「1円の円高で今でもトヨタ自動車は340億円、日産自動車とホンダはそれぞれ200億円の差損が生じることになる」(バークレイズ証券の自動車担当アナリスト、二本柳慶氏)

 日本企業、特に輸出企業にとって円高は、重荷になり続けてきた。とりわけ2008年以降は利益を直撃し、各社の体力を奪い続けてきた。自動車に代表される輸出企業は、円高が進行するたびに、系列企業も総動員してコスト削減に励んだが、対応できるようになるとまた円高が進み、利益を奪われる。その繰り返しだった。

 だが、逃げ水のような円高との戦いは、一面で日本企業の潜在的な実力を向上させている面もある。生産改革から調達の見直し、ホワイトカラーの生産性向上に至るまでの徹底した合理化が、企業を鍛え続けてきたからだ。

 円高はこうして強化された実力の一部を覆い隠しているとも言える。

 それを端的に示すのが、下のグラフである。現在の為替レートが、円高が進展する前の2008年3月期当時の水準だとしたら、トヨタ、日産自動車、ホンダの今期予想営業利益がどうなるかを試算したものだ。

 グラフのうち、真ん中の棒グラフは今期の会社側の予想営業利益。各社とも社内レートは1ドル=80~82円としている。この間の為替レートが2008年3月期の1ドル=114円程度だとすれば、営業利益はほぼ倍増する。3社とも当時よりも現在の方が稼ぎは大きい。

5年前の為替水準なら利益は倍増
円安になった場合の主要自動車メーカーの予想営業利益
注:2013年3月期の「試算営業利益」は、今期の為替レートが各社の2008年3月期の社内為替レートまで円安になった場合を試算したもの
出所:バークレイズ・リサーチの推計を基に本誌が作成

円安で表れる日本企業の実力

 もちろん、単なるこれは試算に過ぎないが、日本企業はそれだけ実力を蓄えてきたとも言える。

 足元の円高も既に約5年。専門家の間では、今後2年程度で円安に転じる可能性が指摘され始めている。

 「ドル円レートを決める主な要因は日米の金利差。米国が利上げをすればこの差は広がり、円安ドル高に転じる可能性がある。その時期は2014年か2015年。デフレ下の日本で日本銀行は利上げをしにくいから、その見方は否定できない」(シティグループ証券のストラテジスト、阿部健児氏)

 「米国は家計の過剰債務問題が解消する2014年末から2015年に利上げの可能性がある。円安に転じるとすれば、その辺り」(みずほコーポレート銀行のエコノミスト、唐鎌大輔氏)

 もっとも、為替の先行きは誰にも分からない。この先、さらに円高に進む可能性もある。ただ、専門家の間では、円安への転換点に言及する意見が増えているのは確かだ。だとすれば、多くの輸出企業は「含み益」を抱えていることになる。

 もちろん、一気に1ドル=114円まで円安になるとは想定しにくい。ただ、いったん円安基調に向かえば、状況が一変する。

 「自動車メーカーにとっては、輸出の採算が高まり、米国などで競争力のある価格をつけて販売しやすくなる。円高ウォン安で優位に立ってきた韓国メーカーとの競争条件も大きく変わる」(クレディ・スイス証券の自動車担当アナリスト、高橋一生氏)

 業績に反映されるまでには時間がかかっても、株価は先行きの業績を織り込んで変動する。いったん円安基調になれば、先行して株価が上昇していく可能性は十分にある。

 円安は輸出増につながる一方で、輸入物価の上昇を通じてデフレの解消にもつながる。この時期には消費税の引き上げも予定されており、これもインフレ圧力となる。もともと、物価は来年にも下落からわずかに上昇に転じると見られている。その先も、物価を押し上げる要因はいくつかある。日本企業を長く苦しめてきた円高とデフレ。それが解消に向かう素地は少しずつ整いつつある。

 もっとも、外部環境頼みの経営では心もとない。あくまでも円安に振れた場合の利益の増加は、臨時収入と考えるべきだろう。個々の企業が収益力や資本効率を高め、国内外の投資家に選ばれる実力をつける。そこに円安やデフレ解消の追い風が吹けば、日本株は本格的に復活の時を迎えるかもしれない。

日経ビジネス2012年9月10日号 38~39ページより

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