平均賃金が10年間で4倍となった中国は、アジアの中でもマステージ(新興中間層)が最も多い国だ。日産自動車はこの中国市場でマステージ向けの新車を今年投入し、好調な滑り出しを見せている。

 同社の中国合弁会社、東風日産は「ヴェヌーシア(中国ブランド名は啓辰・ジーチェン)」と呼ぶ中国専用ブランドを発足。その第1弾として小型セダン「D50」を今年4月に発売した。8月末までの4カ月余りで販売台数は1.5万台を突破し、計画を上回るペースで推移している。

 好調な理由は近年の中国自動車市場の変化を機敏に捉え、中国人がクルマに求める品質を満たしながら、価格を引き下げたことに尽きる。

 2009年に米国を抜いて世界最大の自動車市場に躍進した中国ではあるが、2011年以降は成長が鈍化している。原因は小型車に対する減税策が2010年末に切れたこと。だが、人口1000人当たりの自動車保有台数は30台程度で、700台を超える米国と比べれば、まだ低い水準にある。大多数の大衆にとってクルマは憧れの存在であり、潜在的な需要は非常に大きい。

 特に有望なのが内陸部の地方都市だ。近年の経済発展は沿岸部より内陸部の方が伸び率が高く、自動車の販売も地方都市が占める割合が2011年に5割を超えるまで拡大してきた。沿岸部の大都市と比べれば公共交通機関の整備が遅れているため、地方の方が潜在的にクルマの需要は高い。

 ただ、内陸部の消費者の収入は沿岸部の大都市と比べると少ない。沿岸部であれば、夫婦共にホワイトカラーの世帯年収は10万元(約130万円、1元=13円で計算)を突破する水準にある。ところが、内陸部ではその半分程度にとどまる。

中国専用車D50が好調な理由
写真:坂田 亮太郎

中国人は世帯年収とほぼ同額のクルマを買う傾向がある。内陸部の地方都市では世帯年収が5万~6万元にとどまるため外資系メーカーの主力車種は購入対象外だった
中国における小型セダンの価格帯

D50は車格が上の「ティーダ」と同じ「HR16DEエンジン」を積む。耐久性や燃費性能が高いことは実証済み

滑らかな加速を実現するため大半の日産車には無段階ギア(CVT)が採用されているが、D50は使っていない

リアランプの内部構造を簡素にしながらトランク扉部分まで大きくせり出させることで、シンプルかつ押し出しが強いデザインを実現。同等の日産車に比べて原価を4割削減した

メンツを重視する中国では友人や家族を乗せる後部座席の広さがポイント。D50は車両価格が約2倍の「ティーダ」と後部座席の広さを同じにして価格以上のステータス感を演出した

車台(シャシー)は日産の小型車に使われている「Bプラットホーム」を流用することで新規開発コストと期間を圧縮

D50の想定顧客は初心者なので運転技能は高くない。そこで横滑りを防ぐABS(アンチロック・ブレーキ・システム)は独ボッシュ最新の第9世代を採用

中国生産の日産車は部品の現地化率が9割を超えているが、これは中国に進出した日系サプライヤーも含めた割合。現地サプライヤーの比率は日産車で5%だったが、D50は35%まで高めた

中国メーカーの価格帯に切り込み

 中国では世帯年収と同じ価格帯の自動車を買う傾向があるため、内陸部と沿岸部ではおのずと売れるクルマが異なる。日産を含め外資系メーカーのクルマは価格の安い小型セダンでも10万~12万元(約156万円)であるため、これまで沿岸部では売れていても、内陸部の大多数の消費者については顧客として捉えられずにいた。

 こうした内陸部で販売台数を伸ばしてきたのが中国の現地メーカーだ。車両価格を5万~6万元台と外資系の半分に引き下げ、この地域の世帯年収とほぼ同水準に設定した。だが、ローカルメーカーの格安車は品質面で問題があるのに加え、消費者からすればアフターサービスにも不安があった。

 日産はそこに目をつけた。D50は最低価格を6万7800元(約88万円)とし、内陸部の大衆層でも何とか手が届く水準に設定した。自動車の普及期に入った中国で、「安かろう悪かろう」のクルマでは見向きもされない。品質と低価格を両立するため、「日産が培ってきた既存の技術や生産設備をフル活用した」と東風日産の乗用車部門で市場販売本部長を務める木俣秀樹氏は語る。

 D50の車台やエンジンは日産車で使ったものを流用し、部品の現地調達率も大幅に高めた。さらに、鄭州(ゼンジョウ)工場(河南省)でほかの日産車と混流生産することで新規投資も回避できた。内陸部にある鄭州市は東風日産の主力工場がある広州市(広東省)より労働者の賃金が低く、完成車を需要地まで運ぶ輸送距離が短くて済むメリットもある。

 東風日産は新ブランドの立ち上げに合わせ、全国で約100の専売店をオープンさせた。新規出店のコストはかかるが、既に日産車を扱うディーラーにヴェヌーシアの販売店を経営してもらうことで、バックオフィスや修理施設を共用できるようにした。そのため出店や店舗運営にかかるコストが半減し、販売価格が低くてもディーラーはきちんと利益を出せるという。

 こだわりもある。D50が対象とする顧客は初めてクルマを買う人が大半で、運転技能が高くない。そこでタイヤの横滑りを防ぐABS(アンチロック・ブレーキ・システム)は最新機種を採用した。また友人や家族を乗せてもメンツが保てるよう、後部座席の広さを価格が約2倍の「ティーダ」と同じにして居住性を高めた。

 中国市場においてシェア4位、日系メーカーの中では1位の東風日産。目標としている中国国内トップ3に入るためにはD50の成功が不可欠となる。

日経ビジネス2012年9月3日号 48~49ページより

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