かつての最貧国の経済は、対外開放政策によって中進国の仲間入りをするまでに発展した。大消費国である中国との近さを生かして、近代工業国家への道を模索する。同じく中国と国境を接するラオスとともにベトナムへの進出適性度を独自評価した。

ベトナムの経済の中心は南部のホーチミン、首都のハノイは政治の街。こうした定説は崩れつつある。ハノイを中心とした北部も、特に日本からの投資が相次ぎ、経済成長が続く。
ベトナム北部は歴史的に中国から圧力を受け続けてきた。だが、今は国境を接することがメリットになっている。ハノイから広州(中国広東省)までは陸路で4日間。ハノイの港町ハイフォンから香港へは、海路で1~2日という近さだ。
北部への投資に先鞭をつけたのはキヤノンだ。2001年にハノイ周辺に工場を新設。その後次々と拡充し、印刷機などの一大生産拠点に育てた。
キヤノンが進出したことで部品メーカーなどが周辺に集積。ブラザー工業やパナソニックが工場を進出させる決め手となった。2012年にはブリヂストンや富士ゼロックスが新工場の設置を決めるなど、日本からの投資が高水準で推移している。

前門のタイ、後門のミャンマー
1970年代の終わりまでベトナムは、カンボジアや中国との戦争を続けていた。しかし、86年から「ドイモイ(刷新)」と呼ぶ対外開放政策を掲げ、経済を急速に発展させてきた。これまで、人件費の安さを武器にして縫製など労働集約的産業の誘致に成功した。1人当たりのGDP(国内総生産)は過去5年間で2倍に拡大、2011年には1374ドル(約11万円)にまで達した。
だが、資本集約型工業への取り組みでは、周辺国に大きく出遅れた。特に、自動車産業を中心とする製造業の誘致に成功したタイとの差は歴然としている。ベトナムの輸出の内訳を見ると、軽工業品や農作物の割合が依然として高い。こうした現状を打破すべく、ベトナム共産党は2011年の党大会で「2020年までに近代的な工業国家になる」との目標を採択した。
ベトナムのライバルはタイだけではない。ミャンマーやラオスが背後に迫っている。これらの国に比べればベトナムの人件費は高い。労働集約的な産業が今後も競争力を維持できるかは予断を許さない。タイに差をつけられ、ミャンマーに追われるという、立ち位置の中途半端さが、外国からの投資が伸び悩む要因の1つなのだ。
だが、ベトナムには中国に近いという地政学的な長所がある。領有権をめぐる対立があるため対中感情は悪いが、ビジネスはビジネスだ。ベトナム北部を中国向け製品の生産拠点にできれば、今後の発展が期待できる。
対中輸出をより円滑にするため、ハノイから東に100kmのハイフォン周辺では、大型貨物船も入港できる水深の深い港を続々と整備している。また、ハイテク産業の集積を促すため、周囲に工業系大学を拡充するなど人材供給にも手を打っている。こうした取り組みを評価して、韓国のサムスン電子や台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業も対中国向けの生産・輸出拠点としてハノイ周辺への進出を決めた。
もちろん北部以外でも、長い海岸線を生かして製造業を育成するための基盤整備を進める。外国企業に対して製鉄所や石油コンビナートなどの建設を認めることで、これまで輸入に頼らざるを得なかった素材や中間財を国内で調達できるようにする。
裾野産業の拡充にも努める。例えば、ホーチミン市の南に隣接するロンハウ工業団地では、中小企業の進出を促す独自の工夫を凝らす。まず、申請書類の数を半減させた。2011年にはレンタル工場の運用も開始した。海外への進出経験に乏しい企業でもすぐに事業を開始できるようにするためだ。
レンタル工場は事前に工場建屋が出来上がっており、進出企業は簡単な内装工事をすればすぐに生産に取りかかれる。最低250m2の広さから3年間の期限で工場スペースを貸し出す。業種にもよるが2000万円もあれば、ベトナムで生産が始められる。
イオン、ファミマ、高島屋が出店
インフラ ◎
海外からの企業参入が今後も続くのは確実。これに対して電力や道路のインフラは圧倒的に不足している。外国からの援助も含めて予算がつけば当面は有望
自動車 ×
2011年の市場規模は20万台程度で外資系メーカーの工場設置は困難。部品メーカーの進出も望み薄。当面は2輪車が移動手段のまま
白物家電 ○
暑い国なのでエアコンや冷蔵庫の潜在需要は大きい。頻発する停電に対する機能を低価格で提供できれば農村部を中心に需要は大きい
小売り △
今後伸びていくのは確実だが外資企業に対する出店規制がネックに。不動産価格が割高なので多店舗展開が難しい
IT ○
インドと並んで人件費が安いため先進国からのオフショア開発は有望
旅行業 △
ベトナム料理はヘルシーであるため日本だけでなく欧米でも人気が高い。ただし世界遺産が中部に多く、ハノイやホーチミンからのアクセスが悪い
ベトナムは消費市場としても有望だ。その潜在力は9000万人近い人口の中に宿る。平均年齢は27.4歳と若い。過去10年間における人口の平均成長率は11.3%を記録した。消費の主体が10~20代の若者である点は日本の1960年代と重なる。
「我々のコアターゲットである中間層がこれから激増する」とイオンベトナムの西峠泰男ゼネラルマネージャーは期待を込める。同社は2014年にホーチミン市内でショッピングモールを開業する計画。既に2店目の予定地も確保した。韓国系「ロッテマート」やドイツ系「メトロ」が同市内で既に複数の店舗を展開している。イオンはこれらのライバルを追い上げる意向だ。
1人当たりのGDPが1000ドルを突破するとスーパーなどの「モダントレード(近代小売業態)」が花開くと言われている。さらに「3000ドルを突破したらコンビニエンスストアの出店基準に達する」と語るのはベトナムファミリーマートの山下純一社長だ。
山下社長の肌感覚ではホーチミンの中心街では1人当たりのGDPが既に3000ドルを突破している。同社は出店を急ぎ、現在は24店舗からなる店舗網を、2015年末には同市周辺だけで300店にまで広げる意向だ。日系コンビニでベトナムに出店しているのはファミリーマートとミニストップだけ。ライバルが進出する前に大きなアドバンテージを築こうとしている。
将来的な富裕層の拡大を見込んで百貨店業界も動き出した。高島屋は2015年にもホーチミンに出店する計画を今年2月に発表した。売り場面積は1万m2で、衣料品から高級ブランド品までを扱う予定だ。
消費市場の拡大を見込む企業の進出が相次ぐ一方で、課題も山積している。例えば、外資100%の流通業に対する参入基準だ。ベトナム当局は1店目の出店は比較的容易に認可するが、2店目以降に対しては基準を明確にしていない。これが実質的な参入障壁となっている。ベトナムには、パパママショップと呼ばれる伝統的な家族経営の小売店が多い。政府が、こうしたローカル小売業への影響などを考慮しているためだ。
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