日本政府が尖閣諸島を国有化したことに反発するデモが中国全土に広まった。デモが収束したとしても、周辺海域での衝突や対中経済の停滞は免れない。「政冷経熱」から「政冷経寒」の時代への突入は、日本企業にとって新たな試練となる。

9月15日に暴徒化したデモ参加者に襲撃され、壊滅的被害を受けた青島の「ジャスコ」と、9月18日に上海で大規模デモを行うことを呼びかけたビラ(写真:共同通信)

 満州事変の発端となった「柳条湖事件」から81年目の9月18日も、50を超える中国の都市で反日デモが起きた。1931年、当時日本が所有していた南満州鉄道の線路を旧日本軍が自ら爆破し、それを中国軍の犯行として戦争が始まった。中国人なら知らぬ者がいない「屈辱の日」として記憶されている。

 日本政府が沖縄県・尖閣諸島を国有化したのも、中国人の目からすれば日本側の暴挙と映る。中国の子供は地理の教科書で「釣魚島(ディアォユーダォ・尖閣諸島の中国名)は中国固有の領土」と教えられて育つ。海底の資源が確認された70年代以降、中国側が急に自国領土と主張し始めたという日本側の声は恐らく耳に届いていない。だからこそ、日本に対する反発が中国全土に広がっている。

 デモ参加者の一部は暴徒と化し、現地に進出した日系企業に多大な被害を与えた。イオンは青島(チンタオ・山東省)に出店していたスーパー「ジャスコ」が壊滅的な被害を受け、被害総額は25億円に達するという。湖南省の省都、長沙(チャンシャー)で百貨店を展開している平和堂(滋賀県)も宝飾品を中心に商品が略奪され、店舗再開のめどは立っていない。

「民間版経済制裁」という空気

 日本車も目の敵にされている。トヨタ自動車やホンダなど日系メーカーの販売店が放火の被害を受けたほか、中国人が所有するクルマでも日本車と分かれば暴徒の攻撃対象となっている。

 生産活動にも大きな影響が出始めている。電子部品メーカーのミツミ電機は青島の工場が全焼。パナソニックでも青島と蘇州(江蘇省)で工場の一部設備が破壊された。

 こうした違法行為に対して中国人の中からも批判の声は上がっている。反日デモを容認している政府も、略奪や破壊など違法行為については厳正に対処する方針を示してはいる。ただ、反日の機運がデモとは異なった形で広がり始めていることの方が深刻だ。

 化粧品や宝飾品などを扱う湖南省のテレビ通販番組「嘉麗(ジャーリー)」は12日からコーセーなど日本製品の取り扱いを一斉に中止した。電話で注文してきた人が「釣魚島は中国の領土」と言えばその場で20元(約260円)を割り引く“サービス”まで登場させた。

 こうした「日貨下架(日本製品は販売中止)」の動きはほかの小売業でも急速に広がっている。大手スーパーチェーン「大潤発(ダールンファー・RT-MART)」は、家電製品から日用雑貨品に至るまで日系企業の商品を売り場から排除している。「聚尚網(ジューシャンワン)」など複数の通販サイトも日本ブランドの商品の取り扱いを停止した。

 販売への影響も既に出ているようだ。在外向け中文ニュースサイト「中新網」は14日、香港の活動家が尖閣諸島に上陸した8月以降、日系自動車メーカーのシェアは2%低下したと報じている。家電メーカーの状況はさらに深刻で、北京・上海・広州の3大都市で販売数量が東芝は40.3%減、シャープが21.1%減、松下(パナソニック)が23.4%減となったと伝えている。

 こうした情報の信憑性はともかく、日系企業に対するマイナス情報が報道や微博(ウェイボー・中国版ツイッター)などで絶え間なく流されている。不買運動を展開している中国企業に共通するのは、自分たちの行動は「民間版経済制裁」であり、消費者に自らの怒りを消費行動に示そうと呼びかけている点だ。

サイレントマジョリティーの怒り

 歴史を振り返れば、日本と中国の関係は振り子のように前進と後退を繰り返してきた。それでも振り子が振り切れなかったのは日中にとって経済が決定的に重要だったからだ。中国からすれば日本の高度な技術やノウハウが不可欠であり、日本も中国の安い労働力と広大な市場を求めてきた。「政冷経熱(政治は冷え込んでも経済は活発)」と呼ばれる時代が長く続いた要因だ。

 だが、今回の日中関係の悪化は、両国の国境付近に浮かぶ島の領有権が原因だけに解決は難しい。尖閣諸島を国有化した日本に対しては、一般の民衆レベルでも怒りは強い。

 デモで「反日」を叫ぶ人は13億人超の人口からすれば圧倒的少数だが、「しばらく日本製品を買うまい」と考える消費者は相当数に上る、と日本側は覚悟が必要だろう。日本への渡航自粛やレアアースの対日輸出規制など官製の経済制裁に加えて、サイレントマジョリティーによる見えない反日行動はジワリと影響が出てくるだろう。

 日中関係の最後の生命線だった経済的な結びつきさえも切れてしまえば、政冷経熱から「政冷経寒」とも言うべき不幸な関係となる。さらにガス抜きのために許してきたデモの矛先が中国政府、共産党に向かうことになれば、中国経済、ひいては中国社会自体が大混乱に陥るだろう。その場合、日中関係はもとより世界経済に与える影響は計り知れない。

(北京支局 坂田 亮太郎)

「過激化」に冷ややかな香港
中国本土とは違い盛り上がりを欠いた香港の反日デモ(写真:AP/アフロ)

 山東省青島(チンタオ)のジャスコが襲撃を受けていたその頃、香港島にあるジャスコでは買い物客がレジに列を作っていた。繁華街にある日本料理店もいつもと変わらぬ賑わい。中国全土が「反日」で覆い尽くされた週末、香港は平穏だった。

 16日に実施された反日デモでは、主催者側が参加者5000人と発表したのに対し、実際は最大で850人。日本の国旗に点火した参加者が拘束される騒ぎがあったものの、大きな混乱もない。一国二制度上の「別の国」とはいえ、中国本土に広がった緊張感とはあまりにも違った。

 そもそも今回の一連の動きの発端の1つは、8月に香港の活動家が尖閣諸島に向かい、日本当局が身柄を拘束したことだった。そのため香港は尖閣問題の起点としてのイメージもある。だが市民の関心は別のところにあった。

 香港では9月から小中学校で導入予定だった新しい「国民教育」が「共産党礼賛の洗脳教育」として批判を集め、大規模な反対運動が繰り広げられたばかり。結果的に香港政府は撤回を余儀なくされた。今回の中国各地の暴動に対しても「洗脳教育の結果」として突き放す見方も多い。さらに、日用品の値上がりを引き起こしているなどとして、本土客の買い占めへの抗議活動が活発化している。

 「本土離れ」が進む香港において、領土問題は中国国民としての一体感の醸成にもってこい。台湾でも同じだ。16日、元駐日大使で、現在は対台湾政策の責任者となっている国務院台湾事務弁公室の王毅・主任は「民族の大義の下、両岸の同胞は力を合わせて海外に対抗しよう」と発言した。尖閣問題を台湾政策に利用しようという意図が見える。

 これまでのところ、香港も台湾も反日活動のような過激化は見られない。反日教育も情報規制もない法治国家に住む市民の反応だ。逆に言えば、貧富の差や汚職の横行、学生の就職難など、中国の構造的な問題が一部を過激化に向かわせているとも言える。

(香港支局 熊野 信一郎)

日経ビジネス2012年9月24日号 8~9ページより目次