これまで日本のモノ作りの中核を担ってきた自動車産業。そこに今、「海外現地生産」と「クルマの電動化」という大きな変化が訪れている。2020年の日中両国の産業に与える影響を三菱総合研究所が試算、その概要を解説する。

三菱総合研究所
グローバル産業構造分析チーム
今春開催された「北京モーターショー」でも多くのEV(電気自動車)が展示され、注目を浴びた

 産業の空洞化が叫ばれて久しいが、苦境にあえぐ電機産業を見ても分かるように「モノ作り日本」が厳しい状況に追い込まれている。そんな中、気を吐くのが自動車産業だ。裾野は広く、就業人口は国内雇用の約8.7%となる545万人にも及ぶ(日本自動車工業会による調べ)。

 ただ、もし自動車産業も電機産業と同様に失速したら、国内産業にどれだけの影響を与えるのだろうか。逆に、今後の成長が期待されるEV(電気自動車)市場で日本が主導権をがっちり握ったら、どうなるのか。

 今回、成長著しい中国の自動車産業も加味しながら定量的に分析してみたところ、例えば自動車分野の生産額の減少は国内産業全体に大きく波及し、自動車分野の減少額を超えるインパクトが他産業にも及ぶといった結果を得た。以下、その概要を紹介しよう。

海外生産と電動化に着目

 まず日本の自動車産業と製造業の実態を見てみる。自動車産業で、全生産額から生産者が購入した原材料・部品などの「中間投入」を差し引いたものを「付加価値」とすると、国内で生産される自動車の付加価値と国産の原材料・部品などの合計は全生産額の約9割を占める。残りの約1割は輸入した原材料・部品などであり、自動車産業の生産活動が国内の需要を支えていることが分かる。

 ただし、自動車産業を含む日本国内の製造業全体の付加価値を見ると、1990年代半ば以降、ほとんど伸びていない。1990~2009年の年平均成長率は約1.4%にとどまる。一方、世界の製造業の付加価値は年平均で4%以上伸びている。日本と同じ先進国の欧米も、約3.2~3.5%と日本よりも高い伸びを示す。

 国内製造業が生み出す付加価値が頭打ちとなる要因の1つとして、海外現地生産の進展がある。この解決策として2010年6月に経済産業省が発表した「産業構造ビジョン」では、自動車産業に大きく依存する国内製造業の構造転換(例えば、複数の産業が全体を支える「八ケ岳構造」への転換など)やバッテリーといった戦略分野への注力を指摘している。

 自動車産業の場合、海外現地生産に加え、もう1つ大きな動きがある。従来のエンジン車から、モーターやバッテリーといったエレクトロニクス技術を動力源とするEVなどへのシフト、いわゆる「クルマの電動化」だ。

 今後、海外現地生産とクルマの電動化が加速していったら、国内外の自動車産業はもちろん、ほかの産業への波及効果も大きなものになるに違いない。そこで今回は、日本及び世界最大の自動車市場となった中国の産業全体に対し、この2つの動きがそれぞれどのような影響を与えるかについて複数のシナリオを設定し、日中の産業連関表を用いて定量的な分析を試みた(産業連関表と今回の分析方法の詳細については下の記事「産業連関表と今回の分析方法について」を参照)。

生産減は国内産業全体に波及

 今回の分析では、変化の方向性をより分かりやすくするため、やや極端なシナリオを設定した。ただし、ここではシナリオが起きる確率は議論しないことにする。

 具体的には次の2つのシナリオを考えた。2020年に、(1)日本で現在生産されている輸出向け自動車の50%が中国にシフトした場合(2)EVの電動システムが日本または中国のいずれか一方で生産された場合──というものである。前者は国内自動車産業の海外進出が進展した時に、後者はEVの心臓部となる電動システムを日本または中国のいずれかが掌握した時に、日中両国の国内産業に与える影響をそれぞれ明らかにすることを意味する。

 まず、(1)から見ていこう。このシナリオでは、日本が現在生産する輸出向け自動車の50%が中国での生産となり、国内には国内需要向けモデルや生産台数が少ない輸出モデルが残ると仮定している。

 シナリオが実現した場合、国内産業全体の生産額は2007年比で約16兆7591億円減少する。この金額は日産自動車とホンダの2012年3月期の連結売上高(それぞれ9兆4090億円、7兆9480億円)の合計値にほぼ匹敵する大きさになる。減少する約16兆7591億円のうち、自動車は約7兆1780億円減(2007年比で28.6%減)、自動車部品は約3兆7854億円減(同16.5%減)で、両者を合わせた額は全体の減少額の約65%を占める。このうち自動車部品の減少額について言えば、デンソーの2012年3月期の連結売上高(3兆1546億円)並みの規模だ。

 残りの35%の減少額は国内産業全体にわたる。中でも生産額の減少が大きい産業分類としては、鉄鋼・非鉄・金属製品(約9414億円減)、プラスチック・ゴム製品(約5377億円減)、産業用電気機器・その他の電気機器(約3868億円減)などを挙げることができる。また、生産額の減少は製造業だけにとどまらず、サービスが約9825億円、商業が約5938億円、金融・保険・不動産が約3301億円減少すると試算された。日本国内全体で見ると、生産額は約1.7%減少することになる。

 一方、想定シナリオで日本の輸出量の半分がシフトする中国では、国内全体の生産額が約1.6%増え、約20兆4936億円増加する。この額も2012年3月期連結売上高と比べると、トヨタ自動車(18兆5836億円)とマツダ(2兆330億円)を合計した金額に近い。増分のうち約53%が自動車と自動車部品で、自動車は8兆1172億円、自動車部品は2兆8428億円の増加となる。

 このほか、鉄鋼・非鉄・金属製品が約2兆885億円増、一般機械が約1兆2619億円増など、複数の産業分類で生産額が増加する。また、サービスは約6226億円増、商業は約4874億円増と日本の減少分に比べると、相対的に増加額が少ない結果となった。日本の減少分と中国の増加分を勘案した場合、両国合計の生産額は0.2%増え、増分は約3兆7345億円となる。

 以上の試算結果で注目したいポイントは、冒頭でも述べたように、国内自動車生産の減少が自動車産業はもちろん、自動車産業以外の生産活動にも大きな影響を与えるということだ。

膨らむバッテリーの生産額

 次に、(2)に挙げたEVの電動システムが日本または中国のいずれか一方で生産された場合、日中両国の国内産業に与える影響を見てみる。EVの普及が進展すればモーターやバッテリー、電子機器、回生ブレーキなどで構成される電動システムが重要となり、従来の機構部品に取って代わって新たなビジネスチャンスが生まれる。

 ここでは、電動システムの生産が日本、または中国に集中した場合を想定して両国の国内産業への影響を分析した。もちろん、電動システムの生産がいずれかの国のみで行われるという想定は決して現実的なシナリオではないが、シナリオ(1)と同様に極端なシナリオを設定することで、両国の産業活動への影響をより分かりやすく把握できると考えた。

 電動システムを製造する際の付加価値構造(バリューチェーン)の分析に基づき、「EV」及び「EV向けバッテリー」を新たな項目として日中国際産業連関表に組み込んだ。EVでは、モーターは産業用電気機器・その他の電気機器に、電子機器は半導体・集積回路・その他電子部品などに割り当てる。一方、内燃機関(エンジン)やトランスミッション、スターター/オルタネーター、排ガス処理装置などはEVでは不要となるため、試算では除いた。

 EVの普及規模については、日中両国政府が掲げる2020年におけるEV普及の目標数値を適用した。日本は「次世代自動車戦略2010の民間努力ケース」の値を、中国は中国政府が発表している予測値をベースとする。民間企業による予測に比べると、相対的に高い普及率となる可能性がある。また、日本及び中国市場向けのEVは、いずれもそれぞれの国で国内向けのものを生産すると仮定した。

 以上のような条件で、EV生産に伴って日中両国で新たに発生する国内生産額を試算すると、日本及び中国市場におけるEV向け電動システムをどちらかの国がすべて生産する場合、EV向けバッテリーの生産額は約2兆6883億円に達する。また、日本国内で電動システムを生産した場合、生産額は約11兆342億円(ホンダとデンソーの2012年3月期連結売上高の合計値に匹敵)となった。産業分類別では、鉄鋼・非鉄・金属製品が約1兆4304億円、産業用電気機器・その他の電気機器が約1兆949億円、化学製品が約9056億円、サービスが約9652億円となり、多くの産業で新たな生産が生じる。

 一方、中国で電動システムがすべて生産される場合、日本国内の生産額は約2兆1255億円にとどまる。すなわち、日本で電動システムをすべて生産する場合に比べて、日本国内の生産額は約8兆9087億円減少する。

 産業分類別に見た場合、日本国内で生産した場合に対する生産減少額は、鉄鋼・非鉄・金属製品が約1兆3272億円、産業用電気機器・その他の電気機器が約1兆443億円、化学製品が約8345億円、プラスチック・ゴム製品が約3114億円、石油・石炭製品が約1297億円となる。同様に、サービスが約8311億円、運輸が約2534億円、商業が約3140億円、金融・保険・不動産が約2624億円ずつ減る。

中国ではサービスや商業に影響

 中国の国内産業に注目すると、中国ですべての電動システムを生産すれば、中国国内の産業全体の生産額は約25兆4135億円となる。特に鉄鋼・非鉄・金属製品、化学製品、産業用電気機器・その他の電気機器、鉱業、プラスチック・ゴム製品、石油・石炭製品、サービス、商業などで新たな生産が発生する。

 日中それぞれの国内産業への波及を見た場合、日本の国内産業に比べて中国国内産業の方が、波及が大きい傾向が見られる。自国で生産する場合とそうでない場合の国内生産額の差は、日本が8兆9087億円であるのに対して、中国は11兆3940億円となった。

 また、いずれの国においても電動システムの生産はバッテリーのほか、素材、産業用電気機器、サービス、商業と相対的に関係性が強い。これは電動システムがそれぞれの国内産業において重要製品であることを示すとともに、その覇権を握れるかどうかが各国の自動車産業、そしてモノ作りの行方を大きく左右することになりそうだ。

産業連関表と今回の分析方法について

 産業連関表とは、各産業の生産活動に伴う他産業との取引関係を定量的に示したものだ。ある産業に一定の需要額が発生した場合、各産業及び産業全体の生産額にどれだけ寄与するかを定量的に把握できる。

 例えば2005年度の産業連関表で、産業部門の「乗用車」に100億円を投じると、産業全体で誘発される生産額は約318億円となり、当初投入した金額の3.18倍になる。この倍率を「生産誘発率」と言い、数字が大きい産業ほど他産業への影響が大きく、裾野の広い産業と捉えることができる。特に「乗用車」などの自動車関係は生産誘発率が高い。

 日本国内を対象とした産業連関表で扱われる産業の分類数は、最も細かなもので行520分類、列407分類になる。ただし、国内のすべての産業を対象としているため、その細分化には限界があり、分析の制約となるケースもある。

 例えばEV(電気自動車)の台数が増加した場合、国内産業に与える影響を分析しようとしても、現状の産業連関表では通常の内燃機関の乗用車もEVも、同じ「乗用車」という産業分類に入る。このため、EVの増加だけによる産業への波及効果は分析できない。したがって近年、特に注目されているEVのような新しい製品やサービスに焦点を当てて分析するのは難しい。

 そこで今回、この問題を解決する1つのアプローチとして、既存の産業連関表に新製品・新サービスを組み込み、分析することを試みた。産業連関表の産業分類に、対象とする新製品・新サービス、具体的にはEV、EV用バッテリーという産業部門を新たに立て、対象製品・サービスの付加価値構造(バリューチェーン)分析を基に投入係数を新たに設定することで、既存の産業連関表への組み込みを行った。

 今回用いた産業連関表は、経済産業省が中国統計担当部局と協力して作成し、2012年3月に公表した「日中国際産業連関表」である。2007年において、日中両国内及び両国間で行われたすべての財・サービスの取引を一覧表にまとめている。

 この表を縦方向に見ると、日中の各産業が生産活動を行うに当たり、日中及びその他世界のどの商品をどれだけ使ったか、また、その生産活動によってどのような付加価値をどれだけ生み出したか(費用構造)が分かる。横方向に見ると、日中の各産業で生産された商品が日中及びその他世界のどのような需要向けに、いくら販売されたのか(販路構成)が把握できる。

すべての財・サービスを一覧
2007年日中国際産業連関表の仕組み
単位:ドル
日経ビジネス2012年9月3日号 96~99ページより目次