シャープと台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業の提携協議が難航している。液晶技術の内製化を目論むホンハイを警戒するシャープ。半面、独力での販路開拓にも光明が見えない。

 “Eye-Ball(アイボール)計画”――。

 EMS(電子機器の受託製造サービス)世界最大手の台湾・鴻海(ホンハイ)精密工業が立ち上げた、「眼球」を意味する耳慣れないこの計画が、シャープとホンハイの提携の今後を左右しかねない存在として関心を呼んでいる。

 計画の中心となる舞台は、中国・四川省の成都だ。米アップルのタブレット「iPad」やスマートフォン「iPhone」の組み立て拠点を構えるこの地で、ホンハイは「天億」と名づけた中小型液晶パネル工場を新設している。

 液晶パネル関連の技術や特許を各地から集約し、一大戦略拠点に育てるのがアイボール計画の狙い。ホンハイは既に、傘下の台湾・奇美電子からスマホなどに使われる「低温ポリシリコン(LTPS)」と呼ぶ液晶技術に携わる技術者を成都に派遣したという。

ホンハイの郭台銘董事長は8月末の会見を急遽キャンセル。10月9日時点でも協議に大きな進展はない

天億への技術流出を危惧

 アップル製品の組み立てを一手に担い、売上高は10兆円(2011年12月期)に迫るホンハイだが、液晶パネルなど基幹部品はこれまで、日本や韓国のメーカーから調達せざるを得なかった。アイボール計画は、営業利益率が2%台(同)と低いことや、新興EMS企業の追い上げに危機感を募らせる同社が、需要が拡大するタッチパネルやディスプレー技術を内製化して収益力を高める、郭台銘董事長肝いりのプロジェクトとされる。シャープとの提携自体、アイボール計画の加速が主たる目的だったという見方さえあるほどだ。

 米ディスプレイサーチの中国・台湾担当バイスプレジデント、デビッド・シェ氏は、「天億が狙うのはスマホ生産の一括受注。ホンハイは、シャープのLTPSや酸化物半導体IGZOなどの技術供与を望んでいる」と語る。

 アイボール計画が表面化したのは今年夏頃。ある部材関連会社の幹部は、「当初は、シャープの技術者や設備を中国に持っていくという話も出ていたが、8月には立ち消えになった。ホンハイはIGZO技術を売るよう強く求めているようだが、シャープ側は自殺行為だととらえている」と話す。

 両社の交渉を知る複数の関係者も、「シャープに中小型液晶事業の分社化を迫るなど、液晶の内製化を前のめりで進めるホンハイの姿勢が明らかになったことで、技術流出が一気に進むとの警戒感がシャープ内部で高まった」と証言する。

 シャープ幹部は「トップ同士の会談はテレビ会議で定期的に行っている」と話すが、ホンハイ側の関係者は「銀行の方ばかりを向くのではなく、こちらと真剣に向き合ってほしい。提携がうまく進めば、優秀な人材をリストラする必要もない」と話す。

 シャープとの交渉が難航したことが1つの引き金となり、ホンハイは当初2013年の第3四半期を予定していた天億の稼働を、同年第4四半期以降に先延ばしせざるを得なくなったという。

独力での反転攻勢は手詰まり

(注:取材を基に本誌推定)

 リストラ策の一環で、シャープはマレーシアのテレビ組み立て工場をホンハイに売却する意向だ。しかし、技術獲得の意味合いが薄い同工場の引き受けは、ホンハイにとって承諾できるギリギリの線とされ、郭董事長の我慢は限界に近づいている可能性が高い。

 今のところ、ホンハイとの提携よりも、“虎の子”であるスマホやタブレット向けの中小型液晶技術を死守する構えと見られるシャープ。しかし皮肉なことに今、同社の業績の足を引っ張っているのも、中小型液晶パネルである。

 シャープは中小型液晶パネルを亀山工場(三重県)で生産している。このうち、亀山第1工場では、「iPhone 5」向けの液晶パネルの生産が一時の出遅れを挽回し、フル稼働に近づいてきた。一方、問題なのは高精細・低消費電力が売りのIGZO液晶を作る第2工場だ。iPad向けパネルでは、韓国のサムスン電子とLG電子が約4割ずつのシェアを握るのに対し、シャープはおよそ2割にとどまり、足元の稼働率は4割程度と深刻な状態が続く。

 もともとテレビ用パネルを生産していた亀山第2工場は、「iPad向けパネルを月に300万枚前後生産できる。これは、1カ月分のiPad向けパネルの総需要量に相当するもので、どう考えても能力過剰だ」(アナリスト)。

 iPad以外の需要開拓も苦戦している。アップルが近く発売する「iPad mini(仮称)」では、そもそもIGZOの高性能が必要とされず、LG電子などにパネル受注をさらわれた。

 シャープ経営陣が期待を込める米マイクロソフトのOS(基本ソフト)「Windows 8」を搭載したパソコンやタブレット向けの受注も状況は厳しい。ある業界関係者は、「シャープ幹部は当初、今年8月から大規模な受注が舞い込むと触れ回っていたが、結局そうした発注はなかった」と明かす。シャープは医療用モニターなどの法人向けも狙うが、「消費者向けと比べ需要規模は2ケタ小さい」(関係者)。稼働率を高める急場しのぎの策として、同工場では現在、韓国サムスン電子向けのテレビ用パネルを生産している状態だという。

 進むにも引くにも打ち手を欠くシャープだが、9月、プロセッサー最大手の米インテルとの提携交渉が報じられた。シャープは否定しているが、業界ではインテルとの協業が有力な打開策につながるとの期待感も高まる。

 端末競争が激化する中、インテルにとっては薄型軽量のノートパソコンの販売増こそが収益確保への近道。IGZOは、高精細かつ駆動時間の長いモバイル端末を実現できる。

 シャープはIGZOを高価格で売ることに固執している。インテルと手を組むことでパソコンメーカーの採用が進めば、IGZO普及の強力な援軍になる。

 9月末に主要取引銀行から追加融資を取りつけ、当面の資金繰りにメドをつけたシャープ。だが、技術流出の防止と主力工場の稼働率改善というジレンマは未解決。ホンハイと折り合うか、新たな提携相手を見つけるか。決断の時は迫る。

(田中 深一郎、戸川 尚樹)

日経ビジネス2012年10月15日号 12~13ページより目次

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