方の有力企業の傘下にあり、新規参入は容易ではない。その意味で、イーグルバス(埼玉県川越市)の谷島賢社長は異色の新参者だ。

 1980年に父親が経営していた小さな旅行会社で送迎バス事業を始めた。10年後に観光バスにも乗り出したが、路線バスを手がけるまでさらに16年の月日を要している。

 「路線バスは高嶺の花だった。自分で経営できる日が来るなんて思えなかった」(谷島社長)という。きっかけは、大手企業が撤退した不採算路線を引き受けたことだ。ようやく参入できた路線バスの世界は、長年続く市場縮小によって地方では9割が赤字という有り様。自治体からの補助金なしではどこも経営が立ち行かなくなっていた。

 当たり前のやり方では収益改善の芽はない。GPS(全地球測位システム)や乗降センサー、地域住民へのアンケートなどを通じてあらゆるデータを収集。膨大な情報からダイヤや停留所の最適化を進めたり、路線ごとの運行コストを把握したりしてきた。2009年以降、運行コストを削減しながらも利用者数を伸ばしてきた。

 独自の手法が評判を呼び、現在では全国のバス会社からの求めに応じて経営指南や独自開発の情報システム提供に乗り出すまでになった。同社のシステムを大手企業が導入した例もある。

博士課程で業界研究

 路線バス参入から6年、自分の経営に迷う時もあった。

 不採算路線の赤字をすべて悪としてなくそうとすれば、公共交通インフラとしての社会的使命を果たせなくなる。赤字額が大きい路線であっても、ある老人が毎週病院に通うために利用している姿に気づいて、ダイヤの変更を踏みとどまったこともある。

 迷いを振り払うかのようにバス業界の研究に励んだ。忙しい社長業の合間を縫ってMBA(経営学修士号)を取得。現在も埼玉大学大学院理工学研究科博士課程に在籍して「路線バス事業の『見える化』と業務改善」をテーマにした論文を執筆している。

 たどり着いたのは「3年改善モデル」というアイデアだ。路線の収益を3年かけて徹底的に改善するための施策をマニュアル化して、全国に水平展開したいという。

 「経営努力を見せない会社にまで自治体は補助金を払えない。ならば、最低限こなすべき項目とは何なのか議論すべきだ」と狙いを明かす。暗中模索するバス業界の進むべき道を新参企業が照らそうとしている。

 谷島社長は「業界内での私の評判は悪いはず」と笑う。成熟したバス産業で工夫の余地を示すのは、先人の不作為を証明することになりかねない。

 最近は「バスを動かすだけなら作業、お客様を目的地にお連れするのが仕事」という言葉を好む。それは空っぽのバスを補助金に頼り切って走らせてきた旧態依然とした業界への批判、自分への戒めである。

 今年に入って、インドネシア市場への進出を目指して現地調査を始めた。

 東南アジア諸国連合(ASEAN)の国々は急増する人口が都市に集まってきており、渋滞や大気汚染が深刻化している。交通機関が発達していない新興国で、安全な定時運行を旨とする日の丸バス会社のノウハウは役立つはず。埼玉県の小さな会社が起こすバス業界のイノベーションは、海を越えるかもしれない。

谷島 賢(やじま・まさる)氏
1954年生まれ。東急観光(現トップツアー)を経て80年にイーグルバスを創業して送迎バス事業を開始。2006年に埼玉県日高市の路線を西武バスから引き継いだ。

(上木 貴博)


(写真:的野 弘路)

 スマートフォンやタブレットなどのモバイル端末で、光ファイバー回線並みの高速通信が可能に――。

 毎秒100メガビット(メガは100万)超の通信を実現する次世代高速携帯電話サービス「LTE(ロング・ターム・エボリューション)」の普及が加速している。LTEを提供する通信事業者数は2012年末までに65カ国・152社と、1年前の約3倍に増えると予測されている。米アップルの「iPhone 5」など、高速大容量のデータ通信を利用できる新型端末も相次いで登場し始めた。

 2004年にLTEの技術コンセプトを打ち出し、標準化組織「3GPP」での仕様策定などを終始主導してきたのが、NTTドコモである。2012年の日本イノベーター大賞特別賞に選ばれた同社の尾上誠蔵・取締役常務執行役員は一貫して標準化作業の旗を振り、「LTEの生みの親」とも言える存在だ。

世界の通信大手を説得

 「3G(第3世代携帯電話)サービスがようやく軌道に乗り始めた段階なのに、次の技術を考えるのは早すぎる」「3Gを改良した通信技術『HSPA』があれば、当面は十分だ」

 NTTドコモがLTEを提唱した当初、多くの通信関係者の反応は冷ややかだった。当時は3Gが普及段階に入ったばかりの時期で、世界の通信機器メーカーや通信事業者の多くは、次世代技術の開発よりも3Gへの投資回収を優先したいと考えていたためだ。

 だが当時、既に社内で毎秒100メガビット超の高速通信実験に成功していたNTTドコモは、LTEの技術的な実現性に手応えを得ていた。

 「有望な次世代技術があるなら、古い技術にこだわるべきではない」。尾上常務らは2004年春以降、世界的な通信機器大手など複数の有力企業を訪ね歩き、協力を呼びかけ続けた。

 地道な事前交渉が奏功し、同年末に3GPPに正式提案した時点では、26社の賛同を取りつけた。その後、HSPAを発展させた「HSPA+」を推す陣営も現れたが、議論を続け、2009年に標準仕様を完成。欧テリアソネラなどに続き、NTTドコモは2010年に国内勢の先陣を切ってLTEの提供を開始した。

 尾上常務は、「LTEの足元の普及ペースは想定以上。ユーザーの利便性を第一に考え、新技術の標準化を進めてきた甲斐があった」と話す。

 審査員の1人、東京大学の坂村健教授は「日本発の技術が世界標準を獲得できる例が少ない中で、NTTドコモの提案が採用されたことは画期的だ」と評価する。

尾上 誠蔵(おのえ・せいぞう)氏
1957年生まれ。82年に日本電信電話公社(現NTT)入社。同社無線アクセス開発部長などを経て2008年執行役員研究開発推進部長。2012年6月から現職。

(田中 深一郎)


主催:日経BP社
協賛:第一三共

選考委員(敬称略、順不同)
選考委員長
 小宮山 宏(三菱総合研究所理事長)

 槍田松瑩(三井物産会長)
 坂村 健(東京大学教授)
 宮内義彦(オリックス会長)
 松永真理(バンダイ取締役)
 米倉誠一郎(一橋大学教授)

表彰式に読者の皆様をご招待!
 日本イノベーター大賞の表彰式に、日経ビジネス読者の皆様をご招待します。表彰式では受賞者と選考委員や編集長による対談を予定しています。定員200人に達した時点で募集を締め切らせていただきます。ウェブサイトからお申し込みください。参加は無料です。電話やファクスによる申し込みは受け付けておりません。ご了承ください。

表彰式
日時:2012年12月4日(火)、午後5時から
場所:ホテルニューオータニ
日経ビジネス2012年11月5日号 90~93ページより目次