反日デモの影響で日本車の中国販売に急ブレーキがかかった。主要メーカー合計で1000億円規模の減益要因になるとの試算もある。買い控えは長期化するとの見方が支配的。自動車以外へも影響は広がっている。

 「『レクサスRX270』は6万元(約75万円)引きの45万5000元。さらに1万5000元分のオプションなどをサービス」

 「『マツダ6(日本名アテンザ)』は4万元引きの13万9800元」

 「ホンダ『CR-V』は1万元引き」

 中国では10月初めの国慶節休暇を挟み、秋口が自動車販売の書き入れ時と言われる。だが、反日デモの影響で日本車の販売は軒並み大幅減になった。インターネット大手「新浪(sina)」のサイトでは、日本車メーカーの主力車種の値引き情報が目につく。これまで日本車メーカーは値引き幅が小さく、強気の販売姿勢が目立っていた。現在の値引き幅は欧米メーカーと同じ水準か、上回ることも珍しくない。

トヨタの中国における自動車販売は9月にほぼ半減した(写真:Imaginechina/アフロ)

 中国の自動車販売は1~9月累計が1409万台と前年同期比3.4%増にとどまり、景気減速を受けて頭打ちになっていた。日本車メーカーにとっては尖閣諸島の問題に端を発した反日運動が追い打ちをかける形になった。9月の日本車メーカーの中国販売はトヨタ自動車が前年同月比48.9%減、日産自動車35.3%減、ホンダ40.5%減。3社はいずれも2013年3月期に前期比2ケタかそれに近い販売増を見込んでいたが、達成は困難になりつつある。

 愛国心をアピールするため、表立って日本製品の購入を控える「不買運動」だけが日本車の販売急減を引き起こしたわけではない。反日デモの際に暴徒化した民衆が日本車を破壊したり、ひっくり返したりする光景を多くの人がテレビなどで目にし、身の危険を案じて日本車の購入を見送っているのだ。

 2005年や2010年に発生した反日デモでも不買が広がったが、1~2カ月ほどで収束した。今回はデモ時の暴徒化が激しかっただけに、影響は長期化するとの見方が支配的。それだけに問題の根は深そうだ。こうした状況を変えようと、新たな動きも出ている。

トヨタ、修理費「全額負担」

 中国でトヨタ車を販売する一部の店舗は、デモで被害に遭った車両を修理に出した場合、保険でカバーされない部分の費用を負担するほか、買い替えの際は2万元の補助金を出すサービスを始めた。仮に壊されても資金負担が発生しないことを、購入に二の足を踏む顧客へアピールしている。販売の現場で始まった自発的な動きのようで、トヨタは「販売店が独自に顧客への補償を始めているケースもあるようだが、詳細は把握していない」と言う。こうした取り組みは日本車メーカーの信頼回復につながる可能性もある。だが、即効性が期待できるかどうかは微妙だ。今後は販売減がいつまで続き、日本車メーカーの収益にどれだけの打撃を与えるかが焦点になる。

 メリルリンチ日本証券の中西孝樹アナリストは日本車メーカーの収益への影響を試算した。今後のシナリオを、3カ月以内に販売が正常化する楽観シナリオと正常化までに6カ月かかる悲観シナリオに分けた。楽観シナリオでは9月末から10月半ばまで販売が前年同期比50%の大幅減になるが、12月までに正常化へ向かい10~12月期は20%の減少にとどまる。悲観シナリオでは10~12月期まで50%減が続き、1~3月期は10%減になる。

 主要6社全体では現地生産分だけで最大40万台近い生産が減少する。純利益では400億円から1000億円近いマイナス要因になる見通しだ。これは2013年3月期通期の利益見通しを最大で5%押し下げる要因になる。特に、中国事業の10~12月期が連結される2013年1~3月期に大きな影響を及ぼしそうだ。

最大で1000億円の利益下押し要因に
メリルリンチ日本証券による生産、利益への影響分析(注:メリルリンチ日本証券の中西孝樹アナリストの予想、推定。楽観シナリオは3カ月以内で正常化し、悲観シナリオは正常化に6カ月かかるとして推計)

日本車シェア3ポイント低下も

 中西氏は20%台前半で推移する日本車の中国シェアが、中長期的に「3ポイント下がるシナリオも考えておかなければならない」と言う。ボストンコンサルティンググループで自動車産業を担当する古宮聡パートナー&マネージング・ディレクターは「影響は数年単位で続く」とより悲観的な見方をしている。中国で車両工場を持たず、米国販売が順調な富士重工業なら中国に輸出するはずだった分を米国向けに出荷するなどしてリスクを回避できる。

 だが、現地で生産し、中国に根を下ろしたメーカーほど大きなダメージを受けそうだ。販売減が長引けば、日本車メーカーの中国事業計画も狂いかねない。トヨタなど日系自動車各社は今後の数年間で合計100万台を大きく上回る年産能力の増強計画を進めるはずだった。能力が増えても売れなければコスト負担ばかりかさむことになる。

 これから事態は改善に向かうのか。次期指導部を決定する共産党大会の開幕を11月8日に控え、中国政府は理由を問わず集会やデモを厳しく取り締まり始めた。12日には三菱自動車と広州汽車などによる合弁会社、「広汽三菱汽車」が営業を開始。いったんは延期になった開業セレモニーも実施した。表面上は静けさを取り戻しつつあるようにも見える。中国での外資による自動車事業はすべて中国企業との合弁だ。日本車の生産や販売への悪影響が長引けば、雇用や消費を圧迫しかねないと中国政府は見ているようだ。だが、反日デモ前から既に日本車の存在感は薄くなり始めていた。

 中国の自動車市場では独フォルクスワーゲン(VW)と米ゼネラル・モーターズ(GM)がシェア1、2位を競い、日本車メーカーは3位集団を形成している。日本車は品質面で相対的に高い評価を得ているが、中国進出で先行したVWやGMほどブランドが消費者に浸透しているわけではない。韓国の現代自動車グループや中国メーカーが低価格に加え、品質を向上させて日本勢を猛追。日本車のシェアはじりじり下がっていた。こうした中、壊されるかもしれないリスクを押してまで日本車がどうしても欲しいという人は中国にどれだけいるのだろうか。

 苦境に立っているのは自動車メーカーに限らない。部品や工作機械などの企業間取引でも「日本メーカーとの取引を見合わせる動きが出ている」(古宮氏)という。一部の電子部品など代替が簡単ではない製品はまだ優位性があるが、自動車と同様、品質水準を高める中韓メーカーなどの製品で事足りるというケースは増えそうだ。

 反日運動によるブランドイメージの毀損や中国・韓国メーカーなどライバルのキャッチアップ。日本企業の中国事業の舵取りは一段と難しさを増している。

(張 勇祥、吉野 次郎、広岡 延隆)

日経ビジネス2012年10月22日号 8~9ページより目次

この記事はシリーズ「時事深層(2012年10月22日号)」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。