『水と人類の1万年史』
ブライアン・フェイガン(Brian Fagan)
河出書房新社
2940円
ISBN978-4-309-25263-6

(写真:スタジオキャスパー)

 米国の穀物地帯が旱魃に襲われ、穀物価格が暴騰している。数十年前まで12億人だった地球の人口は昨年、70億人を超えた。人口爆発は続き、2050年には90億人を超えると予想されている。今、10億人規模の人々が、食料生産を支える「水」がないことで、飢えに直面している。

 人類の歴史では、気候変動によっていくつもの文明が忽然と姿を消してきた。現在、世界を襲っている異常気象の原因については、様々な説があるものの、温暖化と頻発する旱魃はとどまることがない。

 人間の体の60%以上は水分であり、植物の成長も水によって支えられている。すなわち、水は人間、社会を支える「生命」そのものである。農業という、ある場所に定住して穀物を生産する形態が生まれて1万年を経る。それを可能としてきたのは、水の供給によることは言うまでもない。

 古代アフリカや、文明の発祥の地とされるエジプト、メソポタミア、中国――。いずれの地域においても、気候変動と闘いながら、いかに水を確保し、人口の増大に対応してきたかによって、その歴史が決まってきた。本書は、その水と人間との関わりについて、農耕が始まって以来の歴史を地球規模で振り返ることで、次の3つのテーマから解き明かそうとしたものである。

水は「持続可能」なのか

 最初のテーマは「重力」だ。言うまでもなく「水が傾斜地を高い地点から低い地点へと流れる」のは重力があるからだ。東アフリカから古代ローマ、ギリシャ、現在でも米ロサンゼルスの長距離送水路など、重力は水の力と人の関わりの背後に必ず存在してきた。

 2番目のテーマは「水の管理と儀式についての密接な関係」である。古代エジプトやマヤ族には、原初は海から始まったという信仰があり、キリスト教の乳児は聖水で洗礼を受ける。

 3つ目のテーマは「科学技術と持続可能性との対比」である。産業革命を境にその規模や方法は全く変わってしまうのだが、エジプト、メソポタミア、中国のいずれの地域でも村の灌漑、寺院による水の管理は重要だった。税が穀物や労働の形で徴収されていた時代、支配者の関心は「灌漑や水の管理にあったのではなく、そこで生産され、国を支えた余剰の食糧にあった」のだ。

 乾燥した地で生命を維持するぎりぎりの食物を得るために、稚拙ながらも重力を利用した古代東アフリカの人々の工夫と労働。湧水を利用した巧妙かつ複雑な送水システム網を、水は低きに流れるという重力を応用して作り上げたミノア文明。20万人を超える都市となったアッティカの工夫。ローマの水道。黄河の氾濫に見る中国の水との戦い。これらは、まさに人間の歴史が水とともにあり、気候変動との戦いであったことを改めて理解させてくれる。

 何よりも、海に面して3方を砂漠に囲まれながら、20世紀の技術を使って遠方から水路を引いて人口爆発を招き、当初の水源の湖を塩の砂漠と化し1000km以内のあらゆる河川から取水する政治力を発揮したロサンゼルス。その姿は、まさに科学技術と持続性というテーマを考えるに格好の例だ。

 「アリゾナ州フェニックスは、水の供給が途絶えて崩壊し、ナイルは干上がり、何万人もの人が水を求めて境界線を越える」といった事態が、架空のシナリオとは言えなくなってきている。世界中で帯水層の水位は低下しているのである。

 化石燃料と同様、まさに淡水も有限資源である。著者が「水をめぐる戦争が起こる」可能性に言及するほど、事態は深刻化している。興味を持てる章から読み始めるだけでも、水の重要性を再認識させられることだろう。

日経ビジネス2012年9月3日号 72ページより目次