ショッピングモールで昼食を取り終え、オフィスへ戻る若い女性3人組。先頭を歩く女性が新しく開店したランジェリーショップに目を留め、3人は店内へと引き込まれていく――。

 ほのかに香るバラの香り。金色や黒色で配色されたおしゃれな店舗は高級感すら漂う。ところが目の前の商品は自分たちでも手が届く価格帯ばかり。結局、この日3人は商品を買わなかったが、中国ワコールの矢島昌明董事は自信を深めた。店の前を通り過ぎた人が自然と店内に足を踏み入れるような店舗を目指してきたからだ。

 婦人用下着メーカーとして日本で最大手のワコールが中国に進出したのは1986年。売り上げを毎年右肩上がりで伸ばし、2012年3月期は前年に比べて21%増の4億8639万元(約63億円)に達した。体形データを基にフィット感を高めた機能性を前面に打ち出し、これまで「ワコール」など3ブランドを中国で投入してきた。

 だが、売り上げ増に反してシェアは伸び悩んでいる。中国ではブラジャー1着の値段が300元(約3900円)以上の価格帯を高級品として扱う。ワコールは高級品領域でシェアが5番手程度で、スイスのトリンプ・インターナショナルなどの後塵を拝していた。そこで新たな市場を開拓しようと、今年6月に投入したのが中国専用ブランド「ラ・ロッサベル」だ。

 新ブランドでは戦略的に空白の価格帯に攻め込んだ。中国の女性向け下着市場はおよそ800億元(約1兆円)で2ケタの成長を続けている。ただ、市場の9割はブラジャーの単価が数十元(数百円)程度の格安品で、ディスカウントストアなどでワゴンに並べて売られている。格安品市場は中国ローカルメーカーの牙城なので、新ブランドは99~150元(約1300~2000円)と高級品と格安品の中間価格帯を狙った。

 ターゲットは1980年代生まれの「80后(バーリンホウ)」と90年代生まれの「90后(ジョウーリンホウ)」。中国が豊かになってから育った世代で、今後消費の主流になる層だ。彼女たちは高すぎず、安すぎず、ファッション性の高い下着を求めていると判断した。

 値段を引き下げるため、日産と同様に既存の経営資源をフル活用した。ワコールは日本だけでなく中国でも女性の体形データを収集しており、その数は既に4000人を超えている。この蓄積データを新ブランドでも活用した。また、パッドで体のラインを整えるノウハウやバストを「寄せて上げる」ブラジャーなど、従来使ってきた成熟技術も投入している。

 ただし、高級価格帯のブランド価値を守るため、マステージ向けには最新の技術や素材は使わない。例えば、ワコールが今シーズンから投入した腕を高く上げても下着がずれにくい「ピタッとながもちブラ」や吸湿速乾性に優れた新機能素材などは当面、高級品だけに限定する。

顧客を店舗に引き込む工夫
写真:坂田 亮太郎

これまで高級価格帯で苦戦していたワコールは格安品との中間価格帯に新ブランドを投入した。お手頃な価格であることが一目で分かるように店内の目立つ位置に価格を提示した。これは「H&M」などファストファッションの手法を取り入れたもので、敷居を下げて顧客を店舗内に誘導する役割を担う
中国におけるブラジャー1着の価格

店舗内の配色は中国人が高級と感じる金色と黒色を基調とし、そこにピンクを加え女性らしさを演出した。店舗デザインは「青山フラワーマーケット」なども手がけた中華系デザイナーを起用

サイズや色そしてデザインの異なる下着を壁一面に展開。「NEW YORK」「TOKYO」「SINGAPORE」などデザインされた場所を明示することで国際ブランドであることを強調する

出演を前に化粧や衣装の最終チェックに余念がない女優。そんなスターに憧れる一般女性に女優気分を味わってもらうため店舗は楽屋風にデザイン。店内はバラの香りで満たされている

ファッション性の高さをアピールするため毎週新製品を投入。その週のお薦め商品を店頭の目立つ位置に配置する

バストを「寄せて上げる」など成熟技術は使っているが、最新技術や新機能素材は高級価格帯だけに投入する

低価格品を扱う関連会社、ルシアンの生産ノウハウを生かして、賃金が低いインドネシアなどの協力工場で生産する。セール品も毎週投入

あえて流行先端地には出店せず

 生産はワコールの関連会社ルシアンが使っているインドネシアなどの協力工場に委託することにした。ルシアンは百貨店向け商品より価格帯を下げたスーパー向けのセカンドラインを主に生産している。そこで培った安価な生産ルートを新ブランドでも活用した。商品の輸送もグループ全体でまとめて行うので、量産効果が働くというメリットもある。

 一方、格安品との違いを打ち出すため、ラ・ロッサベルは若い中国人女性が好む華やかなデザインや色を採用。サイズも豊富に取り揃えた。着け心地を実感してもらうため、店舗内には試着室も用意した。北京市内の1号店は6月の開店から好調を維持しており、目標の2倍のペースで売り上げを伸ばしているという。

 プレステージではなくマステージを狙ったブランドであることから、「あえて北京から出店を開始した」と矢島董事は語る。アパレルブランドであれば、中国で流行の先端を走る上海から出店するのが常道だが、ラ・ロッサベルは一部の尖った消費者を相手にしたブランドではない。むしろ中国全土への波及効果を狙って、北京で店舗のひな形を作ることに執着した。

 新しいブランドなので当然のことながら知名度はなく、また店内にワコールのロゴも表記しない。それでも顧客が自然と吸い寄せられる店舗を実現すべく、北京事務所内に実物大の仮店舗まで作った。そこで試行錯誤を繰り返し、1号店の開店にこぎ着けた。

 2012年中にあと2カ所、北京で実験的な店舗を開く。2013年から全国に一気に店舗を拡大して2014年には中国だけで100店に広げる計画だ。中国で成功すれば、ほかのアジア諸国でも横展開ができる。マステージ向けのブランドを立ち上げる拠点として、中国市場を位置づけているのだ。

日経ビジネス2012年9月3日号 50~51ページより

この記事はシリーズ「特集 35億人 新興中間層を狙え!」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。