原発事故以降、多くの食品関連会社が放射性物質の自主基準値を設けた。だが、「不検出」を売りにするオイシックスは、その測定方法の説明が二転三転する。測定機器や条件で結果は異なる。各社各様の検査では、真実が消費者から見えにくい。

 「取材中に担当者が伝えた測定時間は、オフレコにしてもらえないか」

 食品宅配を手がけるオイシックスの広報から、そんな連絡を受けた。神奈川県海老名市にある放射性物質の測定現場を取材した後のことだ。

 オイシックスは、取り扱う全食材の放射性物質について自社でサンプリング検査している。売りは、放射性セシウムと放射性ヨウ素が「不検出」とうたったベビー&キッズ商品だ。

 測定機器の性能や測定条件によって、検出できる放射性物質の最小量は変化する。この最小量は「検出限界」と呼ばれる。同社が実施している測定の放射性セシウム及び放射性ヨウ素の「検出限界はおおむね5~10Bq/kg」と説明する。つまり、おおむね5~10Bq/kgを下回る食品だけをベビー&キッズ商品として扱っていることになる。

 一方、通常商品は、国が今年4月に定めた新基準値の「野菜や魚などの一般食品で1kg当たり100ベクレル(Bq/kg)以下」であることを確認して、出荷している。

オイシックスの測定機器。NaI2台を用い、検出部とサンプルの食品を鉛のブロックで覆って測定する(写真:高山 透)

二転三転する回答

 現場の測定担当者は取材に対して、「一部例外を除いて測定時間は4分から15分。ベビー&キッズ商品と通常商品では、測定方法はすべて同じ」と話していた。冒頭のオフレコを要求してきたのは、その測定時間について。取材はオフレコを前提としていなかったため要求を断ると、後日「測定時間はノウハウがあるので勘弁してもらいたい部分もあるが、実際はベビー&キッズ(商品)は40分から2時間測っている」と商品本部本部長の力丸進吾氏が訂正を求めてきた。

 現場を取材した時は、ベビー&キッズ商品ではなく、通常商品の検査をしていたと主張。「(測定担当者が)なぜそういう説明をしたのかは分からないが、(取材に対して)緊張していたのが一番大きいのかなと思う」(力丸氏)。広報からも、「ベビー&キッズと通常の検査については時間帯を分けて実施している」と連絡が来た。

 ところが現場担当者と広報の回答の乖離は、やり取りを重ねるにつれて、さらに広がっていく。

 現場取材で撮影した写真を確認すると、通常商品とともにベビー&キッズ商品も写っていた。この点を質問すると、「通常商品の測定時にはベビー&キッズ(商品)も検査しており、ベビー&キッズのみ再度検査をしている。検査漏れを防ぐための措置」と回答してきた。つまり、ベビー&キッズ商品は、まず4~15分測定して、再び違う時間帯に40分~2時間をかけて測る「二度手間」を踏んでいることになる。

 オイシックスがベビー&キッズ商品の測定時間にこだわる理由は何か。それは、測定時間の長短が、放射性物質検査の精度を左右するからだ。

 原子力発電所事故以降、消費者は放射能汚染の恐怖を拭い去れない。特に幼い子供を持つ親の不安は強い。

 オイシックスは震災直後から他社に先駆けて自主検査を開始し、安心・安全をアピール。利用者数を拡大させてきた。今年4~5月には消費者アンケートを実施。国の新しい基準値を「不十分で不安」と答えた人が46%で、「ベビー&キッズを利用したい」と答えた人が85%に上ったと発表した。

 同業他社でも、厳格な自主基準値を設けて、自社で測定している企業は多い。だが、適切な機器と条件で測定しなければ、正確に放射性物質の量を測ることはできない。

 現在、食品に含まれる放射性物質の測定機器は、「ゲルマニウム半導体検出器(以下ゲルマ)」と「NaIシンチレーション検出器(以下NaI)」に大別される。最大の違いは分析精度だ。

 日本分析センターIT室調査役の太田裕二氏によれば、「20~30年前まではNaIが主力機器だったが、現在では精度が高いゲルマが主流になっている」という。NaIは空間線量計として使い、ゲルマは食品や土壌に含まれる放射性物質を精緻に測定する機器、という認識が長らく一般的だった。

 この使い分けが崩れたきっかけが原発事故だった。ゲルマは高額なうえ、持ち運びが難しい。精度が劣るNaIでも、ある程度の放射性物質の分析はできるため、食品の検査でもNaIが用いられるようになった。ただし、NaIで食品を測定する際には、周辺に存在する放射性物質の影響を抑えるために、NaIの検出部と食品を鉛で覆った遮蔽空間に入れて測る必要がある。

 国も新基準値導入の際に、条件を満たしたNaIであれば、一般食品に含まれる放射性セシウムが100Bq/kg以下かどうかの判定に使用してもよいという見解を示した。この判定方法は「スクリーニング法」と呼ばれる。

価格も性能もまちまち
主な食品用の放射線測定機器



放射性物質の種類を特定する「分解能」が非常に高く、ごく少量でも正確に測定できる。測定時には液体窒素が必要。価格は非常に高く、おおむね1000万円以上


分解能が低く、空間線量を測るサーベイメーターとして主に使われていた。原発事故以降、食品分析用に利用されることが増えてきている。価格はおおむね100万~400万円程度
震災後は【1】のようなゲルマに加えて、精度の劣るNaIも食品中の放射性物質の検査用に広く使われるようになってきている。【3】はオイシックスが測定に用いる「SAM940」。検出部を鉛で遮蔽して測定している。最近は【2】のように、鉛遮蔽一体型のNaIも増えてきた
(写真:高山 透)

ローソンは「遮蔽なし」で利用

 オイシックスは、米バークレー・ニュークレオニクスの「SAM940」というNaIを2台使って、自主検査を実施している。もともとは軍事用の空間線量計として使われていたもので、食品の測定に際して、自前で鉛のブロックを組み上げた測定環境を作っている。

 ただ、SAM940を日本で販売するセイコー・イージーアンドジーによると、「この機器で食品を測定する場合は、あくまでも国のスクリーニング法に基づいて使ってほしい」(営業推進課副主査の山中宏青氏)と話す。山中氏は「食品中の放射性物質の細かい数値を厳密に出したい、という要望に対してはゲルマを薦めている」とつけ加える。

 SAM940自体は、日本ハムやローソンでも使用されているが、利用の仕方はまちまちだ。日本ハムはゲルマとの併用でSAM940を使っている。ローソンの場合は、鉛による遮蔽空間は用意せずに、野菜や弁当をそのまま測定している。

 ただし、ローソンは国の基準値である100Bq/kgを上回る商品を出荷しないためにチェックしているだけだ。商品の付加価値を高める販促ツールに活用しているわけではない。おおむね5~10Bq/kgという低い数値の「不検出」を前面に打ち出し、ベビー&キッズ商品と銘打って、消費者にアピールしているオイシックスとは状況が異なる。

 では、NaIでは少量の放射性物質を測定できるのか。日本分析センターの太田氏は、「私の感覚では、測定時間をいくら長くしても、NaIで正確に測れるのはせいぜい20Bq/kg程度だと思っている。数Bq/kgを測るのは至難の業で、その水準を目指すならばゲルマを使うべきだ」と指摘する。

 理論上は、測定時間を長くすれば、検出限界は小さくなる。ただ、NaIで食品にわずかに含まれる放射性物質を測定しようとすると、誤差が大きくなり、精度が損なわれる。100Bq/kg程度であれば問題なく測定できるが、5Bq/kg、10Bq/kgを正確に測りたいのであれば、ゲルマで測るべきだというのが専門家の見立てだ。

「自主基準値の低いものは、より正確を期すためにゲルマで測っている」と話す大地を守る会・仕入部品質保証課長の内田義明氏。右にあるのは同社のゲルマ(写真:高山 透)

 一方、ゲルマとNaIの両方を駆使して自主検査を実施しているのが、食品宅配の「大地を守る会」だ。同社は卵は6Bq/kg、コメは10Bq/kg、肉や青果物は20Bq/kg、魚介類は50Bq/kgなどと細かい自主基準値を設けている。基準値20Bq/kg以上の食品はNaIで、10Bq/kg以下はゲルマで計測している。

 「NaIは精度が低く、誤差やバラつきをどこまで読みきるかが重要。(20Bq/kg以上かどうか測るために)最低でも1時間、長いもので10時間測っている」と仕入部品質保証課長の内田義明氏は話す。

注:単位はBq/kg

「素人検査」の問題も

日本分析センターでの研修会は、座学に加えて実際の機器を使った測定実習も行われる

 今年8月下旬の千葉市。一室には、講師の話を聞きながら、ノートパソコンで数値を黙々と計算する人々の姿があった。日本分析センターやテュフ・ラインランド・ジャパンなど3団体が6月から始めた、食品関連事業者向けの放射性物質測定の研修会だ。秋田県から参加した男性は、「思っていたよりも難しい」と苦笑する。

 「世の中に放射線量の測定器がこれだけ出回って、様々な場面で利用されているが、信頼できるデータが出されているのか危惧している」(日本分析センター)。そこで正確な利用法を伝える研修会が始まった。認定試験も用意しており、合格者にはテュフの「認定証書」を発行する。

 日本分析センターは今年9月、新たな測定技能試験をスタートさせる予定だ。受験者に放射性セシウム入りの玄米を送付し、各社が保有するゲルマやNaIで測定してもらい、その数値が正しいか判定するものだ。

 放射性物質測定の講義は始まったばかりだが、「受講者のほぼ全員が測定経験1年未満だった。全く測ったことのない人も多い」と講師を務めた前出の太田氏は驚く。そこからは、放射能の知識や経験が少ない人々が、「測定者」として急遽駆り出され、検査している実態が見えてくる。

 食品に携わる企業が「不検出」とうたうことは、安全・安心を求める消費者には魅力的に聞こえる。だが内実は、基準値も違えば測定機器も異なる。さらに、測定時間や測定者の技能水準も見えてこない。「不検出」といううたい文句の裏側は、追いかけるほど不透明感が増してくる。

(佐藤 央明、山根 小雪)

日経ビジネス2012年9月3日号 10~12ページより目次

この記事はシリーズ「時事深層(2012年9月3日号)」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。