フィリピンの首都マニラ。空の玄関口であるニノイ・アキノ国際空港に降り立った人は「OFW」と書かれた入国審査レーンを目にするだろう。OFWとはOverseas Filipino Workersの略で、海外に出て働くフィリピン人労働者を指す。

 OFWが稼ぎ出した外貨はフィリピン経済を支えている。送金額はGDP(国内総生産)の10%以上を占めており、2011年は201億ドル(約1兆6080億円)に達した。出稼ぎ労働者は景気が良い国へ移って働きやすい。そのため世界経済の変調にも左右されにくく、送金額はリーマンショック後も順調に増加している。

 だが、手放しでは喜んでいられない。出稼ぎ労働者が多いのは国内に雇用が少ないことの裏返しだからだ。2010年だけでも147万人のフィリピン人が新たに国外に働きに出た。OFWの数は常時1000万人超と言われており、これは人口の1割以上に相当する。

 雇用を生み出せてこなかったのは、政治の混乱で外国からの投資が滞り、それが経済の発展を阻害する負の循環から抜け出せてこなかったからだ。

 1965年から86年まで続いたマルコス政権では腐敗や汚職が蔓延し、外資が進出をためらった。86年に起きた三井物産マニラ支店長の誘拐事件の影響もあり、日本からの投資も長期にわたって低迷した。98年に誕生したエストラダ政権も不正蓄財などのスキャンダルで失脚。続くアロヨ政権でもクーデター未遂事件が相次いだ。

 こうして60年代まで「アジアの優等生」と呼ばれていたフィリピンは、いつしか「アジアの病人」とまで呼ばれるようになった。

【1】1994年に進出したセイコーエプソンはインクジェットプリンターなどを生産 【2】ミニストップでは店内調理したファストフードが人気。電気代が高いためロックアイスも売れ筋 【3】治安が悪いので商店などの前には銃を持った警備員が常駐する

安価な労働力が豊富

(写真:AP/アフロ)

 だが、風向きは変わりつつある。2010年6月に就任したベニグノ・アキノ3世大統領は「汚職がなくなれば貧困もなくなる」とのスローガンを掲げ、クリーンな政治を志向している。

 財政赤字も大幅に減らしたことで外国の格付け機関はフィリピン国債の評価を相次いで引き上げている。2012年上期のGDP伸び率は7%近くに達しており、インドネシアやマレーシアそしてタイを凌駕するほどだ。

 経済が好調な理由は、豊富な労働力を有するフィリピンの潜在力が外資によって再評価されてきたためだ。

 村田製作所は2011年9月、マニラの南に位置するバタンガス州に生産子会社を設立。2013年1月から積層セラミックコンデンサーなどの電子部品の出荷を開始する予定だ。同生産会社の益田喬社長は「労働コストが当面、上がりにくいことが進出の大きな決め手になった」と語る。

 フィリピンの人口は約9401万人。東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国の中で2位の規模を誇り、しかも人口増加率が高い。今度も労働者が確保しやすい点を評価して、キヤノンやブラザー工業などエレクトロニクス企業も相次いで現地への進出を決めている。

 外国企業の誘致に大きな役割を担っているのが1995年に設置されたフィリピン経済区庁(PEZA)だ。経済区内に進出した企業には法人税が最長8年間減免され、海外から持ち込んだ生産設備や原材料への関税も免除される。こうした破格の優遇措置が外国企業を吸い寄せており、2012年8月末までに日系企業だけで653社が経済区に進出している。日本電産のように、タイの洪水を受けて、フィリピンに移ってきた企業もある。

 PEZAに対する進出企業の信頼は厚く、これは1995年のPEZA設立当初から長官を務めるリリア・デ・リマ氏への個人的な信頼と重なる部分が多い。デ・リマ長官は清廉な性格で知られており、部下に対しても金品の受け取りを厳しく禁止している。大統領が代わってもデ・リマ長官は留任し続けており、「今やデ・リマ長官が辞めるのが最大のリスク」(エプソン・プレシジョン・フィリピンの天野和幸社長)と言うほどだ。

7109の島に約1億人が住む 南シナ海では中国と領土問題
フィリピンの主な都市と工業団地

ユニクロも1号店を出店

電気料金はASEANで最も高い
主な業種の進出適性度を◎ ○ △ × の4段階で評価

小売り 
人口は近い将来1億人を突破。所得の割には消費性向も高いので中長期的には小売業の発展余地は大きい。ただし、外資系企業が単独で進出するのは難しいため合弁方式が一般的
サービス業 ×
英語人材が豊富なのでコールセンターなどは既に発達しているが、日系企業にはあまり恩恵はない
インフラ 
アキノ政権は民間企業の力を活用してインフラ整備を進める考えだが、実態はほとんど進んでいない
製造業 
輸出型製造業が経済区に進出すれば優遇措置が厚く、労働力も当面は安く確保できる。電力料金が高いので電力多消費型メーカーには不向き

(各種情報を基に本誌が独自評価)

 人口の多さは流通企業も引き寄せている。GDPに占める民間消費支出の割合が7割近くを占めるなど、フィリピン人の消費性向が高いことも、小売各社にとって大きな魅力だ。

 コンビニエンスストアでは台湾の関連会社経由で「セブンイレブン」が700店近くを出店しており、それを「ミニストップ」が追いかけている。同社は2012年末までに340店に拡大する計画で、「近い将来にはマニラ以外の都市にも店舗網を拡大していく」(海外事業を担当する内ケ崎泰弘・執行役員)。

 売れ筋商品は「トッパーズ」と呼ぶご飯におかずをかけた丼物だ。49ペソ(約93円)という価格は大衆層のランチ価格帯に合わせて設定した。ミニストップは店内調理したファストフードをその場で食べられるイートインスペースを設けているのが特徴で、この「コンボストア」方式がフィリピンで競争力を持っていると判断した。

 外資系の流通企業が独資で出店することも法律上は問題ないが、実質的には地場の財閥系企業と組んで進出するケースがほとんどだ。ファーストリテイリングは今年6月、フィリピン流通最大手のSMグループと組んでマニラ市内に「ユニクロ」1号店を出した。良品計画も2010年から「無印良品」を出店している。

(北京支局 坂田 亮太郎)

日経ビジネス2012年10月22日号 96~97ページより目次