予約乗車が90%のタクシー会社、年に2万通の感謝状が届く靴メーカー…。「ここまでやってくれるのか」という驚きが、顧客の感動を呼ぶ。短期的な利益を追わず、顧客志向を貫くことで持続的な成長を目指す。

 あなたはタクシーに乗る時、それがどのタクシー会社の車両か意識して利用するだろうか。都市部の多くの人は気にも留めないだろう。だが、長野県には顧客の9割がわざわざ予約して利用する中央タクシーという会社がある。

 「どうしよう。財布を落としたみたい」。中央タクシーの運転手が、地元の幼稚園から病院へ女性客を送り届けた時だった。女性は自分が財布を持っていないことに気づき、おずおずと運転手に伝えてきた。この時の運転手の対応は、見習うべき「伝説」の1つとして従業員の間で語り継がれている。

 まず、車内のどこにも財布がないことを確認した後、女性に「お代はいつでも結構です」と伝えた。そしてとりあえず病院で用事を済ませるよう促し、自身はその間に幼稚園に引き返す。幸いにも幼稚園の入り口と乗車場所の間に財布を見つけ、運転手は病院まで届ける。そして運賃は、女性が乗車した幼稚園から病院までしか受け取らなかった。

 後日、中央タクシーの本部に丁寧な礼状が届いたことは言うまでもない。驚くべきは、こういった出来事が同社では決して珍しくないことだ。

 同社は経営理念である「お客様が先、利益は後」を徹底して社員に浸透させている。乗務員にノルマは課さず、経営会議でも数字目標は示さない。もし数字を追えば、「伝説」のような明らかに損失となるサービスは実現不可能だからだ。短期的には損になるサービスを提供しても、多くの乗客がファンとなれば、長期的には会社の利益につながることを体現してみせる。

赤ん坊を抱えた女性は、産院からの帰りの足に中央タクシーを利用した

未経験者を純粋培養

 乗務員の給与は一般のタクシー会社と同じく歩合制だが、宇都宮恒久会長は「給与水準は地元の同業で間違いなくトップ」と胸を張る。約100台ある車両に対し、同社は年に複数回予約乗車する優良顧客を2万人強抱える。「タクシー乗り場での客待ちは一切しない」という宇都宮会長の言葉からも、車両の稼働率の高さがうかがえる。

 採用方法も独特だ。タクシー業界では乗務員経験者の採用を優遇するのが一般的で、「3年程度で乗務員が丸ごと入れ替わる」と言われるほど人の出入りが激しい。そんな中、中央タクシーは未経験者しか採用せず、乗務員を“純粋培養”する。離職率は定年退職などを除けばほぼゼロ。経営理念が染みついたベテラン社員を多く抱えることで、高いサービス水準を担保する。

 同社のタクシーは左後部座席を自動ドアにしていない。客が乗り降りするたびに、乗務員が丁寧にドアを開け閉めするからだ。マニュアル化されたサービスは、このほか雨の日に代わりに傘を差すことだけ。乗務員はそれぞれ自ら考え、顧客に喜んでもらえる行動を取ろうと日々頭をひねっている。

 昨年の東日本大震災発生直後、成田空港に12時間遅れで到着した高齢の女性は、「空港送迎サービス」で彼女を待ち続けていた中央タクシーの運転手に出会い、号泣した。家に帰れる安心感がどっと噴き出した。長野の山中に本部を構える小さなタクシー会社は今日も、人の心を乗せて静かに走り出す。

 外資系の旗艦店をはじめとする都市ホテルからビジネスホテルまで、横浜は国内で指折りのホテル激戦区として知られる。その競争の激しい地で東日本大震災の影響がまだ残る2011年8月に月間客室稼働率99.5%を記録したのが、「スーパーホテル横浜・関内」だ。全238室と、比較的規模の大きなホテルとしては驚異的な稼働率と言える。

 横浜スタジアムや中華街にほど近い立地の良さに加え、検索サイト対策によるインターネット予約客の集客や、ビジネスホテルでありながらチェックイン時に名前を覚えて宿泊客に声がけする質の高い接客術が寄与した。

 ネットで横浜のホテルを探す時、利用者はどんなキーワードで検索するのか。それを調べ、ホテル検索サイトで常に上位に挙がるように対応した結果、今年8月にはネット予約が宿泊客の91%を占めた。検索サイト対策の一環で、最大3人泊まれる「スーパールーム」を2部屋連結で予約できるようにしたことで家族客も増やした。

 「思いがけない誕生日プレゼントが届きました。ありがとう」

 穏やかな瀬戸内海に面した香川県さぬき市。従業員60人ほどの福祉用品メーカーには毎日、80~150通の手紙が届く。年間にすると2万~3万通。社員1人当たりなら年300~500通に上る。

文章でのやり取りで、顧客と心を通わせる

 多くの手紙に綴られているのは溢れんばかりの感謝の言葉。徳武産業は従業員の真心を商品とともに手書きの文面に託す。それが購入者の心をつかむ重要な要素となっている特異な企業だ。

 歩行に不安や困難を感じる高齢者のために開発した福祉シューズ「あゆみ」シリーズが同社の主力製品。足にむくみなどが出てきたり、筋力が衰えたりして、既製の靴が履きにくくなった高齢者から強い支持がある。最大の特徴は、左右別々のサイズを組み合わせたり、片足分だけを購入したりと、高齢者が自分の体の状態に合わせて仕様を選択できることだ。

 購入者の多くは老人ホームに入居していたり、介護を必要としたりするお年寄り。家族や周囲の負担となることを負い目に感じているケースは少なくない。特に歩行に支障が出ると、外出や身の回りのことをするのが困難になり、気持ちが萎えてしまうことがある。

 あゆみが支持されるのは、そんな高齢者でも履きやすいようなあらゆる工夫を備えていることが1つ。そしてもう1つ、他社製品との決定的な差別化要因となっているのが、製品とともに届けられる「まごころハガキ」だ。

 徳武の全社員は持ち回りで、購入者への気持ちを綴った手書きのメッセージを署名入りではがきに書く。入社10年目のある女性社員が「自分の親や祖父母のことを思い浮かべながら書く」と語るように、文面はそれぞれの社員が考える。

 この文章が実に購入者の心を打つ。歩行が困難になると、他人と関わる機会が減少しがち。施設に入居していれば、家族が頻繁に訪問してくれない場合どうしても寂しい思いをする。そんな高齢者の心に、「お体の具合はどうですか。今度香川にも遊びに来てくださいね」といった徳武社員のメッセージは温かく響く。

 返事の便りが来る確率は、販売数量全体の5%ほど。通常のアンケートはがきなどの何十倍にも達する。自分の名前宛に届いた返事に社員が逆に感激し、文通が始まることもある。

 同社の売上高はここ5年で年率10~12%伸び、経常利益率は5%前後を維持。顧客から受け取った感謝の気持ちが、しっかりと経営を支えている。


 保育士は2017年度には全国で7万人も不足すると言われる。資格を持っていても、結婚や出産を機に辞めてしまうケースが後を絶たない。保育園の運営業者にとって、いかに優秀な人材を集めるかが、成長と安定的な経営を左右すると言っても過言ではない。同時に、幼い子供を抱える働く親にとっても保育士の不足は切実な悩みだ。

 全国で100カ所以上の保育所を運営するポピンズ(東京都渋谷区)の人材確保策は徹底している。まず、保育士の資格を持っていなくても採用する。本社スタッフとして勤務させながら、自前の保育園で補助スタッフとして実地経験を積ませているのだ。資格試験に必要な費用は会社がすべて負担する。

 つまり、やる気があれば身一つで保育の道を志すことができる。中村紀子社長は「ポピンズの理念は働く女性の力になること。これはうちにお子さんを預ける母親だけでなく、社員にとっても同じこと」と話す。

保育士としてのスキルを向上させるためのプログラムが多く用意されている(写真:大槻 純一)

 もう1つ、ポピンズが力を入れるのが埋もれている人材の発掘だ。ポピンズには「子育てサポーター」と呼ぶアルバイト制度があり、1000人が働く。この中には保育士の資格を持つ人材も少なくない。「正社員にならないか」と声をかけたところ40人が手を挙げた。より良い待遇、やりがいを求める人材は探せば見つかる。

 「赤ちゃんのマッサージはどこからですか。そう、末端の足先からです」

 ポピンズが長野県に保有する研修施設では、毎月のように従業員向けセミナーが開かれている。ほぼ毎回、中村社長は足を運ぶ。ベビーマッサージは保育士の資格試験にはない。それでも、スキルアップの機会をできるだけ設けるのがポピンズ流。もっと働く女性の役に立ちたいと、今後は教育研修事業を独り立ちさせ、ほかの保育園運営業者の支援にも乗り出す考えだ。

 「私は素人。だからマーケティングを重視し、儲かる農業が大切だと考えることができた」

 長野県の農業生産法人、トップリバーの嶋崎秀樹社長はこう繰り返す。主な生産品目はレタスやキャベツ。農協を通さず、レストランやコンビニエンスストアなどの需要家との直接契約栽培を柱に据える。2000年の創業以来、初年度を除き常に黒字を確保してきた

 多くの若者が農業を志し、トップリバーの門を叩く。嶋崎氏が求めるのは、「長くとも6年くらいで『農業経営者』として自立できること」。生産技術だけでなく、どこで何を作るかなどを最初から叩き込む。優雅な田舎暮らしをイメージしてはとてもやっていけない。脱落する者も多いが、既に10人以上が独立を果たした。

 彼らが構える農園は鹿児島や千葉、三重県などに広がる。「こうした農業経営者が全国で育てば、日本の農業は死なない」。農地は借り、機材は中古。それでも良い作物は作れる。嶋崎氏は10年以上のノウハウを惜しげもなく伝える。

 今、新たに始めようとしているのは「アパート型農場」。設備や運営体制を整えた農場を貸し出し、企業の農業参入を容易にする仕組みだ。素人を自称する農業経営者が作り上げた組織が、日本の農業に変革をもたらし始めている。

「お客様係&代表取締役」

 高知市に本社を置くビルメンテナンス会社、四国管財の企業姿勢は中澤清一社長の名刺によく表れている。カードの左肩に印字された肩書は、「お客様係」が先にくる。顧客企業からのクレームに、トップが先頭となって誠実に対応し、信頼の維持・回復につなげるとの意気込みの表れだ。

 四国管財はクレームを「サービス水準を高める貴重な機会」と捉える。クレームをできるだけ多く収集できるように、スタッフ個人の過失は一切問わない。個人の過失を追及すれば、「些細なことでもミスをごまかし、できるだけ報告しないようにする雰囲気が醸成される」(中澤社長)からだ。

 過失はすべて会社の責任。そう考え、必要があれば社長を含めて16人いる「お客様係」がスタッフ本人に代わり、顧客企業を訪ねて頭を下げる。こうした会社の姿勢がスタッフに浸透しているため、同社の本部には「ワックスをかけた後のイスの場所が違うと言われた」といった細かな報告までもが届く。

中澤清一社長(左)が率いる四国管財は、家族的な信頼関係で結ばれている

従業員へのおせっかいを奨励

 同社では、現場のスタッフが何かしらのミスをした時、それがクレームになる割合を1%程度と見る。残りの99%はわざわざ文句は言わないが、不満をその胸に収めておく人々だ。ならば1%のクレームは、残り99%の不満を未然に解消するための「天の声」だ。

 同社に寄せられるクレームは年に約200件。ピーク時は300件ほどあったが、ミスやトラブルを生じさせないために講じてきた様々な工夫が功を奏し、ここ数年は同程度の水準で落ち着いている。クレームを抑制する取り組みで最も特徴的なのが、「従業員へのおせっかい」だ。

 「あら、久しぶり。子供さんは元気?また飲みにでも行こうかね」。現場スタッフからの電話を受ける本部社員は、用件だけを聞いてすぐに電話を切ることはしない。長い時には数十分、家庭での出来事などについて雑談する。仕事の話には触れないことも多い。

 一般的な企業であれば、こうした会話は「無駄話」と切り捨てられがちだ。だが四国管財では、たとえそれが仕事と直接関係のない事柄でも、現場スタッフの困りごとはできる限り把握しようとする。家庭に問題があれば、仕事でもミスが起きやすくなるからだ。

 同社では過去、家庭の問題が生じていたあるスタッフが、現場でトラブルを起こしたことがあった。聞けば、夜眠ることができず、精神的に参っていたのだという。それ以後、採用の際には就業希望者の自宅で面接をするようにした。幹部は産業カウンセラーの資格を取得し、何か困りごとがあれば、それがどんなことでも、きちんと対応できるような体制作りに努めている。

 中澤社長は「サービス業である以上、従業員一人ひとりが品質そのものだ」と語る。社員の子供が不登校やいじめに悩んでいるならば、自ら学校に出向いて話をすることもある。

 こうした従業員のプライベートに立ち入るような姿勢に対し、批判的な見方もある。だが中澤社長は「『社員については社内のことしか知りません』と言うのは無責任。問題から目を背け、責任を逃れようとする姿勢がトラブルの隠蔽につながる」と意に介さない。

 従業員が語りたがらないことを無理に聞き出すことはしない。目指すのはあくまで、何かあった時に社員が頼れる「駆け込み寺」だ。社風に共鳴した社員からは、社長の携帯電話に直接、「息子のバドミントン大会がありました」といったメールが日常的に届く。

 経営者と550人の従業員とを結ぶ家族的な信頼関係が、顧客に対する真摯な姿勢の原動力だ。

まだまだある すごい組織

 9月下旬の平日、午前10時過ぎ。西新宿のオフィスビル地下にある売店には、絶えることなく顧客が訪れる。売れ筋は飲み物や菓子、弁当など。忙しいビジネスマンやOLはよほどのこだわりがない限り、最初に目についた品物を手に取っていく。飲料や食品メーカーにとって、いかに目立つ場所に商品を置いてもらうかは死活問題だ。

 「伊藤園さんは毎日1回、必ず店に来る」と、この売店のオーナーは話す。伊藤園の「ルートセールス」という組織の正社員は、担当エリアでの配送や営業だけでなく、配送先オーナーとの関係作りまでが重要な業務となる。

 イラストにある通り、新宿支店に在籍するルートセールスの池田紳一郎氏は、1日平均20カ所ほどの訪問と配達が主な業務だ。顧客の在庫がなくなれば真っ先に馳せ参じ、要望によっては品出しも手伝う。ライバル企業が物流の効率化に注力する一方で、伊藤園はルートセールスによる泥臭い販路開拓を続けてきた。その結果、ルートセールスを手がける地域の多くで、茶飲料ではトップの販売シェアを維持している。


 「インドの子供たちに、コクヨの優れた文房具を届けたい。真新しいノートや筆記具を手にした時の喜びは万国共通のもの」。こんな思いを抱く5人の男たちが海を渡りインドに向かった。

 コクヨは2011年秋、インドの文房具大手カムリンを買収した。そこで現地に送り込んだのが、生産・調達や商品企画、流通、チャネル戦略などの専門家5人。買収前の段階からプロジェクトに加わり、カムリンの経営効率化に向けて動き始めた。

 まだ1年足らずだが、早くも成果を出している。カムリンでは卸業者から受けた注文のうち2~3割が欠品となっていても不思議ではなかった。製造と販売、流通部門のミーティングを定例化するといった改善を加え、今年上期には欠品率が半分以下となり、売上高は前年同期を30%も上回った。

 今後、力を入れるのはコクヨが培った生産技術をカムリンに生かすこと。品質の高い文具をインドの子供たちに手渡す日は徐々に近づいている。


 「東レさんは研究開発の会社だと思っている。ユニクロは製造小売り、マーケティングの会社だ。いずれバーチャルカンパニーのようなものに発展させたい」。9月26日、機能性下着「ヒートテック」などの新製品発表会。ファーストリテイリングの柳井正会長兼社長は最大限の賛辞を贈った。

 ユニクロは2011年に1億枚のヒートテックを販売した。今年は1億3000万枚という目標を掲げる。男性と子供向けは衣服内の余分な湿気を放出する新機能、女性向けは保湿機能の向上など、東レが提供する素材の絶え間のない革新が強気の計画を支える。

 両社の合意の下、東レがユニクロとの総合窓口であるGO(グローバルオペレーション)推進室を発足したのは2000年5月。2006年には「戦略的パートナーシップ」に昇格し、50~60人がほぼ常時プロジェクトに携わる。

 東レで開発を担当する佐々木久衛取締役は「糸作りから紡績、染色など各工程で地道に研究・開発を手がけてきた。機能向上の『引き出し』はまだまだある」と自信を見せる。ユニクロとは目先1~2年の機能改善だけでなく、長い目線で画期的な製品を作り出すための協業も始まっている。

日経ビジネス2012年10月22日号 66~71ページより

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