(写真:AFP=時事)

 進出先を考える際、競合する外国資本の存在は無視できない。その意味で「ASEANで唯一の中国寄りな国」(三井物産プノンペン事務所の中野広士所長)という指摘は留意すべきだろう。

 今年7月のASEAN外相会談では南シナ海での領有権を巡り、中国を擁護する議長国カンボジアとフィリピンが対立、共同声明は出なかった。今月半ば、前国王のシアヌーク殿下が亡くなったのも中国・北京の病院である。

 中国はカンボジアへの累計投資額もずばぬけている。だが、その額の多寡がすべてではない。日本企業による投資の“質”に期待が集まっている。その象徴が、昨年12月に行われたミネベアのモーター工場の開所式での一幕だ。同社は精密機器メーカーとしてカンボジアに初進出を果たしている。

 式典でフン・セン首相は「この工場は私が助産師として取り上げた子供だ。死なせるわけにはいかない。内閣総理大臣として、工場を成功させる責任を負っている」とまで言い切った。

 なぜカンボジアは日本企業の誘致に熱心なのか。同国は長く続いた内戦の影響もあって国民の約半分が20歳以下。豊富で安価な労働力は魅力的だ。

ストライキの兆しも

【1】プノンペン経済特区内のコンビ工場 【2】首都でも伝統的な市場が目立つ 【3】人口の約3分の1は15歳以下 【4】ミネベアはカンボジアで小型モーターの独占生産権を得ている 【5】所得が増えた市民がまず欲しがるのは2輪車(バイク)。4~5人乗りは当たり前

 ただし、これは政府にとってリスク要因でもある。「若年層で雇用に対する不満や不安が重なれば、(2010年からアフリカ北部で広がった反政府運動である)『アラブの春』のような事態が起きかねない」と日本貿易振興機構(JETRO)の道法清隆プノンペン事務所長は語る。事実、中国や韓国資本の工場ではストライキが頻発している。

 1994年以降の累計投資額では中国と韓国は3位以下を引き離しているものの、カンボジア開発評議会の今村裕二氏によると「公表している数字は認可額であり、実際にはその3割程度しか実行されていない」。プノンペンには建設途中のまま、野ざらし状態の韓国資本系ビルの工事現場もある。

 そのため、新たな産業と大きな雇用をもたらし、従業員への福利厚生も手厚い日本企業は歓迎というわけだ。とはいえ、カンボジアは国連が定める「最貧国」の1つ。インドネシアやマレーシアでは近年見られない問題も残る。

若い労働力が外資を呼び込む
カンボジアの主な経済特区と交通網

袖の下は当たり前

主な業種の進出適性度を◎ ○ △ × の4段階で評価(注:各種情報を基に本誌が独自評価)

 例えば、役所ではいわゆる袖の下を要求される。「カネを渡すまで事務処理が進まなかった」「郵便配達人にまで要求された」「税務署に行くたびに払わされている」…。不正防止法が制定されたが、当面は悩みの種だ。

 NGO(非政府組織)のトランスペアレンシー・インターナショナルが発表している腐敗認識指数調査において、カンボジアは182カ国中の164番目(下位ほど不正が横行)。コンプライアンス(法令順守)を重視する日本企業としては領収書を発行してくれない“事務手数料”の支払いには応じたくない。要求される金銭の代わりに携帯電話のプリペイドカードを渡している企業もある。通信費として計上できるからだ。

 もう1つは、人材面に関するものだ。ミネベアカンボジアの香月健吾副社長は「簡単な作業手順書も読めない人が意外に多かった」と語る。同社では始業前に、業務に支障が出そうなレベルの従業員に読み書きを教えている。

 さらに児童就労の問題もある。法律で認められていない年齢の子供が入社しようとするのだ。「姉の身分証を使って入社試験を受けた子もいた」と住友電装現地法人の大野木憲一・総務部長はため息をつく。親や村長までグルになっていれば見抜くのは至難の業だ。

 ただし、いわゆる「新・新興国」でこうした問題は珍しくない。進出に際しては諸事情を踏まえつつ、ミャンマーやラオスなどと比較した企業が多い。

 昨年8月からプノンペンで子守帯を作るコンビもそんな1社。「CLMB」と呼ばれる4カ国(カンボジア、ラオス、ミャンマー、バングラデシュ)からこの地を選んだ。現地責任者の塩澤篤氏は「プラスチック成型機を持ち込めば品目を増やせるが、電気料金が高く踏み切れていない」と悩みを明かす。

 進出を検討する企業が重視すべきは、どういったサプライチェーンを構築するかだ。「現状、原材料を現地調達して完成品まで作ることは困難。周辺国といかに分業するかがカギ」(三井物産の中野氏)。ベトナムやタイに工場を構える企業が加工業務を移すという流れは、今後加速するだろう。

 様々な優遇措置がある経済特区に出るのも手だ。手袋製造のヨークス(香川県東かがわ市)は、今年1月に南東部のタイセイ経済特区で生産を開始。「首都に人口が集中しておらず、地方でも人は集まる」(吉田勤社長)という。

 従来この国の製造業と言えば、ほぼ縫製業だった。その意味でグローバルな日本企業の進出は節目になった。再来年、初出店するイオンは小売業の近代化に一役買いそうだ。

(上木 貴博)

日経ビジネス2012年10月29日号 120~121ページより目次