写真:山田 愼二

 小学館に在籍時代の1990年代、初めてコンテンツの電子化に着手しました。当時、小学館は「日本大百科全書」を発行していました。これをすべて電子化すれば便利だと思い、進めようとした途端、前例のないプロジェクトだっただけに、百科事典編集部から猛クレームを受けました。その抵抗たるや、すさまじい。反対勢力の人たちと何度も会議を重ね、理解してもらえない人には膝を突き合わせて説得しました。

 問題はそれだけではありませんでした。当時、デジタルデータは印刷所が持っていました。これを利用するのに恐ろしい額のお金がかかる。そこでデータ入力を手がける友人に、「この百科事典は7000万文字ある。手入力したらいくら取るんだ」と聞くと、1文字1円でいいという。ならば7000万円まで値下げできると根拠を手に入れて喜んでいたら、当時の社長から呼び出され、「印刷所とケンカするつもりならプロジェクトをやめろ。苦しい時期に印刷所にどれだけ世話になったと思っているんだ」と怒られました。

 さらに、電子化したとしても外部に出すのであれば著作権処理をしなければなりません。日本大百科全書は執筆者だけで7000人近く、写真を加えると許諾を取らなくてはならない相手は膨大な数に上りました。

 とにもかくにも、様々な壁が立ちはだかったのです。そこで役員を相手に、プロジェクターを使ってプレゼンをしました。「1867年」を軸に、「パリ万国博覧会が開かれ日本が初めて出展する」「米国がアラスカを購入する」「日本ではええじゃないかの乱舞が起きる」「マルクスの資本論の初版が独ハンブルクの書店で発売される」など、百科事典の膨大な情報から横串で取り出せることを披露したのです。

 結果は大成功。会社には専門の著作権処理部隊を作ってもらい、約1年半かけて許諾を得て電子化に成功しました。私はいつも、別に悪いことをしようとしているわけではないと自分に言い聞かせていました。「何かあったら自分で責任を取るつもりです」と何度口にしたことか。時にはためらう上司の腕をがっちりつかんでハンコを押させたこともあります。

 今、電子書籍市場が盛り上がってきていますが、私が電子書籍を手がけるために小学館を退職し、イーブックイニシアティブジャパンを設立したのは2000年です。当時、漫画を1冊ダウンロードするのにかかる時間は1時間。売り上げは本当にひどいものでした。そして、起業から11年経った昨年、ようやく上場できました。ある程度、自分が考えてきた企画を責任を持って実現できたと思っています。

 新聞を開けば、尖閣諸島、原子力発電所など世の中には解決しなければならない大きな問題が溢れています。ただ、私はこうした議論に加わるつもりはありません。いや、正確に言えば加わっても責任を持った発言は決してできないのです。人生はせいぜい70~80年。残りの人生で解決しそうもないことに発言できません。責任を取れる世代の人たちこそが、声を大にして発言すべきだと思います。(談)

日経ビジネス2012年9月17日号 158ページより目次

この記事はシリーズ「有訓無訓」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。