脱原発と再生可能エネルギー普及を訴え、山口県知事選挙に出馬。無党派層を中心に支持を集めたが、自民・公明推薦の候補者に敗れた。今後は、大阪市の橋下徹市長のブレーンとして、脱原発社会の実現を目指す。

写真:木村 輝
飯田 哲也(いいだ・てつなり)氏
1959年山口県生まれ。京都大学大学院工学研究科原子核工学専攻修士課程修了後、東京大学先端科学技術研究センター博士課程修了。原子力産業に従事したが矛盾を感じて退職。2000年にNPO法人(特定非営利活動法人)環境エネルギー政策研究所を設立し現職。
山口県知事選挙の概要
7月29日に投開票が行われた。自民、公明が推薦する無所属新人の元国土交通審議官、山本繁太郎氏が25万2461票を獲得して初当選。飯田氏は18万5654票で落選した。高邑勉氏が5万5418票、三輪茂之氏が3万7150票を集めた。

 投開票日の1カ月半を切って出馬を表明し、無党派層の支持を集めたものの、結局は自民党と公明党の推薦を受けた元国土交通審議官の山本繁太郎氏に追いつきませんでした。「保守王国」と言われて久しい山口県での選挙活動に、時間が足りなかった。

 最初から負け戦だとは思っていませんでした。実際、期日前投票では、私が山本氏を上回っていました。一方で、電話世論調査では負けていた。通常であれば、組織票を集めた候補者が、期日前投票でも優勢です。ですから我々の選挙陣営も、結果を読みあぐねていました。地元新聞の記者たちも「当日までどうなるか分からない」と言っていたほどです。

 私自身も、「追い上げている」という確かな手応えを感じていました。選挙カーで出かけると、路地から人が出てきて、数え切れないほどの人たちに握手を求められました。しかも、日を追って増えてくる。「フタを開けるまでは分からないな」と感じました。

 山本陣営は投票前の2~3日間で、一気に組織票を固めてきました。約1000の団体にテコ入れをしたようです。現職であった二井関成・前山口県知事に始まり、県内の大半の市長たちも総出で山本氏の応援に走り回りました。最後に票を搾り取られたわけです。

 山本氏との一騎打ちにならなかったことも痛手でした。「泡沫候補」というには、高邑勉氏と三輪茂之氏の2候補に票を取られ過ぎてしまった。山本氏からこぼれ落ちた票を、すべて取り切ることができませんでした。

 山口県は保守王国と言われますが、実際には保守ではなく「守旧」が牛耳ってきました。変えなければならないものを変えず、既得権益を守るのが守旧派です。錆びついた守旧の鉄板が、山口県を覆っています。

 これまで守旧の鉄板に弾き返されていた若者や女性が、私の支持者の中心でした。Facebookやママさん活動、脱原発活動を通じて、約1000人ものボランティアが集まってくれました。投票率は45%で、前回の知事選挙の37%に比べて8ポイント増えました。この増加分は、これまで選挙に足を運ばなかった層で、私が取ったと言って間違いないと思います。

 もし「脱原発」だけが目的だったら、18万票を獲得することはできなかったでしょう。山口の歴史をひっくり返そうという熱意が、有権者の心に響いたのではないでしょうか。山本氏に敗れはしたものの、県政の空気は変わりました。私も山口県の政治構造を知ることもできました。

 支援者の方々には、「4年後の知事選挙に再挑戦する」と話しています。一度だけ選挙に出て、「終わりました。はい、さようなら」では無責任です。4年後の有力候補という立場は見据えていこうと。もちろん、より適切な人物が立候補するならば、応援に回るかもしれませんが。

「政治欲」は持っていない

 もともと、政治欲はありませんでした。なぜ出馬したかといえば、3・11を経てエネルギー・原子力政策が揺れ動くタイミングだったことが大きい。

 世界では、再生可能エネルギーの普及拡大が「第4の革命」と言われています。とりわけ、福島第1原子力発電所事故を起こした日本は、待ったなしの状況です。再生可能エネルギーは小規模分散型であり、地域独立型の特性を持っている。生まれ育った山口県だからこそ、出馬を決めたのです。国政では意味がありません。大きく歴史を変えるチャンスだと思いました。

 野田佳彦首相は、議論なく関西電力・大飯原子力発電所の再稼働を決めました。原子力政策があっと言う間に3・11以前の状況に戻ろうとしていますが、これは世界と将来世代への犯罪行為です。野田首相の「原発再稼働宣言」の後、首相官邸前の反原発デモが一気に盛り上がったこともあり、もし選挙で勝っていたら、計り知れない衝撃を与えたでしょう。

 ただ、出馬するかどうかはギリギリまで悩みました。山口県は人口もGDP(国内総生産)も日本の約1%しかありません。県内に原発があるわけでもない。東京電力の原発が10基もあった福島県の知事の声すら“抹殺”された国で、山口県知事1人が主張しても、何ができるのか、とも思いました。

 加えて、知事になればエネルギー・原子力政策だけ舵取りすればいいわけではない。儀礼としての業務にも時間を取られますし、役所内の抵抗に遭うかもしれない。3・11以降、国のエネルギー政策を検討する「総合資源エネルギー調査会基本問題委員会」の委員などを務めていたこともあり、「NPO(非営利組織)という独立した立場で、政策立案に関わった方がエネルギー政策を変える可能性が高い」とも考えました。それでも、脱原発を訴えて選挙に出ることで、歴史に衝撃を与え、転換点にできるかもしれないという思いが上回った。

山口県知事選挙では、脱原発を軸に選挙活動を展開。選挙カーの屋根には太陽電池を載せた

原発の世界は「談合社会」だ

 なぜ、脱原発を訴えるのか。原子力がない方が良い社会になるということが、「世界の現実」になったからです。

 日本の原発は、東芝と日立製作所、三菱重工業の3社の独占市場です。電気事業連合会と日本経済団体連合会に経済産業省がくっついた談合のような社会です。常識で考えれば、到底支えることができないシステムを守るために、様々な無理を続けています。

 巨額の投資を続け、「核のゴミ」の存在はごまかす。そうしなければ、原発システムを続けることはできません。原発を維持しようとすれば、独占と中央集権、トップダウンのヒエラルキーがないまぜになった社会・政治構造から抜け出すことはできないのです。

 一方、再生可能エネルギーによる社会は真逆の世界です。再生可能エネルギーの特徴は、地域独立型で小規模分散型であること。インターネットのように、オープンなネットワーク型のビジネスモデルなので、プレーヤーもインターネットのように続々と参入してきます。革新的、創造的な人や企業が高い競争力を持ち、新しいビジネルモデルを生み出す。経産省の役人が鉛筆をなめて作る計画とは違って、面白いビジネスモデルが次々と生まれてきます。既に、ドイツや北欧では現実のものとなっています。

 原発御用学者は、「そうは言っても太陽電池メーカーの独Qセルズは破綻したじゃないか」と抵抗します。インターネットの黎明期に、米ネットスケープ・コミュニケーションズが破綻したからといって、「インターネットは終わりだ」と言った人がいたでしょうか。太陽電池は付加価値の低い商品ですから、中国メーカーが勝って当然です。先進国はもっと付加価値の高い仕事をすべきでしょう。ちなみに、ドイツの太陽電池導入量は、Qセルズの破綻後も増え続けています。

 脱原発を実現するためのキーワードは、「民主主義」と「市場メカニズム」です。民主主義で言えば、首相官邸前の反原発デモが象徴的です。「脱原発法」を国会に持ち込む動きもありますし、地域での住民投票も広がりつつある。次の衆院選では、どこかの政党が「国民投票の実施」をマニフェストに掲げるかもしれません。

 市場メカニズムで言うと、「原発のコストは原発が支払う」という当然のルールを厳格に守れば、原発は止めざるを得なくなります。電力会社が事故を起こしたら、金額の上限なく保険料を支払うルールを徹底した途端、保険会社が立ち行かなくなるためです。

 新たな法律を作る必要はありません。現在の「原子力損害の賠償に関する法律」は、実質的には電力会社の無限責任を定めています。保険の支払金額は有限ですが責任は無限なのです。ちなみに、米国やドイツは有限責任です。日本の電力会社の経営者が常識で判断すれば、今の法律の下では原発を運転しないはずです。「東電を見ろ。事実上の倒産じゃないか。経営リスクが大きすぎる原発は動かせない」と。

 今度の政権交代でまともな第3極が政権を取るかどうかが最大のポイントです。そして、新政権が最初にやるべきことは東電改革です。東電を、現在のゾンビ企業のままにすると、ほかの電力会社をのさばらせてしまう。

 東電を破綻処理して、株主とメガバンクに責任を取ってもらう。破綻させた東電は、新しい受け皿会社の下で、発送電を分離する。

 そうすれば、東電がデファクトになって、ほかの電力会社にも発送電分離の流れが広がり、再生可能エネルギー普及にもつながります。東電を今の姿にすると決めてから1年しか経っていません。まだ破綻処理をやり直すことは可能です。

橋下市長と刺し違える覚悟

再生可能エネルギーの活用をかねて主張してきた飯田氏(左)。3・11後は国の政策立案にも関わってきた

 山口県知事選挙の出馬前に、いったんは辞職した「大阪府市エネルギー戦略会議」のメンバーに復帰しました。橋下徹・大阪市長は、脱原発を訴えながらも、大飯原発の再稼働を認める形になってしまった。まだ橋下市長は、原発がない方が素晴らしい社会になるという確信が持てないのでしょう。

 エネルギー戦略会議のメンバーは、私と古賀茂明・大阪府市特別顧問の2人で声をかけたメンバーばかりです。これからは、この会議の存続をかけて、橋下市長に大飯原発の再停止を要請するよう働きかけます。加えて、国が検討しているエネルギー・環境に関する選択肢の「原発ゼロ」を主張するように求めます。この2つだけは譲れません。たとえ橋下市長と刺し違えてでも、この2つを市長に決断してもらう。

 橋下市長は、まだ原子力とエネルギー政策全体についての知識が不足しています。だから、発言の軸が揺れてしまう。橋下市長は、「トリックスター」的なキャラクターの持ち主です。根っこには、新保守主義というか、国粋主義的なテイストも持っていて、既得権益と戦うことに快感を覚えるタイプです。だから、関西電力や原子力ムラという巨大な既得権益と戦うことが、橋下市長の志向にピタリとはまった。節電問題で関西電力とバトルを展開してきたのは、そのためです。

 ただ、橋下市長は一方で、古い意味での「経済を大切にする」感覚を持っている。言葉では新しいこと言っていても、尾骶骨には20世紀的な感覚が残っている。だから、同じタイプの人たちから、「原発を再稼働しなければ経済がもたない」と言われるとグラグラと揺れてしまう。

 21世紀型の「原発なき社会」が、軽やかで良い社会になることが、私の目にはハッキリと見えています。私はエネルギー政策において橋下市長のブレーンですが、市長とはまだ世界観を共有できてはいないのです。

 既得権益と戦うというネガティブなパワーではなく、新しい社会を作るというポジティブなパワーに切り替えてもらえるように、最大の努力を続けていきます。

日経ビジネス2012年9月10日号 72~75ページより目次

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