
ASEAN諸国に展開するグループ会社などを、シンガポールで統括する日系企業が最近、増えている。それはなぜなのか。
法人税率は17%で、日本の30%より大幅に低い。交通や物流インフラ、金融市場も整う。1人当たり名目GDPは先進国並みの5万123米ドル(2011年)に達する。暮らしは豊かで、治安も良い。世界銀行グループが実施するビジネス環境の国別ランキングでは、毎年のように1位の座を占める。
事実上の1党独裁体制が機動的で大胆な政策の実行を可能にし、こうした良好なビジネス環境を整えた。そこに日系企業が引きつけられているのだ。シンガポールの拠点を「司令塔」にして、そこからASEAN全体のビジネスに目を配る。昨年だけでも、名だたる日本企業がシンガポールに地域統括拠点を構えた――キリンホールディングス、三井化学、日清食品ホールディングス、サントリー食品インターナショナル。

パナソニックが物流・調達を移管
JETRO現地事務所などの調査によると、この流れは2005年から加速している。JETRO海外調査部アジア太平洋州課の伊藤博敏・課長代理は、「アジアでの生産や販売が増えるのに伴い、従来は日本国内などにあった権限や資金がシンガポールに集まってきている」と言う。
パナソニックは今年4月、大阪の本部で担っていた物流と調達の機能をシンガポールに移した。円高に対応するため、中国を含むアジア諸国から調達する部品の割合が全社的に増えたからだ。2009年に3割だったアジア・中国製部品の比率は、2012年には5割に達する見込みだ。逆に日本国内での部品調達率は、6割から4割に減少する。
物流も同様だ。生産の海外シフトに伴い、国際流通するパナソニック製品のうち、アジア・中国の工場から出荷する割合は既に9割を超えている。もはや日本で調達・物流を統括する必然性は低い。そう判断して、アジア・中国に統括拠点を移すことにした。巨大な港湾を備える上海や香港も検討したが、政治の安定を考慮して最終的にシンガポールに決めた。

インド洋と太平洋の結節点に位置するシンガポールは世界有数のハブ港湾を備えており、各国の海運会社が事務所を構える。日本郵船も「世界6カ所に分散していたコンテナ船の運用部門を、2年前にシンガポールに集約した」(日本郵船シンガポール法人の岩井泰樹ゼネラルマネジャー)。
パナソニックが新たに設けた現地の物流部門は、これらの海運会社と輸送契約を交わす業務を主に担う。シンガポール法人の松田雅信マネジングディレクターは、「以前は日本からシンガポールに1年に1回出張して、海運会社と価格交渉をしていた。これからは現地に価格決定の権限を持たせて、日常的に接触する。その方が値下げ交渉がしやすい」と語る。

港湾だけではない。シンガポールのチャンギ国際空港は、世界有数のハブ機能を備える。空調や水処理設備の整備を手がける日立プラントテクノロジーは、こうした空港の利便性に着目して昨年12月、東南アジアの地域統括会社をシンガポールに設置した。
同社の下川学専務は、「ASEAN諸国のどの主要都市にも3時間半以内でアクセスすることが可能だ。エンジニアリングや資材調達でサポートが必要な国に、すぐにスタッフを派遣できる。インドネシアのジャカルタや、ベトナムのホーチミンであれば日帰りできてしまう」と言う。

ソニーは新興国リーダーを育成
在日シンガポール大使館のチュア・イァクファ参事官は、「最近は、シンガポールでグローバル人材の育成に取り組む日系企業が増えている」と話す。ソニーはその1社だ。今年1月、東京・品川の研修所「ソニーユニバーシティ」の分校をシンガポールに開設した。
ソニー人材開発部の山崎美佐子・担当部長は、「ASEAN諸国をはじめとする各国の係長級や課長級社員を集めて研修している。各国から研修生を受け入れやすい位置にあることが開校の決め手の1つになった」と話す。ここでも、アクセスに便利なハブ空港の存在が力を発揮した。
2010年以降、東芝や横河電機、住友化学などもシンガポールに研修所を開設している。
日系企業の相次ぐ進出に伴い、シンガポールは「ASEANのハブ」としての地位をますます盤石なものにしている。
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