国内は後任社長に任せ自ら海外事業を切り開く三森久実会長(写真:川床 和)

 「Sushi」という単語が定着するほど海外でも親しまれている「すし」。この日本食の“代名詞”を提供しなくても、海外で日本料理チェーンとして繁盛しているのが「大戸屋」だ。

 「女性が気軽に入れる定食屋」を標榜して国内でも躍進を続けている大戸屋ホールディングスは、2005年からタイを皮切りに海外進出に乗り出した。今年8月時点で、海外の店舗網は台湾やインドネシアなど7カ国・地域へと広がり、8年目で67店に達した。

 陣頭指揮を執る三森久実会長は「2020年には海外だけで1000店を目指す」と大胆な構想を明かす。国内の店舗数が260店を超えたばかりの同社の規模からすれば遠大な目標とも言えるが、「海外の方が大戸屋の競争力は高い」と三森会長は言い切る。

 ヘルシーな日本食に対するニーズは先進国だけでなく途上国でも確実に高まっている。ただ、海外で日本食と言えば日本からの駐在員が接待用として使うような高級店が多く、マステージには高嶺の花だ。一方、日本人以外が経営する「日式」の日本料理店は価格が手頃ではあるものの、本格的な日本料理を出せる店はほとんどない。

 このギャップに着目したのが大戸屋だ。日本で培った高度なチェーンオペレーションを駆使すれば、海外でも一定の水準以上の日本食をマステージが手を出せる価格で提供できる。

 日本食の味は「素材」と「発酵調味料」そして「調理技術」の3つの要素で決まると三森会長は考えている。

 一部の実験店舗を除き、大戸屋がすしを提供していないのは、このうち調理技術に起因する。おいしい刺し身を提供するには修業を積んだ板前が必要だが、こうした人材を海外で全店に配置するのは極めて難しい。生ものを扱うため食材の廃棄ロスが多いという欠点もある。

 日本料理店の看板を掲げている以上、すしを求めて来店してくる客も海外では少なくない。メニューを見て帰ってしまう人もいるが、それは仕方ないと割り切る。

 むしろ、板前という日本食の技能者を必要としない仕組みを作り上げたことが海外展開を進めるうえで大戸屋の強みとなっている。技能や経験、そしてセンスという属人的な要素を科学的な工夫によって排除してきたからこそ、外国人アルバイトでもおいしい日本食が作れるようになった。

 例えば焼き魚は大戸屋がメーカーと共同開発した焼き機(グリラー)で調理する。ガスと炭と遠赤外線セラミックの3種の熱源を組み合わせることで、外側はこんがりと焼き色をつけながら内部をジューシーに焼き上げることができる。切り身の内部が60度まで熱くなれば食べ頃であることは経験的に分かっているので、温度計があれば誰でもおいしい焼き魚を提供できる。機械の導入で調理技術の平準化を達成したのだ。

 多店舗で同じ味を提供するには米国発のセントラルキッチン方式を採用するのが手っ取り早い。だが、「日本食には不向き」と三森会長は断言する。どんなに冷凍技術が発達しようとも作りたての味に勝ることはない。大根下ろしは下ろしたてだからこそ大根の辛みを客に味わってもらえる。店舗数がいくら増えても、大戸屋が店内調理にこだわる理由はそこにある。

 素材や、タレやつゆなどの発酵調味料という2つの要素について、大戸屋はスケールメリットを生かせる。例えばホッケやアジなどの魚は水産会社から一括して買い付ける。その際、一定の品質以上の魚であればサイズを問わず買い取る契約を結ぶ。そのため大戸屋は食材の調達コストを引き下げられる。大きな魚は焼き魚に、小さな魚は切り身にして使えば材料を無駄にすることがない。

 味の決め手となる発酵調味料についても工夫を凝らしている。大戸屋は独自のレシピを開発し、日本国内の食品メーカーにPB(プライベートブランド)の専用品として製造してもらい、海外の店舗に輸出している。調達量が増えれば量産効果が働き、グループ全体でコストを削減できる。

 食材だけに日本から送れないものも多い。例えば鳥インフルエンザが流行すれば鶏肉が、口蹄疫が発生すれば牛肉や豚肉が相手国で輸入禁止品目に入る。生鮮野菜のように、そもそもコスト的に国外から調達するのが向いていない食材もある。こうした場合でも海外で「日本の味」を実現できるように大戸屋は工夫を凝らす。

 例えばタイでは、トンカツに使用する豚肉は日本の養豚技術を導入したタイの畜産大手から全量調達している。この豚肉に、大戸屋が日本でPBとして調達したパン粉をつける。こうすることで日本と変わらない品質のトンカツを海外でも提供できる。

海外でも人気のホッケ定食の秘密

セントラルキッチンを置かず、店内調理が大戸屋のやり方。大根下ろしも魚が焼き上がる寸前に下ろし、大根の辛みを客に味わってもらう

ガスと炭火そして遠赤外線セラミックの3種の熱源を組み合わせた焼き機(グリラー)をメーカーと共同開発。魚の内部が60度になったら食べ頃なので、板前がいなくても焼き魚をおいしく焼ける

味の決め手となるタレやつゆは大戸屋のプライベートブランド品を日本から輸出。日本の発酵技術は世界一であるため、当面は現地生産品は使わない
(写真:川床 和)

“日式”料理ではない

 日本国内と同等レベルの食材を使っているため、大戸屋の定食は海外でも日本とほぼ同額の800円前後だ。家賃の高い香港などでは日本より高く設定しているところもある。新興国のマステージからすれば少し割高だが、手が届かない金額ではない。むしろ本格的な日本食が食べられると、リピーターが増えてきているという。

 「我々は日本の料理で勝負しているのであって、“日式”の料理を提供しているのではない」と三森会長は強調する。品質を犠牲にすればすしも提供できるが、それはしない。焼き魚やトンカツなどすし以外にも海外で勝負できる日本食は数多くある。日本発の日本料理チェーンとして海外で成功を収められるかどうかは、アジアで台頭するマステージの舌を満足させられるかにかかっている。

日経ビジネス2012年9月3日号 52~53ページより

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