9月8日、インドネシアの首都ジャカルタにある大型ショッピングセンターの中に、女性アイドルグループ「JKT48」の専用劇場がオープンした。以降ほぼ連日、音楽ライブを開いている。50km離れたボゴール市から鉄道でやってきたという中学生グループに、JKT48の魅力を聞くと、我先に「カワイイ」「フレンドリー」などの答えが返ってきた。

 JKT48は、7年前に日本でデビューしたトップアイドル「AKB48」の姉妹グループだ。インドネシア人を中心とする少女16人からなる。昨年11月、ジャカルタを拠点に活動を開始した。一般的な知名度はまだ低いが、一部の熱狂的なファンの支持を得ている。グループの運営を担う電通グローバルビジネス局の西山彰宏氏は、「AKB48のフォーマットをそのまま導入した。小規模な専用劇場でほぼ毎日公演し、『会いにいけるアイドル』というコンセプトを前面に打ち出している」と言う。

 インドネシアでは、JKT48に限らず、日本で見たことのあるビジネスがいくつも展開されている。芸能、IT(情報技術)、家電、自動車、小売り――。これらの市場で日本企業は、国内で成功したビジネスモデルをインドネシアに移植し、市場開拓を目指している。

 産業がより発展した国の成功モデルを、別の国に導入する経営手法を「タイムマシン経営」と呼ぶ。1990年代後半からソフトバンクの孫正義社長が提唱し、実践した。当時インターネットの普及で先行する米国のビジネスモデルを、いち早く日本に「輸入」することで、ソフトバンクは成長した。

 米国と日本との“時差”は今、日本とインドネシアの“時差”に置き換えられ、様々な分野でビジネスモデルの「輸出」が進む。JKT48はその一例にすぎない。

【1】ジャカルタで出会った学校帰りの女学生たち【2】ローソンのレジ係【3】公文教室で学ぶ生徒【4】ジャカルタを拠点に活動する女性アイドルグループJKT48【5】シャープが販売店向けに開催する研修会「ATOMトレーニング」【6】ボゴールからやってきたJKT48を応援する中学生グループ

中間層の数は日本の人口に匹敵

 日本で15年前から住宅情報サイト「ホームズ」を運営するネクストは8月30日、そのインドネシア版である「ルーマールーマー」を立ち上げた。現地運営会社の加藤年紀COO(最高執行責任者)は、「消費市場としてのインドネシアの潜在力は計り知れない」と言う。

 総人口はASEANの中で最多の2億3800万人だ。そのうち、世帯年収が5000~3万5000ドル(約40万~約280万円)未満の中間所得層は、日本の総人口とほぼ同じ1億1000万人に上る(三菱UFJリサーチ&コンサルティングの「平成23年度アジア産業基盤強化等事業」から)。学習塾を展開する日本公文教育研究会のインドネシア法人社長、勝又正樹氏は、「生徒数が昨年10万人の大台を突破した。この国では、中間層が拡大しつつあることを日々実感する」と言う。

 ネット利用者も増え続けている。国民の4人に1人に当たる6000万人が何らかの形で日常的にインターネットを使っている。投資会社サイバーエージェント・ベンチャーズのジャカルタ事務所代表、鈴木隆宏氏は「ほとんどの家庭にはネット回線やパソコンがない。その代わり、多くの人が勤務中に会社のパソコンを私用目的に使い、ウェブサイトを閲覧している」と言う。ネット利用者が独特のスタイルで増え、日本のITサービスを輸出する素地が整いつつある。

 「私はタイムマシン経営を手がけています」と流暢な日本語で話すのは、アルタビンドのケビン・サンジョトCEO(最高経営責任者)だ。90年代後半に慶応義塾大学に留学。その後、東京のドイツ証券やBNPパリバ証券で勤務した経歴を持つ。2年前に故郷のインドネシアに戻りアルタビンドを設立、日本企業と組んで地元で様々なITサービスを始めた。

 その1つが、リクルートなどとともに5月に開設したホテル予約サイト「ペギペギ」だ。サンジョト氏は、インドネシアに本格的なホテル予約サイトがないことを知り、「商機あり」と確信した。ネットの利用で先行する日本で、ホテル予約サイトが広く使われていたからだ。人気サイトの1つである「じゃらん」に目をつけ、運営するリクルートにインドネシア版の開設を持ちかけた。サンジョト氏は、「5年後にはペギペギ事業を黒字化し、軌道に乗せる」と抱負を語る。

 ITよりも日本との“時差”が大きいのは自動車や家電の市場だ。インドネシアにおけるこれらの商品の普及段階は、日本の高度成長期に相当する。日系企業はその頃に成功したブランディングや営業の手法をインドネシアで復活させている。先行する国の成功モデルを移植する構図は、ITビジネスのタイムマシン経営と同じだ。

大小約1万7500の島を結ぶ
インドネシアの主要インフラと開発プロジェクト

懐かしの「ダットサン」再び

 日産自動車は80年代に廃止した「ダットサン」ブランドを、新興国専用車のブランドとして2014年に復活させる。ロシアとインドに加え、インドネシア市場に真っ先に投入する。

 かつてダットサンは、自動車を初めて購入する人のための入門車として人気を博した。1964年の東京オリンピック以降、日本のモータリゼーションの原動力となった。インドネシアでは、モータリゼーションが始まる目安と言われる1人当たり名目GDP(国内総生産)3000ドルを2010年に突破した。昨年の販売台数は89万台に達し、タイを抜いてASEAN最大の需要地となった。日産はこのタイミングを捉えて往年の入門車ブランドを復活させる。ASEAN事業を統括するアジア・パフィシック日産自動車の木村隆之社長は、「かつて日本でしたのと同様に、インドネシアのモータリゼーションを後押しする」と語る。インドネシアでの生産能力は現在の10万台から、2014年までに25万台に引き上げる。

インドネシアでは日本ではほとんど見られなくなった2槽式洗濯機が売られている

 インドネシアでは、家電市場も日本の高度成長期と二重写しになる。テレビの世帯普及率は72%、エアコンは16%で、日本の1970年代前半の水準に等しい。冷蔵庫と洗濯機はそれぞれ35%と10%で、50年代後半~60年代前半の水準だ。日本ではほぼ見かけなくなったブラウン管テレビや2槽式洗濯機も、この国ではまだ売られている。

 日本では液晶テレビのイメージが強いシャープも、インドネシアではブラウン管テレビの販売を継続する。営業手法も一時代前のものを採用している。その1つが「個展」だ。パパママストアと呼ばれる家族経営の小規模店にシャープがスタッフを派遣。彼らが商品を陳列し、店頭に立ち、自社製品を販売する。日本ではかつて盛んに開催していたが、小規模店の減少とともに下火になった。一方、インドネシアでは小規模店がまだ健在だ。現地法人の入江史浩社長は、「売り上げ全体の7~8割を小売店が占める」と言う。

ハチマキ姿で「売るぞー!」

 このほか、「アタック・チーム・オフ・マーケット・トレーニング」、略して「ATOMトレーニング」も日本から導入した。電器店からの求めに応じてシャープが研修会を開き、心構えから挨拶の仕方まで、店員たちに叩き込む。入江氏は、「店舗の拡大に伴って増やした店員たちを教育したいという電器店が少なくない」と言う。ATOMトレーニングで店員のレベルを高め、拡販につなげる狙いだ。

 このトレーニングは、シャープが日本で60年代後半から実施している「ATOM道場」が下敷きになっている。研修参加者はハチマキ姿で、「売るぞー!」などと気勢を上げる。そんな昔ながらのトレーニング法がインドネシアで採用されている。

 シャープは現在、主力の液晶事業の不振で経営危機に陥っている。しかし、日本から営業手法を導入したことが功を奏し、インドネシアでは冷蔵庫、洗濯機、ブラウン管テレビのシェアでトップを走る。生産面でも、冷蔵庫と洗濯機の工場を新たに建設中だ。中国やメキシコで液晶テレビ工場の売却を検討しているのとは対照的である。

 小売業では、日系企業による売り場改革が進む。家電量販店のベスト電器は、インドネシアで14店舗を運営している。ベスト電器はここに、日本で培った店舗運営法を採り入れた。売り場を広く、明るくし、店員教育を徹底した。インドネシアの電器店は従来、大型店でも売り場面積が狭いのが一般的。店内の照明は暗く、店頭で店員が食事を取るのが当たり前だった。

 商品の陳列方法も改めた。日本と同様に、テレビ、洗濯機といったジャンルごとに各メーカーの商品を一堂に集めて、比較しやすくした。インドネシアでは、メーカーごとに専用のコーナーを設けるのが一般的だった。

注:みずほ総合研究所 アジア調査部 酒向浩二主任研究員、菊池しのぶ主任研究員からヒアリングし、本誌で評価

真似される日本式の家電店

 ベスト電器は今後3年で最大12店舗を追加する予定だ。現地法人の花崎健司代表は、「地元資本の競合店が、うちの店作りを真似するようになった」と言う。1990年代に日本で定着した家電量販店の形態が、約20年の時を経て、ベスト電器によってインドネシアに広められようとしている。

 日本式のコンビニエンスストアも増えてきた。ローソンはインドネシアの小売り大手ミディ・ウタマ・インドネシアとライセンス契約を交わし、これまでに67店舗を開いた。

 ローソンから派遣されたミディ副社長の林雄一氏は、「日本で培ったコンビニ経営のすべてを提供している。接客マニュアルから、店内清掃の仕方、店舗のレイアウト、出店場所の決め方に至るすべてだ。それゆえ、店舗がどんなに増えたとしても、均質で効率的な店舗運営が可能だ」と言う。

 ローソンは75年に日本で1号店を開いて以来、店舗を増やし、現在は日本全国に約1万店を擁する。37年かけて日本で培ったノウハウをインドネシア市場に展開し、最終的には日本と同じ1万店まで増やす意向だ。

 果たして日本の様々な時代の成功モデルは、インドネシアで再び花開くのだろうか。

 「頑張ってほしい。いつまでも応援している」。ジャカルタで出会ったJKT48のファンたちは熱っぽく語っていた。

(吉野 次郎)

日経ビジネス2012年10月1日号 112~116ページより目次