世界は米中によるG2でなく、指導国が存在しないGゼロ時代に突入したとの指摘で知られる。そうした中、台頭する中国が自国の利害をあらわにし、日本と衝突するのは必然だったと言う。地政学的動向が過去にも増して重要になった今、日本企業のあるべき対応方法を聞いた。

イアン・ブレマー(Ian Bremmer)氏
イアン・ブレマー(Ian Bremmer)氏 米ボストン生まれ。1994年スタンフォード大学で博士号を取得。その後25歳で同大学フーバー研究所の史上最年少の研究員となる。98年、ニューヨークにて政治リスクの調査研究・コンサルティング会社ユーラシア・グループを設立、現在120人のスタッフを擁し、各国の政府系機関や金融機関、多国籍企業など300社を顧客に持つ。2007年には世界経済フォーラムが選ぶ「ヤング・グローバル・リーダー」の1人に選ばれた。
写真:的野 弘路

 問 指導国が存在しない「Gゼロ」という世界の到来を指摘したのが2011年1月。近著『「Gゼロ」後の世界―主導国なき時代の勝者はだれか』では、今後、アジアと中東で衝突や紛争が増えると警告している。尖閣諸島を巡る日中の対立もそうした流れの1つか。

 答 残念ながらそうだ。10年前ならこうした問題は発生しなかった。中国が自国の利害をむき出しにするほどまだ大国になっていなかったからだ。日本の言うことに耳を傾けざるを得なかった。

中国は自国の利害をあらわにする

 だが毎年、日本より格段に速いスピードで成長し、経済力、技術力、軍事力など力をつけるに従い、中国は今後、ますます自分たちの利害をあらわにするだろう。こんな状況にもかかわらず、世界的な指導力を発揮できる国はもはや存在しない。よってアジアでは、日中だけでなく、様々な衝突が増えていく。そして、それは地域の経済成長に打撃を与えることになる。

 今回の尖閣諸島を巡る衝突は、タイミングも最悪だった。重慶市共産党委員会書記だった薄熙来氏の失脚というスキャンダルに加えて、9月上旬には習近平国家副主席の動静が2週間も途絶えるなど、政権移行を前に国民の関心を国内問題から何とかそらせたい中国政府にとっては絶好の機会となった。

 ただ、日中の衝突は遅かれ早かれ不可避だった。尖閣諸島問題は資源問題というより、「象徴的な問題」であることを強調しておきたい。中国は南シナ海でもベトナムなどと資源を巡って、深刻な問題を抱えている。だが、中国全土で反ベトナムのデモが広がったりはしない。なぜか。

 日中間には教科書を含め、歴史認識の違いといった問題が存在する。だが、それ以上に中国にとっての日本は様々な意味で微妙な存在だからだ。

日本は敵に回してよい国

 まず、経済大国世界2位の中国が追う1位の米国と、3位の日本は同盟関係にある。米中の間には、共通の利害が多く存在するが、信頼関係は全くない。日中も同様で、利害は多いが信頼はない。中国は米国が日本と組んで、中国の台頭を抑え込もうとしていると見ている。それは必ずしも真実ではないが、中国がそう感じるのも分からなくはない。

 加えて中国にとって日本は、今や米国にとってのロシアのような存在に変質したことを認識すべきだ。

 米国のマイケル・マクフォール駐ロシア大使は今年1月、モスクワに赴任した初日に「自分は民主主義の信奉者であり、ロシアの反プーチン勢力の味方だ」との趣旨の発言をした。米政府は、ロシア政府を最初から怒らせるような人物だと分かって送り込んでいる。それほど今の米国はロシアを重視していない。敵に回してもよいとの判断で、中国の日本の位置づけも同じだ。

 一方、中国は米国とは「問題を起こしたくない」と考えているため、衝突することがあっても米国からの輸入品の通関を遅らせたりはしない。

 クリントン米国務長官も訪中の際、チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世や人権の問題にほとんど触れない。米国にとって資金力豊富な中国は最重要国との認識からだ

 米大統領選の共和党のミット・ロムニー候補は当選したら初日に中国を「為替操作国」に認定すると発言しているが、万一当選してもそうはしない。彼も、中国が米国にとっていかに大切な国か認識しているためだ。

 問 そうした中国と日本企業はどうつき合えばいいのか。

 答 日本企業は、中国以外の地域にも投資を振り分ける「チャイナ・プラス・ワン」の戦略の必要性を認識していると言ってきた。だが実際には多くの企業が中国の市場規模の大きさゆえに依存度を高めてきたのが実態だ。

 中国は日本にとって将来的にも様々な利点を持つが、世界の主たる市場の中では最もリスクが大きい。ほとんどの日本企業がそうした前提でつき合っていないことが問題だ。

米中関係は悪化、日本企業に試練

 私は今後、米中関係は悪化していくと見ている。その場合、日本は選択をせざるを得なくなる。だが、事実上、選択肢はない。歴史的にも軍事的にも政治的、文化的にも圧倒的に米国と深い関係にあるからだ。つまり、日本も、日本企業も中国との関係で難しい舵取りを迫られることになるだろう。

 問 米下院情報特別委員会が10月8日、中国の大手通信機器メーカー、華為技術(ファーウェイ)と中興通訊(ZTE)に対して、安全保障上の理由から米政府及び米企業は一切取引すべきでないとの報告書を発表した。日本企業への影響はどうか。

 答 米中は既にサイバー問題を巡っては戦争状態にある。それだけに議会が、米国の多くの大企業と取引がある華為技術について国益上、安全保障上、問題があるとしたことは非常に重要で、当然、日本企業にも影響は及ぶ。

 米政府が前回、「安全保障上の問題」として日本に対応を迫ったのは2010年だ。核開発を進めるイランに対する制裁措置として、日本がイランで進めるアザデガン油田開発からの撤退を求め、実際に日本企業は撤退した。

 つまり、日本は中国が想像以上にリスクが高い国であると認識し、それは日中間に見解の相違があるからだけではなく、米国の同盟国だからだという点を理解する必要がある。

 米中の間では今後、経済に関連する重要な問題で合意に至れないケースが複数出てくるだろう。その場合、日本企業は米中の狭間でそのとばっちりを受けることになる。

 こうした中で参考になるかもしれないのは、20世紀後半に存在した2つのタイプの多国籍企業だ。1つは「コカ・コーラモデル」だ。米コカ・コーラは現在、204カ国で毎日18億杯のコーラを販売するまさにグローバルブランドの構築に成功した企業だ。

 一方、対局のモデル企業が米防衛大手ロッキード・マーチンだ。従業員の95%は米国におり、売上高の80%は米国防総省向けで、残りは米国の同盟国向けだ。防衛分野では世界一だが、全くグローバル企業ではない。

 金融危機以降、金融機関の「大きすぎて潰せない」問題が浮上したが、この言葉が最初に使われたのは1970年代。米国の安全保障にとって不可欠であるロッキードに対してだった。

 指導力を発揮できる国が存在せず、世界1位と2位の経済大国がその運営方法や価値観を巡り全く異なる考え方をしている以上、多国籍企業は自社がこの2つのモデルの間のどの辺りを目指すのかを考える必要が出てくる。

 多くの米企業も中国で苦い経験をしているが、中国に進出した日本企業が高速鉄道の技術供与を巡って経験した事態を考えればなおさらだ。今後、日本の重工業や通信関連の分野では、欧米と緊密に連携しながら事業展開を進める企業が出てくるはずだ。

 グローバル化が進めば世界は平和になり、市場は世界的に広がるかに思われたが違う。Gゼロの世界では常に世界の地政学的な変化や動向に注意を払う必要がある。特に新興国は長期的に見た場合、先進国ほど政治が安定していない。一部の国は政権を握り続けることができないかもしれず、他国との関係もいつ変わるか分からない。

米下院情報特別委員会のマイク・ロジャー委員長(左)は、米政府と米企業は安全保障上、中国の大手通信機器メーカー、華為技術と中興通訊と取引すべきでないとの報告書を発表した(写真左:AP/アフロ、右:ロイター/アフロ)

ドイツの譲歩でユーロ崩壊せず

 問 欧州では債務危機に対応すべく銀行監督一元化や財政統合に向けた議論が始まった。ユーロは存続するか。

 答 ユーロは崩壊しないし、欧州は銀行同盟、財政統合に向けて動く。ドイツは日々、小刻みに譲歩を重ねている。そのスピードは欧州周辺国や米国、市場が求めるほど速くない。だが、ドイツ国民やオランダ、フィンランドが受け入れられる範囲で少しずつ前進しており、これら中核国が納得できるスピードで前進することが大事だ。

 ただ、欧州が近いうちに経済成長を取り戻すことはない。そのため、周辺国では極右がさらに台頭し、そのことが各国政府の正当性を危うくするだろう。よって、銀行同盟が設立され次第、周辺国の救済に動く方がいい。

 ギリシャを除き、ユーロ圏加盟国は残る。ギリシャは離脱するかもしれないが、その場合、追い出されるのではなく自ら出ていくことになるだろう。ドイツがそれを許すのは銀行同盟を設立してからだろうが、ギリシャ経済の規模は限られるため、離脱しても周辺国に波及するリスクは低い。

米中東戦略の後退は日本のリスク

 問 シリア、イランをはじめ中東情勢も深刻さを深めている。

 答 まず、イスラエルのネタニヤフ首相がイランへの攻撃も辞さないと何度も発言しているのは、核開発を進めるイランに対し各国の経済制裁の手を緩めさせないのが狙いだ。米国が攻撃をする気がない以上、イスラエルが単独でイランを攻撃することはない。

 むしろ警戒すべきは、制裁で追い込まれたイランが予想もしないテロのような反撃に出たりした場合、米国がそれに対応せざるを得なくなって、軍事衝突に至るといったケースだ。

 ただ、米国はここ数年、「シェールガス革命」により天然ガスの一大産出国に変身しつつあり、今後、中東の原油に依存する必要性がなくなる可能性が浮上している。そうなれば米国にとっての中東の戦略的な位置づけは必然的に後退することになる。

 シリア情勢が現在、日々悪化の一途をたどっているのも、欧州諸国がユーロ危機の対応に追われ、米国が「世界の警察官」としての指導的役割を果たさなくなりつつある中、いわば権力の空白状態が生じているからだ。

 既にその空白を巡りシリアはサウジアラビア、イランなどによる代理戦争の様相を呈しており、米国不在によるこうした中東の混迷は今後、一層深まる。中東の原油に依存する日本にとっては間違いなくマイナスに影響するだけに、エネルギーを巡る戦略の再構築を求められよう。

(石黒 千賀子)

日経ビジネス2012年10月29日号 137~139ページより目次

この記事はシリーズ「世界鳥瞰(2012年10月29日号)」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。