米P&Gはここ数年、あらゆる面での効率化を目指し、全社的にデジタル化を進めてきた。その実効性を高めるため、多様な働き方を許容する制度を積極的に利用する風土を醸成。日本人初のアジア責任者に就いた桐山一憲氏のリーダー術を、2回にわたり紹介する。

桐山 一憲(きりやま・はつのり)氏
米P&Gアジア統括責任者
桐山 一憲(きりやま・はつのり)氏 米P&Gアジア統括責任者。1985年同志社大学商学部卒業後、プロクター・アンド・ギャンブル・ファー・イースト・インク(現P&Gジャパン)入社。P&Gジャパン社長を経て2012年7月から現職。

(写真:福島 正造)

 ここ数年P&Gが戦略的に取り組んでいるのが、「デジタリゼーション(デジタル化)」という改革だ。これは、IT(情報技術)などを駆使して仕事の創造性と効率を高め、コストの削減にもつなげる活動である。世界規模で、重点的に投資してきた。

 この改革の目的は、広い意味での「ダイバーシティー(多様性)」や「パフォーム・アット・ピーク(個々人の最大限の能力発揮)」の実現だ。設備や制度がある程度整った後は、世界中の社員が積極的に活用して、データ収集や分析などの業務の効率化や、仕事と家庭生活の両立などに生かしている。

 当社の基本的な問題意識は、「1日は24時間しかない。だからワークライフバランスをしっかり保たなければ、最大限の能力が発揮できない」というものだ。2012年1月からは「フレックス@ワーク」という制度を世界で同時に導入し、業務時間を月単位で捉えて自律的に働くことを可能にした。

 個々の社員が自分に合った時間帯で、場所も問わずに柔軟に仕事ができるようになれば、さらに高い能力を発揮できる。働き方や性別、出身国などを含めて様々な意味での「多様性」を促進するためにも、それを可能にする環境作りが重要だ。

躊躇も罪悪感も必要ない

 分かりやすい例として、小さい子供がいる社員が、子供を毎日預けられるところがどうしても見つからないとしよう。毎日は預けられないが、出社が週に3日までなら可能な場合、自宅でも仕事ができる何らかのサポートがあれば心配なく仕事ができるだろう。そこで、自宅から会議に参加できる設備や通信環境が整っていれば、躊躇も罪悪感も覚えることもなく、仕事に打ち込むことができるはずだ。

 あらゆる側面から検討した結果、こうした仕事と育児の両立支援といった特定の目的だけではなく、社員の業務効率化の面でもデジタリゼーションは様々な利点があると分かった。そのため、世界でデジタリゼーションをしっかりと進めていくということになったのである。

 その一部に、2011年に世界で整備した米シスコシステムズの「WebEx(ウェブエックス)」という、場所を選ばない会議システムと、2008年から少しずつ世界で導入を進めてきた「VCS(Video Collaboration Studio)」というビデオ会議システムがある。下の写真がそれだ。ビデオ会議システムを整備している企業はあるが、こうした本格的なものはまだ少ないかもしれない。

ウェブエックス(上)を使うと、場所を選ばず会議に参加できる。ビデオ会議システムVCS(下)は臨場感たっぷり

 ウェブエックスは、ネットにつながる環境さえあれば、社員が複数の場所から会議に参加できるシステムである。パワーポイントなどで作成した資料を見て各自の状況を把握しながら、会議や打ち合わせなどをできる。

 これは全社員のパソコンにインストールされており、誰でも簡単に使えるのが特徴だ。このシステムによって、育児や介護中の社員が在宅勤務をしながら社内会議に参加したり、上司とコミュニケーションを取ったりできるようになった。それだけでなく、海外や国内のほかの地域のオフィス、工場、社外ビジネスパートナーとの会議など、幅広い用途に使っている。

 また、上の写真のVCSで分かるように、資料も共有できるし、参加者同士が距離を感じることなく全員が1つの場所にいるような臨場感がある。そのため、実際に生産性が非常に高まっている。重要な会議はできるだけVCSに移行する方針だ。出張して一堂に会して会議をしなくても済むので、移動時間の短縮やそれに伴うコストの削減にも結びついている。

 ワークライフバランスを実現するだけでなく、全体の効率化を図るためにコストをかけて情報システムを導入した企業は、たくさんあるだろう。しかし、そうした制度や設備が整っていても、同僚たちに遠慮して実際にはなかなか使われていないといった話をよく耳にする。

 仕組みはあっても、周りの空気に配慮して使えない。例えば、時短勤務を利用している人が社外から会議に参加しようとした時に、チームのほかのメンバーの雰囲気がそれを許さないようでは全く意味がない。社員のフラストレーションになるし、かけたコストも無駄になる。結果として働きにくい状況に耐えられなくなって社員が辞めてしまったり、無理がたたって病気になったりしてしまう事態が起きれば、それは会社にとっても大きな損失だ。

 そこで新しい制度を定着させるために必要とされるのが、社内の風土改革の推進である。P&Gでは働き方に対する風土改革を10年ぐらいかけてやってきた。

風土改革には10年かかる

 そんなにかかるのか、と思われる方もいるかもしれないが、最低でも10年はかかると考えた方がよい。こうした、組織の認識を変えていくような取り組みには「ここで終わり」ということがないのが常である。仕組みからのサポートと風土改革を継続的に進めなければ、制度の運用が進まない。ということは、運用がうまくいけば効率化するのにそれが実現せず、結果として効率化から得られたはずの成果を、著しく損なうことにもなりかねない。

 例えば、日本では2000年から在宅勤務を始めたが、世間一般での「在宅勤務を認めるか、認めないか」という議論を聞いていると、社員を野に放ってしまうと仕事をしないのではないか、という管理職側の不安がよく伝わってくる。だが実際に在宅勤務を導入してみた経験から言えば、社員が仕事をしないなどということは、まずない。社員は本当に一生懸命に働くようになった。現在、日本の経営陣のほぼ全員が、週に1回在宅勤務をしている。

 もちろん、中にはサボる人も出てくるだろう。だが、サボる人は当然ながら結果を出せないわけである。社員が出した結果に対してきちんと評価できる仕組みがあり、かつ評価基準がしっかりと整っていれば、野に放ってもみんな仕事をするのだ。逆に、「もうやめておけ」と言いたくなるほど、仕事をする人間が多い。

 それはなぜだろうか。自宅で1人で仕事をすると周囲の様子が分からないので、余計に一生懸命やろうと思うからなのだろう。

 会社と自分の居場所に距離があり、電話でプレゼンテーションをしなければいけない場面になれば、より相手が分かりやすいようなやり方を考えなければならない。だから在宅勤務や社外での仕事を認めたら、もっと働くケースの方が多くなったのだ。

 私は、優秀な人間ほど野に放った方が、もっといい仕事をするものだとさえ思っている。制度改善で優秀な人間が効率よく成果を出せるようになるのに、成果を出さない人間を念頭に置いて何かを変えることに後ろ向きになるのは、実にもったいないことである。

 誰かが変えなければ、組織は変わらない。しかし風土改革は、一朝一夕で実現できるものではない。となれば、変えられる人はやはりトップしかいない。末端からちょこまかとやっても変わらない。

 それにいったん制度の導入を決めたら、トップの言行不一致はタブーだ。例えば、会議に電話で参加している人がいたとする。そこで、私が「何であいつはここにいないんだ」と言った瞬間に、それまで進めてきた風土改革の努力はすべてが台なしになってしまうだろう。

 「何だ、口で言っているだけではないか、本気ではないのだ」と社員たちに思われて終わってしまう。自分が言っていることと、していることが違うというのは、リーダーが絶対にしてはいけないことだ。

 仕事と生活の両立を支援する制度導入と風土改革の一環として、私自身小さな子供が2人いるため、時間を切って帰宅するタイムマネジメントを率先して実行していた。帰宅時間は毎日午後5時半前後と、基本的に早い。出社も若干早いが、これは自分のスタイルだ。少し早めに来て、静寂の中でいろいろ考え事をしたいからだった。

 こうして会社から出る時間をあらかじめ決めておくと、必ずしなければいけないことがおのずと決まる。人間、「ここまで」という終わりの線が決まらないと、ダラダラと過ごしてしまうものなのである。

 今はシンガポールに駐在しているが、神戸市にあるP&Gジャパンの本社で働いていた時は、午後5時半前後に家に帰り、子供たちと一緒に晩ご飯を食べていた。そして、子供たちが寝た後で少し落ち着いてから自宅で仕事をした。時差の関係もあるため海外本社などとは深夜に電話会議をすることもあるが、こうした場合は夜に自宅から対応していた。

 周囲の人間が勤務パターンを認識していれば、それなりに組織も準備できるものである。午後6時に部屋に来ても私がいないので、それまでにきちんと準備してくれるようになる。

リーダーに必要な「透明性の貫徹」

大学時代は野球に打ち込んだ。まだ知名度もなかったP&Gで、自分の力を試したいと入社を決めた(写真:福島 正造)

 「社長は別だ、俺がやるわけにいかないよ」というのは、少なくともP&Gでは通用しない。働く前提条件に関しても、自分が音頭を取る以上は、同じでなければならない。

 この「透明性の貫徹」は、トップに立つリーダーにとっては一番タフな仕事だと言える。自分をさらけ出すしかないからだ。さらけ出したうえで、部下たちに厳しく見られながら意思決定をしていく。あるいは方向性を決めていく。あらゆる方向からの視線に耐えながら、自らを追い込んでいかなければいけない。リーダーにこうした姿勢が求められるのは、P&Gの良い風土と言えるだろう。

 管理職が部下に対し、「仕事が終わるまで会社にずっと張りついていろ」と命じるのは、基本的には管理職のエゴで、自分が見ていないとその人たちが働かないと思い込んでいるからだ。こうした発想は、そこまで人を信用できないのかと情けなく思う。

 「俺の目が届く範囲で必ず仕事をしてくれ」と思っているわけだから、これは結局、部下を信頼していない証拠だ。しかし管理職が部下を信頼できないのであれば、組織でうまくやっていけるわけがない。みんなに常に見られている中で、行動も発言もがちがちに抑えられる。そんな縦社会の中で、創造的な発言ができるだろうか。斬新な発想ができるだろうか。

 けがをしないように、事故を起こさないように、あるいは大きなミスをしないようにと管理職が気にかけて定期的にチェックし、アドバイスをすることはもちろん必要だ。だが勤務時間中、可能な限り毎日一緒にいなければ信用できないなどという態度は、実に器が小さいと言わざるを得ない。

 現場でも「あいつ、小さいやつだな」ときっとみんなが心の中で思っている。ところが自分が上の立場になるとその「小さいこと」を自分もまねしてしまう。人間心理で、周りがやっているから、自分もそうしないとまずいと思ってしまうのだ。

 しかし革新的な結果を出すためには、「おかしい」とずっと思っていたことを、自分が上の立場になった時に改革しなければ何も始まらない。他人とは違うことをするからこそ、革新が生まれる。

 大きなものになびいていくのは人間の習性であるから、仕方がないのかもしれない。しかしそこで1つ、2つと思い切ったアクションを取れるようになった人は、優秀なリーダーへの道をたどり始めたと言えるだろう。

 もちろん、トップが率先して改革を始めたからすぐに組織が全部それになじむということはない。時間をかけて何度となく、繰り返し繰り返し言い続けて、ようやく定着していくのが会社の風土というものだ。トップが何かを言ったから明日からそう変わるわけではない。実際、P&Gでも、まだまだ改善の余地はある。

 末端の現場まで行けば、自分の考えていたことと違うことが起こっている場合もたくさんある。しかし、そこで手綱を緩めるのか、あるいは常に改革、成長を目指して前に進むのかで、結果は全然違ってくるだろう。

 P&Gでも引き続き改善を進めていけば、社員一人ひとりのパフォーマンスが高まり、いいブランドを作ることができ、いいサービスができ、消費者や取引先に貢献できる。そうすれば我々の業績向上にもつながる。

 人間は自分には甘いところもあるので、つい自分のことだけは許したくなることもある。しかしそれでは、特にP&Gのようなダイバーシティーにあふれる組織を束ねることはできない。私もこうして自分にプレッシャーをかけているのだが、それをあえてやるのがリーダーだと考えている。

合言葉は「リードチェンジ」

 こうしてデジタリゼーションと風土改革を進めてきた結果、グローバル企業といっても、海外出張が以前ほど多くなくなった。そもそも国や地域に権限委譲をしてきたため、かつてのようにすべて本社のある米シンシナティで決めることはもうない。

 今や、勤務している拠点が違っても、社員同士はVCSやウェブエックスで日常的に会話を交わせるから、わざわざ時間をかけて海外まで頻繁に出かける必要はなくなった。

 そうした意味で少なくとも現在、P&Gの社員は、たとえ地理的に不利なことがあっても、克服しやすい環境で働いている。

 英語など言葉も含め、多様な人材の中で効果的に意思疎通を図るためのスキルは、現場や各種の研修などで鍛えている。世界の中で存在感を見せる機会には恵まれていると言えるだろう。あとは、各個人に世界水準で勝負する覚悟があるかどうかだ。

 「環境が変わったから、うちも変わらなければ」という話をよく聞く。しかし人間は自分から変わらなければダメだ。人に変えさせられていること自体が、まずもって遅い。

 周りの環境や世間に押されて、変わらざるを得なくなるぐらいだったら、自分から行動を起こして変わった方がずっといい。

 社内でも、私はそのことをよく言っている。自分が変化をリードすることを、P&Gでは「リードチェンジ」と呼んでいる。私自身、日本の社員に対して「チェンジは自分でリードしなきゃダメだぞ」と常々言ってきた。

 赤ちゃんがこの世に生まれ、毎日、劇的に変化しながら成長を遂げる様子を思い出していただきたい。昨日できなかったことが今日は簡単にできるようになる。

 大人になっても人は成長できるはずである。人間は変化することを通じて成長するのだ。

(構成:広野 彩子)

本稿は日経ビジネスオンライン連載「P&G桐山一憲の『世界で克つ仕事術』」を再構成した。
日経ビジネス2012年11月5日号 64~67ページより目次