19軒の調剤薬局を持つ経営者は今年、一部の店舗を大手チェーンに売却した。その価格は予想していたよりも高く、1店舗で数億円の売却益を手にした。これに味をしめ、いずれは全店舗を売却して調剤事業から手を引くつもりだ。「創業者利得が欲しいからね。これからの調剤市場は厳しくなる。チェーンが高値で買ってくれるうちに売ろうと思っている」。

 中小の調剤薬局オーナーが店を売却する動きが加速している。日本M&Aセンターが実施したアンケートによれば、調剤薬局208社中、85社が大手から売却の打診を受けているという。「大手が触手を伸ばしている今が売り時だ」と日本M&Aセンターの渡部恒郎・金融法人部ディールマネージャーは指摘する。

 M&A(合併・買収)が盛んな背景には、将来の薬局経営に対する不安がある。医薬分業率は6割を超え、新規に門前薬局を開く立地はほとんど見当たらない。医療費抑制のために、今後は調剤報酬、薬価とも大きく引き下げられると読む関係者が多い。アインファーマシーズの首藤正一専務は「少なくとも、今後報酬が上がることはないと思っている」と言う。

 そこで大手チェーンは新規出店とM&Aで規模を拡大して、「冬の時代」に備える。一方、中小薬局は自店の売却に動いているわけだ。「今後は薬局の中で収益力の差が顕著になってくる」(野村証券の繁村京一郎エグゼクティブ・ディレクター)。

 調剤報酬や薬価の決定権を国が握っている以上、調剤薬局は制度の中で生きていかざるを得ない。一方で、制度の外からは、これまでの薬局の存在を脅かすような試みが続出している。

 一部のドラッグストアを中心に調剤ポイント付与(保険調剤の自己負担分に対してポイントを付与する行為)の動きが広がり、OTC(一般用医薬品)ではEC(電子商取引)企業を中心に、インターネット販売の動きが進む。厚生労働省や日本薬剤師会は「法や省令に違反する」と猛反発するものの、「既存の法制度が社会の動きに対応できなくなっているのは明らか」(薬局幹部)という指摘があるのも事実だ。

 競争の激化に手をこまぬいていては、生き残りは厳しくなる。国からの厚遇が少しでも続いている間に、次代に向けて手を打つ必要がある。業務効率化はもとより、患者や地域住民のニーズをくみ取った「新たな挑戦」に踏み出さなければならない。これまでの厚遇にあぐらをかいて立ち止まっていれば、淘汰の嵐に巻き込まれることになるだろう。

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日経ビジネス2012年9月3日号 39ページより

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