尖閣諸島を巡る反日デモは、日本企業に“絶望的”な被害をもたらした。だが、中国は一様ではない。都市や年齢層が異なれば反日意識も大きく変わる。本誌が中国12都市で消費者調査を実施、その結果から中国事業再建のヒントが見えた。

 周囲はまだ焦げ臭い。

 建物の窓ガラスはほぼすべて割られている。壁も剥がされ、屋根や柱などの構造体まで破壊されているように見える箇所もある。工場を囲う背の高い植栽が上部まで真っ黒に焼かれており、暴徒が放った炎の猛威を思わせた。目測する限り、炎は5m以上の高さまで立ち上がっていたようだ。

 沖縄県・尖閣諸島(中国名は釣魚島・ディアオユーダオ)を巡る対立で、反日デモの被害が大きかった都市の1つ、中国山東省青島を歩いた。自動車販売店が軒を連ねる江山中路。日産自動車系列の販売店は窓が割られて内部が蹂躙されている。販売店内に展示されていたと思われるクルマが、十数台、破壊の限りを尽くされた無残な姿をさらしていた。

 すると目の前の路上にクルマが停止した。20代前半の男性数人が、販売店の残骸を指さして腹を抱えるように大笑いする。だが、被害者はオーナーも従業員も中国人の純然たる中国企業だ。中国人が、破壊され途方に暮れる中国人を笑っている――。その構図に彼らは気づいているのだろうか。

湾を挟んで、天国と地獄

被害額は2億元(約25億円)とも言われるジャスコ黄島店

 日本製品のボイコットを声高に叫びつつ、建物を破壊して日本製品を略奪していった暴徒たち。現地法人総経理が「これが正義、これが愛国なのか」と憤ったジャスコ黄島店は、懸命な修復作業が進められていた。足場が組まれ、囲いで覆われているが、時折、溶接現場の閃光が漏れた。

 ところが、その黄島店からクルマで1時間余り、膠州湾の対岸にあるジャスコ青島店は何事もなかったように営業している。ひっそりと、という様子もない。夕刻、駐車場はクルマでほぼ埋め尽くされる。入り口には、ものものしい警備員の姿もなく、輸入品の高級酒がうずたかく積まれていた。略奪を恐れている様子はない。

 暴徒に破壊されて営業を再開できずにいるジャスコ黄島店は、1980年代に開発が始まった青島の新興工業地にある。この地区には地方から労働者が出稼ぎに来ているが、青島の中心に行くには、海上大橋で50元(約630円)の通行料を払うことになる。それは黄島の労働者の1日の賃金に近い数字だ。

 地理的にさほど離れていない2つの地区でも、これだけ対日意識が違う。それが、広大な中国を見渡せば、さらなる相違が浮かび上がってくる。

 尖閣問題に対して中国の各都市に住む人々はどのような感情を抱き、どんな消費行動に結びついているのか。本誌は中国調査会社、Embrain Infobridge Chinaの協力の下、9月22~27日の6日間、中国主要12都市(北京、上海、広州、瀋陽、大連、青島、南京、長沙、武漢、深圳、成都、西安)で、消費の中核となっている20代、30代、40代を対象にインターネットでアンケートを実施した。調査回答は2366人で男女比はほぼ半々となった。

 尖閣問題で始まった日本製品の不買運動は、既に日系企業に深刻な影響を及ぼし始めている。

 10月1日の国慶節から始まる約1週間の長期休暇期間は、中国全土で大規模なセールが実施される。小売業にとっては春節セールと並ぶ重要な商戦と位置づけられているが、日本企業は今年、スタートラインに並ぶことさえ許されないような状況だ。

3割超は「日本製品でも買う」

 既に日系の自動車各社は減産に追い込まれている。「クルマを作っても、販売店に輸送している間に襲われるかもしれない…。そんな恐れから、中国5工場で生産をストップした」(ホンダ)。普段は強気な発言で鳴らす日産自動車のカルロス・ゴーン社長も、「国と国の板挟みになっている」と対応に苦慮する。この影響は部品メーカーなどにも波及していく。

 だが、日本企業にとって、中国が重要な市場であることは、今でも変わらぬ事実だ。青島で店舗が破壊されたイオンも、中国で店舗数を拡大する方針をいち早く打ち出している。

 それだけに、中国人が日本に対してどのような感情を抱き、どのような消費行動を起こそうとしているのか、実態をより詳細に把握することが重要になってくる。

 調査の結果、都市によって反日感情に大きな差があることが見えてきた。また年齢や所得、日本との関わり方が変われば、消費行動が大きく異なることも分かった。13億人超の人口を抱える中国は、多様な階層の消費者が集まって形成されている。「中国は一様ではない」という捉え方は、デモ後の中国にも当てはまる。

 「今回の事件の後、あなたは日本製品を買いたいと思いますか」。その質問に、45.5%の人が「これまでは買っていたが今後は買わない」と答えた。「これまでも日本製品は買っていない」という“アンチ日本派”(18.1%)と合わせると、6割強が日本製品の不買を決めていることになる。

 一方で、「欲しい商品ならば日本製品でも買う」と答えた人は28.8%。この“品質重視派”の消費者に、「これからも日本製品を買う」と答えた“日本シンパ”(4.1%)を加えると3割を超える。中国市場で厳しい状況に追い込まれている日本企業だが、ここに光が見いだせそうだ。

 年齢別に見ると、不買を決めた人の割合が最も高いのは40代。また、30代は「欲しい商品なら日本製品でも買う」との回答が平均よりも高かった。

 一方、20代前半は“アンチ日本派”が目立ち、24.8%が「これまでも日本製品を買っていない」と答えた。これは90年代から本格的に始まった愛国教育(反日教育)が強く影響を及ぼしていると見られる。

 日本製品を買わない理由を尋ねたところ、「中国製品が好きだから」と答えた人は20代前半で18.2%に上った。全体平均が12.8%なので、若いほど愛国精神が強いという傾向が読み取れる。

反日度が高い:長沙、武漢、深圳

 次に、都市ごとに「反日度」を比べた。これまで日本製品を買っていなかったという人の割合は、長沙(湖南省)で最も高く27.8%だった。長沙には滋賀県を地盤とする平和堂が98年から進出しているが、今回のデモで壊滅的な被害を受けた。長沙のほか、中部の中核都市である武漢(湖北省、24.2%)や出稼ぎ労働者の割合が高い深圳(広東省、21.8%)でも“アンチ日本派”の割合が高かった。

 事件をきっかけに日本製品の不買を決めた人の割合が最も高かったのは青島で、全体平均よりも10ポイント高い55.9%だった。また、遼寧省の瀋陽(51.7%)や北京(51.5%)でも高い数値が出た。

 「南京大虐殺」で知られる南京(江蘇省)は、反日感情が長沙や武漢よりも低かった。過去の戦争を反日運動の原因と決め込むことは限界がありそうだ。

冷静な対応:上海、広州

 そして、反日度が相対的に低かった都市には、中国事業立て直しのヒントが隠されている。

 上海は「欲しい商品なら日本製品でも買う」という回答が43.7%に上った。全国平均より5割高く、最高値となった。広州(広東省)も38.9%と高水準。こうした傾向は、内陸部の中心都市である成都(四川省)や陝西省の西安でも見られた。

 上海や広州などでも激しい反日デモが起きたことを考えると、「親日的」と断定することは無理がある。しかし、自らの消費行動を政治問題と切り離して冷静に対応できる“成熟した消費者”が多い都市とは言えるだろう。

 またアンケートの別項目では、一部店舗が日本製品の販売を中止したことに対する意見を聞いた。「(尖閣事件は)日本が悪いのだから販売店が販売を中止したのは当然だ」と答えた人の割合は、全国平均で56.3%に達した。ただ、「買うかどうかは消費者が決めることで、販売店が販売を中止するのはおかしい」との回答が、成都や西安、広州、上海などで全国平均を上回った。

 経済の中心都市である上海では、伝統的に北京(=中央政府)の言いなりにはなりたくない、という気風が強い。また広州など、北京から遠く離れた都市では、独自の価値観を持った消費者が少なくない。こうした各都市が持つ特質が、消費行動に大きな影響を与え、地域格差を作っていると考えられる。

 同じような傾向は、日本あるいは日本製品と接触する機会が多い中国人からも見て取れる。

 「自分や家族が日本に住んでいたことがある」と答えた人のうち、12.8%が「今後も日本製品を買う」と答え、全国平均の3倍以上に上った。「欲しい商品なら日本製品でも買う」と答えた人も含めると、日本との関係が深い人々の半数近くは、日本製品のボイコット運動に加担していない。

 「日本人の友人がいる」あるいは「日本に旅行したことがある」と答えたグループでも、不買運動と距離を置いている割合が高い。実際に日本人を見れば、教科書にある「非人道的な日本人像」との相違に気がつくのではないか。そうした実体験が、世情に流される事態を防いでいると類推できる。

 それでは、日本企業がこれまで中国マーケットで主要な客層としてきた中間層より上の消費者は、今後どのような消費行動を取ろうとしているのか。

 世帯年収が12万~20万元(約150万~250万円)の中間層と、その上の富裕層では、「欲しい商品なら日本製品でも買う」との回答が平均を上回った。

 だが安心はできない。事件をきっかけに「日本製品を買わない」と決めた人の割合は、所得が増えるほど高くなっている。不買の理由も、「釣魚島(尖閣諸島)を不法に占拠している日本が許せないから」と答えた人は、所得が高い層ほど増える。豊かになった中国を体現した消費者が、領土問題に敏感に反応している実態が読み取れる。

地道な民間交流こそ活路

 反日の余波は、日本国内にも飛び火している。8月以降、中国人の日本への旅行が大量にキャンセルされている。これまで年100万人規模に膨れ上がっていた中国人観光客の激減は、観光業や小売業に大きな影響を与える。

 そこでアンケートでは、日本観光についても尋ねた。すると、71.9%の消費者が「日本に行きたくない」と答えた。「日本に行きたいが、しばらく見合わせる」の20.1%を加えると、9割以上が、当面は日本を訪れそうもない状態だ。「今回の騒動にかかわらず日本に行きたい」と答えた人は、わずか5.0%にとどまる。

 こうなると、日中関係が悪化した状態がいつまで続くのか、日本企業にとって大きな関心事となってくる。だが、国家間で大きく事態が改善に向かう見通しは全く立たない。民主党の代表に再選された野田佳彦首相は、9月26日に国連本部で演説して、「(尖閣問題で)妥協はあり得ない」と言明した。中国との間に領土問題は存在しない、という政府の基本方針を繰り返しており、日本側が妥協する形で早期に解決することは考えにくい。

 では、政治的な無策を理由に、中国市場から日本企業はジリジリと後退していくのか――。歴史的なつながりが深い隣国への展開を、「環境悪化」を理由に放棄することは避けなければならない。冷静かつ精緻に現況を分析して、細心の注意を払いながら前に進むことが、日本企業に求められている。

 今回の調査でも、「欲しい商品ならば日本製品でも買う」という中国人が3割もいる事実が分かった。また、日本を知るほど反日感情が緩和する結果も確認できた。ならば、日中関係の改善は、企業を中心とした民間の地道な努力によって乗り越えるしかない。

台湾の民意も「反日」に?

 尖閣問題は日本と中国だけの問題ではない。尖閣諸島から150km余りしか離れていない台湾にも、目の前に突きつけられた「領土問題」と映る。

 台湾の民間調査会社「旺旺中時民調中心」が9月に実施した世論調査では、日本政府が釣魚島を国有化したことに71%が「同意できない」と答え、そのうちの50%が「強い怒りを覚えた」と回答している。元総統の李登輝氏のように「釣魚島は日本の領土」と考えている人の割合は4%にとどまった。

 政府に対する不満も強い。61%が「馬英九政権は対応が軟弱だ」と答え、52%が「政府は強硬な態度で領土を守るべきだ」と回答している。ただし、日本製品の不買運動に対しては冷ややかで、66%の人が今回の事件を原因に日本製品を買わなかったり、日本旅行をやめたりするような行動は取らないと回答している。台湾の「成熟した消費者」の比率は、上海や広州よりも高いと言っていいだろう。

 ただし、今後の状況は注視しなければならない。尖閣問題は中国と台湾が共闘しやすいテーマ。「中国大陸と連携して釣魚島を守るべきだ」と考えている人は54%で、2カ月前(7月)の調査よりも2ポイント上昇した。しかも数値は若い層ほど高く、20代では64%に跳ね上がる。また高学歴な人ほど中国との連携に前向きだった。国の未来に影響力が強い「若年」「高学歴」に反日が広まれば、新たな脅威になりかねない。

(北京支局 坂田 亮太郎、吉野 次郎)

日経ビジネス2012年10月8日号 8~11ページより目次