日系施設を破壊した反日デモの影響は、観光や製品販売にダメージを与え始めた。だが、巨大な市場を前に、「撤退」を口にする日本企業は少ない。経済失速というリスクも抱える中国にとどまるべきか、引くべきか、難しい判断を迫られる。

 ハウステンボス子会社のHTBクルーズで、担当者は自嘲気味にこうつぶやいた。「唯一の販路が絶たれた。我々にはもうなすすべがない」。

 今年2月に長崎~上海間を結ぶフェリーを就航、船内でカジノが楽しめることも人気を呼び、1日平均200人の乗客を集めていた。その7割が中国人観光客だったが、反日デモで状況が一変した。暴動のピークとなった9月18日には、中国人の団体客150人、日本人客150人がキャンセルになる事態が起きた。現時点で、中国人観光客の団体予約は3人だけ。中国の大手旅行会社は、日本の団体旅行の販売を全面停止しており、回復のメドは立たない。

上海の「日中グリーンエキスポ」が中止となり、会場は撤去作業が続く(上)。キャンセルが続出するHTBクルーズの「オーシャンローズ号」(下)(写真上:共同通信、下:時事通信)

影響読めず、中国に踏みとどまる

 中国公安当局は9月19日、デモ抑制の姿勢を強め、暴動や略奪はほぼ収束した。だが、日本企業にとっては、反日デモの影響は続いていく。

 既に観光業界は打撃を受けている。日本航空はキャンセル急増で、中国3路線の一時減便を決定。全日本空輸も中国路線を小型機に一時変更する。日中のイベントも中止が相次ぐ。「一昨年の漁船衝突事件では中国人客を3カ月で18万人失った。今回も影響は避けられない」(第一生命経済研究所の永濱利廣・主席エコノミスト)。

 日本製品の販売状況にも影を落とす。ホンダは2013年からの3年間で10モデル以上を中国に投入する計画。中国での新車販売を、2011年の61万台から、2015年には120万台強に倍増させる目標を掲げている。伊東孝紳社長は販売に影響が出る可能性を示唆しつつも「粘り強くやっていくしかない」と述べ、方針に変更がないことを強調する。

 だが、中国汽車工業協会によると、8月の日本車の販売台数は前年同月比2%減。乗用車全体では11%増加しており、落ち込みが際立つ。同月は香港の活動家が尖閣諸島に上陸して、尖閣問題が大きく取り上げられた時期だ。

 それでもデモと消費の関連が見極め難いため、踏みとどまる企業は多い。

 店舗破壊の映像が報じられ、被害の象徴となった流通大手のイオン。だが、「中国戦略を変更する考えは全くない」(イオン幹部)として、出店計画を粛々と進める方針だ。

 外資小売業の参入規制が段階的に緩和されて、流通企業による中国進出は本格化している。巨大な市場を考えれば、今すぐ「中国展開を控える」と決断する業者が少ないのもうなずける。

 だが、戦略の一部転換を示唆する企業も出てきた。ファミリーマートの木暮剛彦・執行役員は、「出店ペースを落とす可能性もある」と打ち明ける。背景には、「デモの標的」というリスクだけではない、深刻な問題が潜んでいる。

 「売り上げの伸びよりも、運営コストの増加ペースが速くなってきた」(木暮氏)。中国展開の魅力が薄れてきたわけだ。そこに、中国経済が大きく減速するリスクが浮かび上がる。

「踊り場の中国経済」、さらに打撃

 今年第2四半期は、GDP(国内総生産)成長率が7.6%まで低下し、長期低迷の始まりを予感させた。9月に入ると、米ゴールドマン・サックスなど米大手金融機関3社が、2012年の成長率予測を7.5~7.6%まで引き下げた。

 9月19日、中国商務省の沈丹陽・報道官は会見で、「数カ月は世界経済の低迷が続き、外需は8月までの状況よりも悪化する恐れがある」と発言し、景気低迷が長引く見通しを示した。

 低迷の理由は製造業の不振だ。景気の先行指標となる中国製造業購買担当者景気指数(HSBC調査)は、9月に47.8と低迷し、11カ月連続で景気見通しの分水嶺となる50を割り込んでいる。

 減速の裏には、欧州経済の停滞などによって、貿易が細っている現実がある。8月の貿易額はわずか0.2%成長に低迷した。しかも、輸入額は2.6%の減少。政府が掲げる貿易総額10%増の目標を大きく割り込む水準だ。

 こうした局面で、反日デモが起きた影響は小さくない。今年に入って日中間の貿易も減退していた。日本から中国に向けた輸出は、2012年上期に前年同期比5.7%減となり、リーマンショック以来の落ち込みとなった。減少した主な品目は鉄鋼・化学製品や電子機器、機械などで、中国製造業が勢いを失っている状況が読み取れる。

 それだけではない。反日デモの影響がより深刻なのが対中投資だ。世界景気の停滞や中国経済の減速によって、対中投資を減らす国が多い中で、日本は前年同期比19%というハイペースで数字を膨らませていた。今年7月時点で、中国への直接投資(2012年)は、香港に次いで2位。円高による製造業の中国シフトの流れと、サービス分野の大型投資が相次いでいたからだ。

 だが、デモによる投資意欲の減退は避けられない。中国にとって海外からの投資が細る中で、日本との関係悪化はダメージが大きい。

 中国は窮状を打破するために、カンフル剤を持ち出すと見られる。

 既に動きは出ている。9月初め、国家発展改革委員会は1兆元(約13兆円)超の交通インフラ建設プロジェクトを認可した。だが、リーマンショック直後に打ち出した4兆元(約52兆円)の刺激策には遠く及ばない。しかも、前回の経済対策で主要インフラは大幅に整備されており、今回の刺激策がどの程度、波及効果を生むのか疑問符がつく。

 政治も複雑に絡む。10月の共産党大会で発足する習近平政権は、政治基盤を安定させるために、追加の大型刺激策を打ち出す可能性がある。だが、インフレや不動産高騰を招き、さらには不良債権問題や地方財政逼迫につながっていく恐れもある。

 経済と政治の転換点を迎えた状況下で尖閣問題が勃発し、減速する中国経済は微妙な舵取りを求められる。

 そして、中国に進出している日本企業も、難しい決断を迫られている。現時点では、中国戦略を大きく変更する動きは起きていない。だが、反日デモの余波と、転換点を迎えた中国の政治経済の軋みがどのように作用していくのか――。巨大市場に踏みとどまった企業も、固唾をのんで状況を見守っている。

(佐藤 央明、香港支局 熊野 信一郎、張 勇祥、飯山 辰之介)

日経ビジネス2012年10月1日号 8~9ページより目次

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