日本には、「敗北」が許されない「本当に強い組織」がある。例えば、大災害やテロなどの非常事態下で、国民の命を守る自衛隊や海上保安庁などだ。スポーツ界にも猛特訓を繰り返し、「負けない」チーム作りに挑んでいる組織がある。

 「過酷な環境下で、整然とテントを張って生活し、宿営地作りを完璧にこなせるなんて、驚きだ。素晴らしい!」

 昨年7月、アフリカのスーダンから分離独立した南スーダン。現在、国連を中心に各国から「国造り」のための支援を受けている。日本からも陸上自衛隊が最大約330人の施設部隊(第2次要員)を派遣。北スーダンからの帰還民を一時的に120人収容する「ウェイステーション(簡易木造施設)」2棟の建設など、施設作りを中心に協力活動を展開している。

 日本の施設部隊は広さ4万7000m2の宿営地に建つ、テントよりも快適なコンテナハウスで生活している。実はこの宿営地の建設は、施設部隊が現地入りする半年前の今年1月中旬から3月下旬にかけて派遣された先遣隊(第1次要員、約210人)が成し遂げた。

 今年1月中旬に現地に入った先遣隊の当初メンバーは、まさに何もないところにテントを張り、宿営地の整地や施設作りをこなした。炊事場ができるまでは食事も携行用のパック飯で我慢。約2カ月間は簡易トイレしか使えず、汚物を凝固剤で固めて処分した。

南スーダンの首都ジュバ市内で、給水源である川と宿営地を結ぶ道を修理・整備しているCRFの先遣部隊(写真:陸上自衛隊中央即応集団)

 現地の外気温は46~47度に達し、テントの中も40度を超える。熱帯夜が延々と続く中、先遣隊の隊員はほぼ全員が腹を下し、多くが点滴を打った。「テントのエアコンは全く利かず、現地で調達したペットボトルの水をひたすら飲んで我慢するしかなかった」と先遣隊に加わった隊員は証言する。

 こうした過酷な環境下で、日本から運んだ建設機械などを使って宿営地を整地し、トイレやシャワー施設、炊事場などを順次設置した。また国連の要請で、給水する川と宿営地の間の道を整備した。生活用水を確保するためだ。長時間のスコールでも冠水しないように、宿営地があるトンピン地区(国連の敷地)に幅3~5m、深さ2~3m、長さ5000mの排水溝を作った。

 冒頭の発言は、現地で支援活動に当たっている国連南スーダンミッション(UNMISS)の幹部が、宿営地作りに取り組んだ先遣隊の完璧な仕事ぶりに対して賛辞を贈ったものだ。先遣隊の隊長を務めた坂間輝男・陸上自衛隊富士学校普通科部教育課第1戦術班教官は「平素国内で厳しい訓練に取り組み鍛えられていた先遣隊は、過酷な環境でも淡々と仕事をこなせた」と話す。

自衛隊の中でも選ばれた精鋭

 約15万人の陸上自衛隊には、国内でのテロやゲリラによる攻撃、大災害などへの対応、海外での国連平和維持活動(PKO)といった特殊な活動に従事する約4000人の組織がある。2007年3月設立の中央即応集団(CRF)だ。南スーダンで活動した先遣隊は、CRFから派遣された。現在任務に当たっている施設部隊は、日本各地で活動している陸上自衛隊の計5つの方面隊から隊員が集められ、CRFが指揮を執っている。

 CRFは、陸上自衛隊の中でもほかにない機能や能力を持つ。「オンリーワンの組織であり、ナンバーワンを目指している」(CRFの日高政広司令官)。

 陸上自衛隊唯一の落下傘部隊である「第1空挺団」、陸上自衛隊最大の航空科部隊「第1ヘリコプター団」、主に海外協力活動の先遣隊として派遣される「中央即応連隊」、テロやゲリラによる攻撃に対処する「特殊作戦群」、核・化学・生物兵器に対処できる「中央特殊武器防護隊」、生物剤の同定及び治療を行う「対特殊武器衛生隊」、国際平和協力活動に必要な教育訓練などに当たる「国際活動教育隊」で構成する。

 国内の非常事態に対しては真っ先に対応。方面隊に第1空挺団や第1ヘリコプター団などの必要な部隊を派遣する。昨年3月11日の東日本大震災に伴う東京電力福島第1原子力発電所の事故では、CRFの第1ヘリ団及び中央特殊武器防護隊が原発などの施設に給水・放水・消火活動を行った。

 海外では、国連の要請に応じてPKOや国際緊急援助活動を行うほか、ソマリア沖で海賊対処などの国際任務に当たっている。2007年1月に防衛庁が防衛省に移行。PKOなどが本来任務になり、CRFが設立された。


 「養殖エビが売れなくなったらどうしてくれるんだ」。タンカーが座礁し、原油が流出。関係者が集まるや否や、漁業関係者が船主に怒りを爆発――。

 こんな光景は珍しいことではない。海域の利害関係者の調整をしながら、事故の早期収束に当たるのが、海上保安庁機動防除隊の仕事。映画にもなった「海猿」ほどの派手さはないが、海を汚染から防ぐ守護神だ。

 機動防除隊は原油や化学物質の流出や火災など海上での災害に対応する全国唯一の専門家集団。横浜赤レンガ倉庫に隣接する横浜海上防災基地に拠点を置き、事故が発生すれば全国どこへでもすぐに向かう。

 事故で海洋を汚染した責任は船舶の保有者にある。だが、乗組員には専門知識がない。そこで機動防除隊の指導の下、対策を実施するというわけだ。

海上災害は利害関係者が多い。機動防除隊は専門知識と調整能力を誇る

 機動防除隊に通報が入ると、4人のチームで即、現地へ向かう。到着後、2人は現場の状況把握に、残り2人は利害関係者が集まる「連絡調整会議」の準備に着手する。人は必ずミスをするし、常に冷静でなくてはならない。だから必ず2人組で動くのがルールだ。

 会議には事故の原因者と海上保安庁に加えて、自治体や消防、警察、漁業関係者などが参加する。現地にある機材、収束までの期間や費用、生態系への影響などによって対応策は複数の選択肢があるため、会議で方針を固める。

交錯する利害を整理

 機動防除隊は原油や化学物質などの専門知識が求められるため、配属後は猛勉強の日々が続く。だが、それ以上に利害関係者の調整が難しい。

 永島隆久隊長は「チーム4人がブレなく調整に当たることが必須」と説明する。これを可能にするのが日々の訓練や研修だ。度重なる訓練でメンバーの特性を肌と肌で感じ取り、その経験を積み重ねていく。そうすると、いざ現場に出た時に互いに何を考えているかが読めるようになる。大塚久・防除措置官は、「隊長の攻めパターンを理解しているので、自分がどう立ち回ればよいのかが分かる」と言う。

 メンバーが同じテンションで調整に当たることが欠かせない。熱すぎても、冷たすぎてもいけない。経験に裏打ちされたチームワークと調整能力が、事故の早期収束を実現する。

 震災や大規模災害に対応できる高度な救助・救命技術、人命探査機器などを持つ。東京電力福島第1原子力発電所の事故現場でも活躍した。


 今年スポーツ界で圧倒的な強さを見せつけた組織として真っ先に思い浮かぶものの1つは、史上7校目の甲子園大会春夏連覇を果たした大阪桐蔭高校の硬式野球部だろう。8月23日に開かれた第94回全国高校野球選手権大会の決勝で、今春の選抜大会と同じ対戦相手となった青森県の光星学院を3対0で下し、3985校の頂点に立った。

 「ダルビッシュ(現米レンジャーズ)の再来」と言われる大阪桐蔭のエース、藤浪晋太郎投手がいたから勝てたのではないか、と見る野球関係者は多い。だが、いくら超高校級の投手がいても、必ずしも勝てる保証はない。

 その証拠に、昨年夏の甲子園出場をかけた大阪大会の決勝で、大阪桐蔭は当時2年生の藤浪投手が先発したが、東大阪大学柏原高校に逆転負けした。6回終了時点で6対2とリードしていたものの、最終的には9回裏逆転サヨナラ負けという苦い経験を味わった。

 「とりわけ野球はラグビーなどと違って、戦力が6対4や7対3で勝っていても、負けることがある競技。昨年夏以降の新メンバーではとにかく負けにくいチームを目指した」と、大阪桐蔭の西谷浩一監督は振り返る。

来年も春夏連覇を目指す新チームの練習風景(写真:山田 哲也)

 藤浪投手を中心に、徹底して守りを固めた。大阪の生駒山中腹にあるグラウンドで、平日は午後3時半から9時まで実践的な練習をこなす。夕食時には寮で選手が中心になってミーティングを開き、負けないために何をすべきかを一人ひとりが考え抜いたという。

 「野球は、守備が主導権を握るスポーツ。守備のチームがボールを投げないと始まらない。強力打線でもいい投手に当たると、なかなか打ち崩せない」と力説する西谷監督は、「足と声(全力疾走と声がけ)」を選手に徹底させた。

 どんな凡打や凡フライでも全力で走る。もしかしたら相手がエラーする場合もあるからだ。相手も全力で走ることを邪魔できないし、大きなチャンスにつながる可能性がある。声がけも、選手の士気を高めるとともに、相手の動きなどの情報を伝えたり、自分たちの作戦を徹底させたりできる。

 こうした機動力は、今夏の決勝戦でも発揮された。5回裏、バントと走力でプレッシャーをかけ、相手のエラーを誘って2点を先制したのだ。

春の4番打者が夏には応援席に

 大阪桐蔭は徹底的に実力主義を貫く。春の選抜大会、1回戦で骨折した4番打者の穴を埋めた選手がいた。昨秋はチームの打点王になったが、選抜後は打撃不振に陥り、夏の大会ではベンチにも入れず、甲子園の応援席で校旗を支える旗手を務めた。また中学時代に藤浪投手とバッテリーを組んだ倭(やまと)慎太郎選手はスコアラーとしてベンチに入り、大会中寝る暇を惜しんで対戦相手の情報を集めてチームに伝えた。

 レギュラーになれず、ベンチにも入れずわんわんと泣いた選手が、自らバッティング投手を務めたり、対戦相手を偵察したりと、負けないチーム作りにひたすら貢献した。

 既に来春の甲子園に向けて新チームが動き出した。絶対に負けないチームを目指して、猛練習の日々が続く。

 埼玉西武ライオンズの中村剛也選手や北海道日本ハムファイターズの中田翔選手など、大阪桐蔭出身のプロ野球選手が増えており、毎年シーズンオフにはグラウンドを訪れ、打撃練習などを行う。プロや大学で活躍するOBが選手に大きな刺激を与え、負けないチーム作りに一役買っている。大阪桐蔭の快進撃はこれからも続きそうだ。

 「ある都市の電車網における1日の運行表が与えられる。駅の数は40。運行本数は7200。3人の乗客が始発から終電まで、1度も出会わないような乗り方のうち、3人の合計走行距離が最も長くなるケースを求めよ」

 こんな気が遠くなる難題を解くプログラムを4日間で作成し、計算時間などを競う「夏の電脳甲子園」が、今年も東京工業大学などの主催で開かれた。予選を通過した20チームの頂点に立ったのは、全国でも1、2を争う難関校として知られる灘高校(神戸市)に通う3人の高校生で作る「チームima1000」だ。3人は3つの例題を0.06秒で解くプログラムを作成。2位に5倍の差をつけて優勝した。

女子ソフトボールVS女子野球の日本代表
日は当たらずとも「進化」
(写真:共同通信)

 今年の夏、五輪種目ではない2つの女子日本代表が世界一に輝いた。華やかなひのき舞台ではなくても、日本の女性アスリートらは静かに、その強さを発揮し続けている。 ロンドン五輪開幕直前の2012年7月22日。カナダ北部ホワイトホースで行われた世界選手権で、女子ソフトボールの日本代表が優勝した。7連覇中の“最強軍団”米国を破り、実に42年ぶりの栄冠を手にした。

 日本中を熱狂させた北京五輪の金メダルから4年。女子ソフトボールは五輪の正式種目から外れ、世間の関心は波が引くように薄れた。だが、宇津木麗華監督は力強く言い切る。「今のチームは北京よりも強い」。

 北京五輪後、選手の士気は目に見えて下がり、競技の強化予算も大幅に減った。そんな中でのチーム作りは容易ではなかったが、この逆境が選手らの精神力をむしろ向上させた。「ソフトボールを再び五輪種目にする」。新たに選手らに浸透した目標は、4年前に最大の目標として考えていた世界一を、「必ず果たすべき使命」に変えた。

 世界選手権で、不動のエースの上野由岐子投手は北京の3試合連投を上回り、4試合連続で登板。「最後は気持ちで乗り切れた」と振り返っている。

 女子野球も五輪の陰で世界王座を獲得した競技だ。国内競技人口は約3000人と、決してメジャーとは言えないが、ワールドカップで今年、史上初の3連覇を達成。他を寄せつけない圧倒的な強さを見せている。

 今回、チームを率いた元プロ野球選手の新谷博監督は、日本の強さの理由に「小学校から中・高・大、プロ、日本代表と、上を目指して競技を続けられる環境がある」点を挙げる。米国など他の国では、競技環境が整った地域は一部に限られ、組織的な選手育成が進んでいないのだという。

 「最強のチーム」はカメラのフラッシュを浴びて育つわけではない。日の当たらない時でも絶えず進化を続けた者が、明日の王者となる。

日経ビジネス2012年10月22日号 38~42ページより

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