個体だけ見れば、幻想的と言えるかもしれない。水中を浮遊する姿に癒やしを感じる人もいる。だが、海を埋め尽くす大群となり押し寄せてくるなら、それは天災にほかならない。

 ここ数年、日本海沿岸でのエチゼンクラゲの大量発生が、現地の漁業関係者に多大な被害を与えている。大型になれば直径1mを超えるクラゲが底曵き網や定置網を使用不能にする光景は厄介者という表現がふさわしい。

 しかし、それらがすべて資源になるとすれば、話は変わってくる。川崎市に本社を置く海月研究所(木平孝治社長)は、クラゲを工業素材として活用しようとしている企業だ

漁業関係者を悩ませるエチゼンクラゲ。上は海月研究所が製造したクラゲ成分配合の石鹸

クラゲ由来の万能成分

 木平社長は理化学研究所の出身。もともと、エチゼンクラゲの被害が問題化した2005年に、理化学研究所と信和化工(京都市)が共同でクラゲの有効利用を研究し始めたのが事の発端だ。エチゼンクラゲを含む8種類のクラゲを調査し、すべての種から糖たんぱく質「ムチン」が抽出できることを発見した。

 ムチンはオクラや山芋、動物の唾液などに含まれる、ヌルヌルとした成分。胃の粘膜の保護や肝臓・腎臓の機能強化、細胞活性化、消化促進、便秘改善など様々な有効作用があり、安定的に大量調達できれば、医薬品や化粧品など様々な工業素材としての応用が期待できる。

 「ムチンは家畜の粘液などにも含まれ、そこから確保する方法もあるが、感染症などの心配がゼロとは言えない。クラゲ由来のムチンには、今のところ、そうした問題は見つかっていない」と木平社長は説明する。

 既に、クラゲ成分を配合した石鹸「海乃月」や、大学など研究機関向けの試薬、化粧品用水溶液を販売。今後はさらに応用範囲を広げ、早い時期に年間3億円まで売り上げを増やす計画だ。

 クラゲを捕獲し活用すれば、恩恵を受けるのは漁業関係者だけではない。クラゲの大量発生で打撃を受けているもう1つの設備が、火力発電所だ。取水口にクラゲが入り込んで給水ができなくなり、発電能力が低下する問題が深刻化している。その意味では、クラゲを有効利用することは、原料・エネルギー難の日本に一石二鳥、三鳥の効果をもたらすと言える。

 言うまでもなく、日本は資源に乏しい国だ。原子力を除くエネルギー資源の自給率は、中国の91%、英国の72%、米国の68%に対し、7%しかない(出典「Energy Balances of OECD Countries 2011」)。

 そんなハンディをカバーすべく、設立が相次いでいるのが、海月研究所のような次世代資源ベンチャーだ。今まで廃棄していた生物資源を利用する動きが出てくる一方で、天然資源を人工的に作り出す研究も進んでいる。その1つ、スパイバー(山形県鶴岡市、関山和秀社長)は人工的に、航空機や自動車の素材となるクモ糸を生産するベンチャーだ。

遺伝子工学で作る最強の糸

スパイバーでは当初、ジョロウグモ(左)の糸の遺伝子を研究した。右は人工合成したクモ糸(写真左:アフロ)

 クモは様々な糸を作るが、命綱として使う牽引糸は最も強度が強く、防弾チョッキに使用されるアラミド繊維に匹敵する強度と、ナイロンを上回る伸縮性を兼ね備える。「新素材として注目の炭素繊維と同等の強度を持ちながら、それにはない伸縮性を持っている。直径1cmのクモ糸があればジャンボ機をつるすことも可能」(関山社長)。

 最大の問題は調達のしにくさだ。カイコを飼って糸を取るように、クモを大量飼育し、クモ糸を集める方法も考えられなくはない。だが、「クモは共食いするし、肉食でえさを与えるのも一苦労。クモが放出した糸を効率的に集めるのも難しい」と関山社長は話す。

 では、どうするか。関山社長が編み出したのが、クモから糸を取り出すのではなく、遺伝子工学をフル活用して、微生物やほかの生物にクモの代わりに糸を作らせるという方法だった。鶴岡市の先端研究産業支援センター内にあるスパイバーの“クモ糸工場”では今、クモの糸の遺伝子を微生物に移植して培養し、同じ成分のたんぱく質を生成する作業が進められている。

 現在29歳の関山社長がクモの糸の人工合成を志したのは大学3年の時だ。慶応義塾大学環境情報学部に入学し、システム生物学専門の冨田勝教授に師事。猛毒を持つスズメバチさえも食べてしまうクモと、それが作り出す糸の神秘に関心を持つ。以来、クモ糸の人工合成の研究に没頭し、在学中に培養技術を確立。大学卒業後の2007年、スパイバーを設立した。

 既に、クモ糸のサンプル出荷を始め、自動車部品メーカーなど数社と共同で部品素材への応用研究を進めている。3年以内に大量生産を始めるのが当面の目標だ。

ほかにもある バイオ資源ベンチャー
海洋生物、微生物、微細藻類を収集して1万種類以上のエキスを抽出。製薬や化粧品メーカーから委託を受け目的に合った有効成分を調査する

火を近づけても燃えない、油水から油だけを吸収するナノファイバーの量産技術を確立して、防護服や汚水処理フィルターを開発。東京工業大学発ベンチャー

 クラゲやクモのようにこれまでない新たな工業用素材を模索する動きが活発化する一方で、従来にない燃料の開発を目指す資源ベンチャーも増えてきた。TRANS ALGAE(トランスアルジ、東京都港区、西平隆社長)は藻類を原料とするバイオディーゼル燃料の製造を研究中だ。

 バイオ燃料と言えば、トウモロコシやサトウキビを原料としたエタノールの製造が実用化されている。しかし、食糧を燃料に転用すれば、価格の高騰や食糧不足を招きかねない。このため、非食系、特に藻類による油生産への関心は世界的に高まっており、米国では多くのベンチャーが実証プラントを立ち上げている。

 そんな中、トランスアルジは他社の5分の1程度という圧倒的なコスト競争力を武器に、2012年、日本でこの分野に参入した。「ここまで下がればライバルを圧倒するだけでなく、原油や軽油に対しても競争力が出てくる」と西平社長は話す。

 なぜ、ここまでコストを引き下げることができたのか。

 第1の理由はバイオディーゼルの生産に向く藻類の発見だ。藻から油を取る技術は確立済み。生産性を上げる勝負のカギの1つは、油分を多く含み繁殖力の高い藻をいかに見つけ出すかに移ってきている。同社が発掘したのは「TAC藻」という藻。油分含有量が60%で、27日で約6700万倍になる。他社が採用している藻の多くが月に数千倍にしか増えないことを考えれば、破格の増殖力と言える。

左端が乾燥した藻。中央が原油で右が精製したバイオディーゼル(左下)(写真奥:アフロ)

 コスト破壊に成功した第2の理由は、独自の培養設備を開発したことだ。

 藻の製造方法は、米国では池を張って培養するオープンポンド方式が主流だが、この方法は広い敷地が必要になり、日本には向かない。そこでトランスアルジは池でなく、10トンタンクで藻を培養する方法を開発。従来、タンクによる培養は、育成に必要な日光が届かないなどの問題があったが、同社は定期的に撹拌するなどの工夫を凝らし、ハードルを乗り越えた。

 「藻のバイオディーゼル燃料を使った発電が、近い将来、政府の買い取り制度で認められれば、さらに高い収益性が見込める」と西平社長。年内にも大型の培養施設の建設に着手する。

ほかにもある 燃料ベンチャー
高知工科大学発ベンチャー。間伐材や樹皮など利用されていない廃材を使って、発電と固形燃料の製造を同時に行う。廃熱を燃料工場での木質の乾燥に使う

トウモロコシの葉など食糧以外、非食系の植物原料からエタノールや化学品原料の量産技術を確立。決め手は「RITE菌」と呼ぶ微生物の利用

コープさっぽろ(札幌市)と提携し、使用済みの食用油(廃食油)を回収。廃食油からバイオディーゼル燃料を生産し、これを軽油に混ぜた自動車燃料を販売

 もちろん、日本で不足している資源は工業素材や燃料だけではない。日本が現在抱える資源・エネルギーに関する最大の不安は電気不足だ。再生可能エネルギーベンチャーは1970年代から設立されてきたが、3・11以降、その技術開発への期待はここへきて一段と高まっている。

独自の形状で集光効率3倍

 スマートソーラーインターナショナル(仙台市、富田孝司社長)は、従来品に比べ約3倍程度の集光が可能な新型太陽光パネルを開発した。

 同社製太陽光パネルを見ると、今までの製品と比べて明らかに違う。1本の蛍光管のような太陽光パネルが伸び、それをアルミの反射板が覆っている。この独自の形状こそ、より多くの太陽光を集められる理由だ。

スマートソーラーが開発した太陽光発電装置。1本の蛍光管のように見えるのが太陽光パネル

 もっとも、太陽光パネルの場合、集光率は高ければそれでいいというわけではない。集光が多いと温度が上がり、太陽光パネルに使われる結晶シリコンの光エネルギーの変換効率を下げてしまうからだ。そこで、同社は、冷媒を使って熱を取り除き、その熱を利用する独自のシステムも開発した。

 富田社長はシャープの元・ソーラーシステム事業部本部長。2007年、大学教授に転身し、東京大学先端科学技術研究センターで「ゼロから太陽光発電の研究をやり直した」(富田社長)後、現在の技術を確立。2009年にスマートソーラーを設立した。2014年の目標売上高は100億円だ。

 かつては隆盛を誇ったものの、今は中国メーカーの低価格品攻勢の前に劣勢に立たされる日本の太陽光パネルメーカー。だが、スマートソーラーによる新型太陽光パネルの製造が軌道に乗れば、そうした状況も大きく変わってくるかもしれない。

 再生可能エネルギー分野では、風力発電技術の進化も目立つ。

 風力発電装置と聞くと、海岸や平原などで巨大な風車がビュンビュンと回っているイメージがある。だが、ウィンドレンズ(福岡県筑紫野市、高田佐太一社長)が扱う小型風力発電は高さ13.4m、羽根の直径はわずか2.5m。

 この小型風車の最大の特徴は羽根の外側に取りつけたフードだ。このフードにより周囲に気圧の差を生み出し風速が1.4倍に増加する。風力発電の発電量は風速の3乗に比例するため、風速が1.4倍なら発電量は約3倍になる。

騒音がない次世代風車

福岡市にある九州大学伊都キャンパスに設置したウィンドレンズの風レンズ風車(写真:笹山 明浩)

 現在、世界的に普及している風力発電用風車は大型タイプが中心。風力発電の発電量は風車の半径の2乗に比例するため、大型になればそれだけ発電量が増えるからだ。

 だが、日本では5年ほど前から、大型風力発電の新規建設が難しくなった。大型風車が出す騒音や低周波による周辺住民への健康被害が深刻化したことが背景にある。

 小型ながら高出力のウィンドレンズ製風車には、そうした状況を打開し、日本における風力発電の普及に大きな弾みをつける期待がかけられている。

 フードを搭載した小型風車は、九州大学の大屋裕二教授が2004年に取得した特許をベースに開発された。高田社長はもともとポンプ製造の酉島製作所で大型風力発電の施工を担当。大屋教授から風車の共同研究の依頼を受けたのを機に、小型タイプの市場性に大きな魅力を感じるようになり、2008年にウィンドレンズを立ち上げた。

 ウィンドレンズの5キロワットの小型風力発電の設置費用は現在400万円程度。高田社長は「年間1000台まで量産できれば200万円まで下げられる。5年以内に実現したい」と意気込む。

 日本経済に垂れ込める資源・電力不足の暗雲は科学の力で振り払うしかない。そのための知恵と技術を既に日本は持っている。

ほかにもある 発電・蓄電ベンチャー
神戸大学工学部の神吉博教授が独自に開発した「ジャイロ式」と呼ぶ波力発電を実用化。沖合に浮かべ、波による揺れを利用して、装置内の円板を回転させ発電

元三洋電機の電池技術者が設立。EV(電気自動車)などの用途に最適なリチウムイオン電池の設計や開発を手がける。安全試験の受託なども

燃料電池向けに、独自設計の電解質膜を開発。触媒のコストを削減できるうえ、理論的な発電効率も大幅に上昇する。車載向けなどに応用を狙う

災害による停電時などに役立つ大容量の蓄電池を開発。中国での製造でコストを低減し、普及に弾みをつける。太陽光発電と組み合わせたシステムにも着手

既存の蛍光灯の代わりに使えるLED(発光ダイオード)照明管を開発、販売。1本1本を100段階の照度でインターネット上で管理できる。省エネ需要に応える

家庭向けの電力計測器「はやわかり」を販売。パソコンにつないで電力管理ができ節電に役立つ。英国メーカーの製品を日本向けに共同開発した
日の丸ベンチャー最新事情【4】
30代は海外で起業する

 「業界標準にならないと意味はない。米国で起業しないとそれはできない」。デンノーの梅田茂利社長(30歳)はこう話す。同社はインターネット広告の新たな効果測定方法を開発するIT(情報技術)ベンチャー。梅田社長は長山大介CEO(最高経営責任者)などと2011年9月に、米国シリコンバレーで起業した。

米国で起業したデンノーの長山大介CEO(左)と梅田茂利社長(右)

 従来、インターネットの広告効果はページを表示させた回数、クリック数で測っていた。しかし広告主には長らく、クリック数だけでは効果を十分測定できないという不満があった。そこでデンノーが開発したのが、テレビ番組の視聴率のように、そのページを表示した利用者がどのくらいの割合で何秒動画を再生したか計測する技術だ。これにより広告主は、自社広告の訴求力を正確に把握することが可能になる。

 デンノーはこの方式を動画広告の効果を測定する方法として標準化したいと考えている。そのためには日本で普及を図るよりも、最初から米国で普及させた方が近道だと判断した。「インターネットは米国主導の世界。日本標準になっても米国では相手にされないし、世界標準にするのは難しい。逆に米国標準になれば世界標準になりやすいし、日本市場にも導入しやすい」。梅田社長はこう話す。

 梅田社長のように、事業活動の拠点を海外に置く若い起業家が増えている。2010年6月、シンガポールに法人を設立して昨年、本社機能を移したアパレルブランドを手がけるサティスファクション・ギャランティード(sg)の佐藤俊介氏(34歳)もその1人だ。

 佐藤社長がデザインした若者向けのファッションブランドsgは、ロゴやモノ作りへのこだわりなどが支持を得て、新興ブランドながら急成長した。だが、佐藤社長はある日、フェイスブックの企業公式ページへの登録者の大半が、アジアを中心とする外国人であることに気づく。

 この状況に目をつけた佐藤社長は、日本でのアパレル販売をやめ、アジアで新たに事業を立ち上げる決心をした。重視しているのはタイ、インドネシア、インド市場。その中心であるシンガポールに白羽の矢を立てた。

 国境にこだわらず、自らの事業が最も発展する場所で起業する。欧米では当たり前のそんな発想が、日本のベンチャー界でも1つの流れとなりつつある。

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 以上で苦境に立つ日本を救う可能性を秘めたベンチャー100社をすべて展望した。「日本は、欧米に比べ画期的ベンチャーが育ちにくい」という定説が必ずしも事実ではないことを証明できたはずだ。

 次ページでは、こうした「新たな知恵と技術」をさらに様々な分野で胎動させ、日本経済の再生につなげるための方策を考える。

日経ビジネス2012年10月8日号 81~85ページより

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