写真:清水 盟貴

 1980年代末、米鉄鋼大手USスチールとの合弁事業の交渉に、神戸製鋼所側のサブリーダーとして参加しました。当時、自社の技術力や設備に絶対の自信を持っていたUSスチールとの交渉は難航し、席を蹴ってみようかと思ったこともありました。

 それでも1年の間に日米間を28往復もしながら、こちらの主張を粘り強く伝え、相手の主張にも耳を傾けて議論を進めました。意見がぶつかり合った時には、単に「ノー」と拒否するのではなく、「それはフェアだと思いますか」と繰り返し相手に問いました。そうしていくうちに隔たりは徐々に埋まり、最終的には合意に至りました。テーブルを挟んで交渉した先方の幹部とは、その後も長く親交が続いています。

 交渉と言うと少し大げさになりますが、私たちは日々、人と人とのやり取りや関わり合いの中にいます。その際、私が常に心がけるべきだと考えているのは、たとえ双方の認識が異なっていても十分に意見を出し合うことです。胸襟を開いて、相手の話をまずは受け入れる。そして自分の考えもしっかりと述べる。

 自分が通したいと思うことが10あって、相手も10持っているとします。自分の10がすべて通るというのは稀であって、通常は互いに3つずつ切り捨てて、7つずつを取るといったことになるわけです。ここでは物事の優先順位を常に考えながら、切り捨てるものを決める必要があります。交渉や折衝を成就させることが大事であり、「これを諦めてでも成立させる」といった判断が、やり取りの中では求められます。すべて満足がいくような“完封勝利”などはめったにありませんから。

 ですから、あらゆる交渉というものは、お互いの立場を尊重しながら誠意を尽くすことが基本となります。ディベート力や交渉術といったノウハウ的なものを否定はしませんが、それがあれば勝てるといったものではないように思います。

 「説得と納得は違うよ」。私はよくこう言ってきました。説得された側はその場のやり取りで負けたからついてくるのであって、納得しているわけではありません。これは交渉の成功を持続的に保証するものではないのです。

 ビジネス上のやり取りや交渉はむしろ、それが終わった後の方が大事なことが多いのではないでしょうか。何となく不満だけれども交渉で負けたのだから仕方がないというのでは、相互の関係を長期的に継続させることは難しい。相手も自分も納得できるようなやり取りにしなければなりません。

 今の時代はスピードが最も重視されています。納得を得られるまで議論していては間に合わないという見方もあるでしょう。しかし、急いでいるあまり、「分からないやつは分からないんだ」と納得を置き去りにして進めてしまうのは良くないことです。やむを得ず、納得してもらう前に行動に移す場合には、後追いでもいいから納得感を醸成すべきです。時間や手間がかかったとしても、最初に納得につなげた方が、結果的にはその後の展開がスピーディーに進むものです。

日経ビジネス2012年9月24日号 132ページより目次

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