製薬会社では研究開発や臨床試験を効率化させる動きが加速している。エーザイは臨床コストを外部に移転、第一三共もシーズを外部に求め始めた。大学やベンチャー、製薬企業が織り成す生態系がR&Dの外部化を支える。

外部との共同研究やライセンス契約を担うエーザイの鈴木蘭美・事業開発部部長(写真:菅野 勝男)

 ガンの根治を夢見た彼女は、今もその夢に向かって走り続けていた。鈴木蘭美氏。製薬大手、エーザイの事業開発部部長である。

 15歳で単身、英国に留学した。医薬品の世界を志向していたわけではなかったが、脳腫瘍や骨ガンで苦しむ友人の姿を見て、20歳の時にガン研究の領域を目指した。その後、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンで乳ガンの研究を始め、英国でバイオ関連の仕事に関わった。

 そして10年前、エーザイの英国現地法人に転職すると、欧州で大学やバイオベンチャーとの共同開発やライセンス契約を進める「事業開発」を任された。欧州の製薬会社やバイオベンチャーに対する鈴木氏の人脈に期待してのことだ。

 ところが、そのまま英国に残ろうと思っていた鈴木氏に本社勤務の辞令が下った。1990年代後半以降、エーザイは新薬を生み出せない状況が続いた。その現状を打破するために、積極的に外部の力を活用しようとしたのだ。

 生活が変わる不安もあったが、会社に新しい流れを起こせるかもしれない。英国人の夫も「喜んで育児を引き受ける」と言う。ならば、と帰国を決めた。2006年のことだ。

「ゴールに向かって素早く蹴れ」

注:エーザイの資料を基に作成(写真:Getty Images)

 帰国後、鈴木氏は事業開発担当として、外部との連携を推し進める。その1つが、2009年に始めた米クインタイルズとの提携だ。

 これは、エーザイが持つ6つの抗ガン剤候補化合物について、医薬品開発業務受託機関大手のクインタイルズと臨床試験を進め、11の適応症でPOC(Proof of Concept:創薬概念の検証)試験を進めるというものだ。

 POCとは、健康な人や少人数の患者に候補化合物を投与して有効性や安全性を確認し、当初の創薬コンセプトが正しいことを証明する作業。POCを獲得できれば、新薬開発の確率は大きく上がると言われている。

 プロジェクトの肝は、新薬開発における生産性向上とリスク低減を同時に実現しようとしている点だ。

 抗ガン剤の臨床試験で経験豊富なクインタイルズが臨床試験を主導することで、効率よく候補化合物の有用性や適応症の可能性を見極めることができる。臨床コストをシェアしているため、開発リスクを抑えることも可能だ。

 2011年に契約を結んだ米SFJファーマシューティカルズとの共同開発も同様の試みと位置づけられる。

 これは、第3相臨床試験を始めるに当たって、SFJが開発コストを負担するというプロジェクトだ。臨床試験はエーザイ自身が実施、承認取得後の商業化権もエーザイが持つ。

 クインタイルズとの提携は前期臨床の効率化が目的であり、SFJとの共同研究は多額の研究開発費が必要な後期臨床を加速させることが狙いだ。

 いずれのケースも、効果が認められる化合物が見つかる、第3相をクリアして製造販売の承認に至る――など、進捗に応じて相手方に成功報酬を支払う契約になっている。これは、エーザイのリスクが限定される一方で、得られるリターンも減ることを意味する。

 それでも、1つの化合物で同時に複数の適応症が承認されれば、特許切れまでに多くの収益機会が得られる。「大切なのは、ゴール(新薬の承認)に向かって早く球を蹴ること」(鈴木氏)。

 こういった外部との連携は、エーザイにとっては既に日常的だ。事実、同社の研究開発体制も外部との連携を踏まえたものになっている。

 エーザイは2009年に新しい研究開発体制に移行した。新薬候補の発明や開発から承認取得までを担うプロダクトクリエーションユニットと、分析や製剤、臨床サポートなど彼らを支援するコアファンクションユニットに分けたことがポイントだ。

 研究開発領域は神経、ガン、抗体、免疫・炎症・血管などの6領域。多額の資金を要する第3相は本社決裁だが、それまでは各ユニット長の裁量で研究開発を進めることができる。研究と開発で分かれていた部門を1つのユニットでまとめたのも、新薬開発のスピードを速めるためだ。

 結果が厳しく問われるだけに、外部のシーズやサービスを導入した方が効率的と思えば、外からの導入を厭わない。以前は自前主義へのこだわりも残っていたが、社内外に関係なく成果を出せば評価される仕組みに変わった。

 この傾向はエーザイに限った話ではない。第一三共はエーザイと同様に、初期探索や分析、臨床開発の一部を研究開発部門から分離、強化した。ベンチャーの買収などで著名研究者とのネットワークも築きつつある。

 製薬会社はこれまでも、大学や研究機関との共同研究を薬作りに結びつけてきた。ただ、新薬開発が困難を極める中で、外部に創薬の種を求める動きはより顕著になっている。

 この手のオープンイノベーションで先行したのは海外勢だ。例えば、米イーライ・リリーは「コーラス」と「OIDD」というプロジェクトを持つ。

 2002年に導入したコーラスは、POC獲得に特化した専門部隊であり、同社の開発部隊から独立した存在と位置づけられている。20人ほどの精鋭に、強い権限と予算を与えている。

 狙いはやはり新薬開発の迅速化だ。従来はPOC獲得まで製剤の様々な可能性を同時並行で検討していたが、POC獲得が最優先のコーラスでは、余計な選択肢は排除して、必要なデータ集めに注力する。

 可能性のある化合物は最速でPOCを取り、見込みのないものはできるだけ早く諦める。今では、POC取得までの期間は1年以上短縮、コストも10分の1になった。社内だけでなく、大学や研究機関など外部シーズも積極的に導入している。

 もう一方のプロジェクトであるOIDDは、世界の研究者を対象にした無料の薬理試験サービスだ。大学やバイオベンチャーが化合物の有望性を同社のデータベースを使って検証できる。

 領域はガンや骨形成、糖尿病など。無償でサービスを提供する代わりに、同社が開発提携の優先交渉権を得る。OIDDを活用したケースは数百という規模に達した。契約まで進んだ事例も公開可能なもので6大学を数える。こういった外部シーズの導入は国内大手も始めている(下記「外部のシーズを求める動きが相次ぐ」参照)。

外部のシーズを求める動きが相次ぐ
【主なオープンイノベーション】

塩野義製薬
名称:FINDS(シオノギ創薬イノベーションコンペ)
領域:糖尿病、ガン、HIV(エイズウイルス)感染症、慢性疼痛など15領域
金額:500万~1000万円
特徴:革新的な創薬シーズにつながる研究向けの「萌芽的シーズ発掘型」と、より実用化に近い「創薬ニーズ解決型」の2種類がある。対象領域は細かく設定されている
アステラス製薬
名称:a3(エーキューブ)
領域:泌尿器、免疫疾患、感染症、精神・神経疾患など
金額:100万~1億円(募集プログラムで異なる)
特徴:会社側がテーマを設定する「研究テーマ事前設定型」、アステラスが保有する化合物の適応症を探索してもらう「保有化合物活用型」などのプログラムがある
第一三共
名称:TaNeDS(タネデス)
領域:ガン、循環代謝、先端医薬、抗体・核酸医薬など
金額:300万~5000万円(募集タイプで異なる)
特徴:領域を決めているが、創薬アイデアや標的分子の探索、知財強化など募集の間口は広い。共同研究や委託研究、ベンチャー設立など多様な出口を用意している
グラクソスミスクライン
名称:CEEDD
領域:特になし
金額:特になし
特徴:バイオベンチャーなど提携先のシーズ育成を全力でサポートする組織。臨床試験第2相(前半)のPOC(創薬概念の検証)取得がターゲット
イーライ・リリー
名称:OIDD
領域:ガン、骨形成、糖尿病など。そのほかに特定の受容体を対象にしたものも
金額:特になし
特徴:世界の研究者を対象にした無料の薬理試験サービス。研究者が持つ化合物を同社のデータベースで選別、有望な化合物の優先交渉権を得る仕組み
注:取材と各社ホームページの情報を基に作成

 最近では、研究開発領域で進むオープン化はより複雑化している。

 以前は共同研究や候補化合物の導入などシンプルな形が主流だったが、外部資金の導入や目標ごとの成功報酬、積極的な外注などリスクとリターンをシェアする動きが多様化しつつある。

 この流れは、「社外の研究機関を活用した方が効率的」と製薬会社が割り切り始めていることと無縁ではない。

(写真:Getty Images)

研究機能を外注化する動きも

 現実を見れば、ファイザーのように研究所を整理、縮小する企業は後を絶たない。M&A(合併・買収)で肥大化した研究開発組織の再編が目的だが、R&D効率が改善しない中で、研究開発機能を社外に求めたと見ることもできる。企業の心臓部と言えるR&D部門を外部に委ね始めた事実は重い。

 それだけに、欧米の製薬大手はシーズ探索に全力を挙げている。

 「創業時からずっと注目していました」。東大発ベンチャー、ペプチドリームの窪田規一社長はある外資系企業に言われた言葉に今も驚いている。

 2006年に創業したペプチドリームは、様々な性質を持つペプチド(たんぱく質の一種で、複数のアミノ酸が結合した化合物)を作る独自技術を持つ。ペプチドは低分子化合物や抗体に次ぐ有望株と見られている。

 今でこそ、同社は国内外で10社前後の製薬大手と共同研究を進めるが、創業期にアプローチしてきたのは外資系ばかり。「2年目に国内大手に話を持ちかけたが、けんもほろろに断られた。外資系の方が総じて動きが速い」。

 オープン化で先を行く海外では、国が側面支援する動きも出る。

 2004年以降、米国では国立衛生研究所(NIH)主導で化合物ライブラリーやスクリーニングセンターを整備している。大学や研究所で疾患の原因となる標的たんぱく質を研究しても、その活性を制御する化合物が見つからなければ、創薬にはつながらない。

 米国の研究機関やベンチャー発の創薬シーズが多いのは、こういった体制が整備されているため。大学や研究機関が見つけた種をバイオベンチャーが育成し、製薬会社やバイオテクノロジー企業が取得していく。その生態系が構築されていることも、R&Dの外注化が進む一因だ。

 そして、創薬のオープン化はもう一段の深化を見せる。研究開発そのものを業界で共有しようとしているのだ。

日経ビジネス2012年9月3日号 34~37ページより

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