粗鋼生産量で世界第2位となる「新日鉄住金」が誕生する。ただ、中国勢の過剰生産のあおりで体力をすり減らす一方だ。国内生産を死守しながら、再び業界の盟主に返り咲けるか。

宗岡正二・新会長兼CEOは「いいモノを造るだけでなく、コスト構造をより強固にする」と語る(写真:新関 雅士)

 10月1日、新日本製鉄と住友金属工業が合併し、粗鋼生産量で世界第2位の鉄鋼メーカー「新日鉄住金」が誕生する。合併前の生産規模は新日鉄が6位、住金は27位。特に、ここ数年は韓国ポスコや中国・宝鋼集団の後塵を拝していた新日鉄にとって、規模でアジア首位に返り咲く意味は大きい。

 一昔前なら、関係者は高揚感に包まれていたかもしれない。だが、新会社の会長兼CEO(最高経営責任者)に就く宗岡正二・新日鉄社長は「世界で圧倒的な存在感を持つ鉄鋼メーカーになる」と宣言する一方で、こうつけ加えることも忘れなかった。「いいモノを造るだけでは、生き残れない」と。

 技術面では、世界屈指の鉄鋼メーカー同士の合併だ。日本の自動車メーカーと長年培ってきた、自動車用鋼板の製造ノウハウは言うまでもない。加えて、新日鉄はハイブリッド車のモーターに使う「電磁鋼板」や鉄道用レール、住金は油田操業に使うシームレスパイプなどのグローバル製品を持つ。

(注:各社の粗鋼生産量は2011年実績、新日鉄住金は新日本製鉄と住友金属工業の単純合算
出所:世界鉄鋼協会)

 合併後の研究開発費は年間700億円、研究者は800人とさらに充実する。ポスコなどの追い上げが急とはいえ、「危機感はあるが、少なくともハイエンド製品での優位性はまだまだある」(新日鉄技術開発本部の杉浦勉氏)というのが偽らざる心境だろう。

 だが、宗岡・新会長兼CEOは「合併をきっかけに、会社としての構造改革を加速する」と気を引き締める。品質と数量でアジア首位になっただけでは、世界の鉄鋼業界を主導する盟主になれない現実が、そこにある。覇権は今、完全に中国の手の内にある。

 中国は2000年以降、経済発展に伴って鉄の大増産を続けた。2008年のリーマンショック後には政府が4兆元(約50兆円)の景気刺激策を発動し、鉄鋼需要はむしろ増加。国家間の粗鋼生産量の比較では、日本の年間1億トンに対して中国は6.8億トンにまで膨れ上がった。結果、鉄鉱石などの原料価格と製品価格の双方で、中国勢が大きな影響力を持つことになった。

 一方、日本の鉄鋼メーカーは国内製造業の海外移転に伴い、鋼材輸出を増やさざるを得なくなった。そもそも円高で輸出の採算が悪化しているところに、中国製品の安値攻勢に足を引っ張られ、品質に見合う利益を確保できずに業績は悪化。国内製鉄所の減損損失も重なり、2012年4~9月期は新日鉄、住金とも巨額の最終赤字に沈む。

止まらぬ中国の大増産

 新日鉄住金が誕生した背景には、規模拡大で少しでも価格決定力を高める狙いもあったが、業界からは「国レベルでの規模の差はなお歴然としており、焼け石に水」との声も漏れる。

 むしろ、ここにきて中国経済が減速しても粗鋼生産は衰えを見せず、「鉄余り」から製品価格は弱含むばかり。宗岡・新会長兼CEOは「中国だけで推定2億トンの供給過多となり、現地の鉄鋼各社の多くが赤字のようだが、社会主義国の中国は市場原理が働きにくく、この需給ギャップの解消には時間がかかるかもしれない」と話す。

 UBS証券の山口敦シニアアナリストは「製鉄所の場合、建設を決めてから実際に稼働するまで3~4年のタイムラグが出る」と解説。中国ではリーマン後の景気刺激策を受けて建設を決めた製鉄所が多く、たとえ今が生産過剰であっても投資を回収するために稼働せざるを得ないというわけだ。

 泥沼化する鉄鋼市況を受け、新日鉄住金は昨年9月に「3年後に1500億円」とした合併に伴う収益改善目標の上積みを検討している。「たとえ世界2位であっても、このままでは消耗戦を生き残れない」との危機感がにじむ。

 そのために、自慢の技術力をまずはコスト競争力の向上につぎ込む。

 これまで5工程を要していた製品を3工程にするなど、生産コストの圧縮余地を洗い出す。また、宗岡・新会長兼CEOは「品質の劣る材料を使いこなし、歩留まりを高める努力も必要となる。(高品質ではない)ミドルグレードの商品を顧客にいかに提供するかも考えていかなければ」と話す。もはや、高品質にこだわっていられない。

 その一方で、攻めにも出た。

 新日鉄は合併直前の8月、オーストラリアの鉄鋼メーカー、ブルースコープ・スチールが東南アジアなどで手がける建材事業に50%出資することを決定。出資額は5億5400万ドル(約430億円)に達する。国内の製鉄所で生産した鋼材を、両社の合弁拠点となるタイやインドネシアなどに輸出し、現地で加工。これまで手薄だった海外での建材用鋼板を強化する。

 ブルースコープは東南アジアでブランド力が高く、優良顧客を多く抱える一方で、財務が悪化していた。成長市場である東南アジアで、できるだけ価格競争に巻き込まれない形で販路を拡大したい新日鉄と利害が一致した。新日鉄住金関係者は「宝鋼やポスコにだけは取られたくなかった」と明かす。

日中韓の総力戦に勝ち残れるか

(注:粗鋼生産量は2011年、世界鉄鋼協会調べ)

 事実、東南アジアは日中韓の鉄鋼メーカーの主戦場となりそうだ。域内経済が順調に伸びているほか、尖閣諸島を巡る日中対立の激化で、海外生産拠点を中国から東南アジアにシフトする日本企業が増える兆しが出ている。

 こうした動きを先取りするかのように、宝鋼は東南アジアへの輸出を視野に、広東省湛江で年産1000万トン級の巨大製鉄所を着工。ポスコはインドネシアで合弁製鉄所を計画する。さらに、台湾勢も参入をうかがう。

 これらは、原料を1次加工する高炉を含む一貫製鉄所となる見通し。新日鉄住金は今のところ、「(投資額がかさむ)海外での高炉建設は、市況などを冷静に見極める必要がある」(宗岡・新会長兼CEO)と慎重な姿勢を崩さない。ブルースコープという有力パートナーを得たとはいえ、現地生産に乗り出すライバルは間違いなく強敵だ。

 自動車メーカーを筆頭に、日本企業は海外に出ると同時に、「より安く、より高品質の部材」を世界中から探し求めている。もはや鉄も例外ではない。「新日鉄住金のライバルはJFEホールディングスではなく、ポスコや宝鋼にいかに勝つかだ」との声もある。

 日本の鉄鋼業界はこの10年、1億トンの国内粗鋼生産を守り続けてきた。時代は変われど、「鉄は産業のコメ」。日本製造業の最後の砦とも言える。業界の主導権が中国に移り、絶え間ない価格下落圧力にさらされながら、どこまで持ちこたえられるか。世紀の大合併を経ても、明るい展望を描き切れないもどかしさが残る。

(伊藤 正倫)

日経ビジネス2012年10月1日号 12・14ページより目次

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