自らマーケットを開設してコンテンツを集め、利用者への課金を牛耳る――。ソフトバンクはヤフーの顧客資源を有効利用する囲い込み作戦に出る。米アップルなどに奪われたスマホ向け配信事業で携帯各社の逆襲が始まった。

注:「dマーケット アプリ&レビュー」で紹介している有料アプリのうち、「グーグルプレー」上で配信するアプリの決済は10月以降、グーグルウォレットに移行

 ソフトバンクが、スマートフォン(高機能携帯電話)向けの定額制コンテンツ配信サービスを10月にも始めることが明らかになった。グループ企業であるヤフーと提携し、音楽・動画・ゲーム・電子書籍などのコンテンツを50種類以上揃え、月々の定額利用料を払えば利用し放題にする。

 新サービスの名称は「スマ得パック(仮称)」。ヤフーが提供する会員制サービス「Yahoo!プレミアム」(10月から月額399円)に加入すればどの携帯電話会社のスマホでも利用できるが、ソフトバンクの加入者には通信料と一緒に料金を払える「キャリア決済」の機能や、2カ月間無料の特典などを用意することで事実上、自社ユーザー向けのサービスとする。

 スマ得パックの最大の特徴は、米グーグルのOS(基本ソフト)「アンドロイド」を搭載したスマホだけでなく、米アップルの人気機種「iPhone」でもサービスを利用できる点だ。アップルは携帯電話会社がiPhone上で独自のアプリ配信サービスを立ち上げることを認めていないが、ソフトバンクはアプリではなくウェブコンテンツの形式を使うことで独自サービスを実現した。

 ソフトバンクの携帯電話加入者は約3000万人(7月末)、Yahoo!プレミアムの会員は780万人(同)。両社は新サービスの開始と同時にソフトバンクの携帯電話販売店で初めてとなるYahoo!プレミアムの会員獲得を始め、ユーザーを相互に取り込む考えだ。

KDDIの“取り放題”が成功

 携帯電話向けのコンテンツ事業者(CP)を集めてマーケットを作り、加入者向けに配信して課金を代行するサービスは、1990年代末にNTTドコモが「iモード」で実現したものだ。

 だが、2007年にアップルのiPhoneが登場し、従来型の携帯電話からスマホへの移行が進み始めると、携帯電話上のコンテンツ配信はアップルの「App Store(アップストア)」やグーグルの「Google Play(グーグルプレー)」が主役になった。こうしたアプリの購入時の支払いにはアップルやグーグルの決済サービスが用いられるケースが多く、重要な顧客情報は米国勢が握るようになっている。

 ドコモやKDDI(au)、ソフトバンクなど国内の携帯電話会社は、顧客の需要に合わせる形で従来型携帯からスマホへの移行を進めている。だが、結果的に川上のコンテンツサービスと川下の端末での主導権をアップルやグーグルに奪われ、中間の通信サービスだけが残される格好になっていた。

 今回、ソフトバンクとヤフーが提供するサービスは、アップストアやグーグルプレーを介さず、独自のコンテンツマーケットと決済サービスを使う。「アップルやグーグルからコンテンツ配信の主導権を取り戻そうとする動き」(通信アナリスト)だ。

 こうした携帯電話会社によるコンテンツ奪回の動きで先陣を切ったのはKDDIだ。「おかげさまで、サービス開始169日目で会員数が200万人を突破いたしました」。8月30日、東京・渋谷の複合施設「渋谷ヒカリエ」で、KDDIの雨宮俊武・新規ビジネス推進本部長は満面の笑みを見せた。KDDIが今年3月から開始したアプリ取り放題の新サービス「auスマートパス」は、500種類以上のアプリ、クーポンなどが月額390円で好きなだけ利用できる

 スマートパスで提供されるアプリは、グーグルプレーで提供しているものと変わらないように見える。しかし、KDDIは自前のサーバーを用意し、CPに対してグーグル向けとは別の仕様でコンテンツを開発してもらっている。こうした工夫によって「グーグルプレーとは全く別のマーケットの開設に成功した」(通信アナリスト)。

 現状では「採算ラインの400万加入」(KDDIの髙橋誠・取締役執行役員専務)に達していないが、KDDIは持ち出しによってCPへの配分額を補塡している。こうした配慮も評価につながっているようだ。

 スマートパスで新たな収益モデルを見いだしたKDDIは、触手をiPhone利用者にも伸ばす。iPhone版のスマートパスではソフトバンクと同様、ウェブを使った定額制のコンテンツ配信サービスを検討しているもようだ。

 一方のソフトバンクは、こうしたKDDIの好調さを横目に、急遽今回のサービス提供に至ったようだ。具体的な枠組みが決まったのは7月。CPは限られた期間でソフトバンクのキャリア決済とYahoo!プレミアムの会員認証の2つに対応しなければならず、当初のコンテンツ数はKDDIに比べれば見劣りしそうだ。

ドコモ、iモード生かせず

 従来型携帯でiモードに出遅れたソフトバンクとKDDIが着々とコンテンツ奪回の動きを加速する中、本家本元であるドコモは苦しんでいる。同社は昨年11月からiモードのコンテンツをスマホ向けに「移植」する作業を進めてきた。スマホの画面上から各種のアプリをダウンロードしたり、コンテンツを利用したりできる「dマーケット」がそれだ。

 ただ、dマーケットはグーグルプレーに全面的に依拠しており、利用者は課金の際だけドコモの決済サービスを選べるというもの。いわば、アプリやコンテンツのリンク集にすぎない。しかも、これまでアプリ購入時の1回の決済にしか対応していなかったグーグルの決済サービス「グーグルウォレット」が5月から月額課金にも対応するようになると、グーグルプレー上で提供するアプリについては、ドコモ独自の決済サービスが排除されるという混乱にも見舞われている。

 ドコモは6月から順次、CPに対して「グーグルプレーを使用したspモードコンテンツ決済サービスからの移行ガイドライン」を配布しており、グーグルプレー上でアプリを配信中のCPは9月末までに決済手段をグーグルウォレットに切り替えなければならない。ドコモの決済サービスで約10%だった決済手数料はグーグルウォレットでは30%に高まるため、小規模なCPの間では「収益が悪化する」との悲鳴も上がっている。auのように、独自のサーバーや仕様を作らなかったことが今になって裏目に出た格好だ。

 携帯電話事業の付加価値は、通話収入からコンテンツ配信に移行している。だがドコモの例が示すように、いったんアップルやグーグルに席巻されたコンテンツ市場での失地回復は一筋縄ではいかない。

 緒戦で成功を収めたKDDIの次なる施策、ソフトバンクの新サービス…。ドコモの苦境を尻目に2番手、3番手キャリアの逆襲が始まろうとしている。

(編集委員 小板橋 太郎、原 隆、白石 武志)

日経ビジネス2012年9月10日号 10~11ページより目次

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