アフリカ・モザンビークで日本主導の一大農業開発計画が始動した。穀物価格の高騰は農業ビジネスの成長を促し、供給を安定化させる。置き去りにされてきた日本の農業も改革を進めて食の安保を確保する時だ。

大規模な大豆畑を営むブラジル人のカルロス・ロベルトさんは、モザンビークから世界へと農産物の供給を夢見る

 ブラジル人の篤農家、カルロス・ロベルト・ダ・シウバさんには夢がある。

 「俺はここから世界にたんぱく源を供給していくんだ」

 3年前、黒人系の混血人種であるカルロスさんは南部アフリカのモザンビークの地に、「自分の原点を求めて」やってきた。59歳、成功を収めた農地と家族を故郷のブラジルに残し、モザンビーク北部の街リシンガの郊外で、第2の人生を歩み始めた。

 雇われ農場主として、1000ヘクタールの農地と、48人の現地人を従業員に抱える、モザンビークでも指折りの大規模農業を営む。広大な農地を喜々として説明して回るカルロスさんは、ここで育った大豆や鶏肉を世界中に輸出していきたいと意気込む。

 そのカルロスさんが大きな期待を寄せる、一大プロジェクトがこのモザンビークで動き始めている。

 「ProSavana(サバンナ計画)」。サハラ砂漠以南に広がる大草原サバンナを、世界有数の穀倉地に育て上げようという構想だ。生態系を保護しつつも、穀物輸出や食品加工など競争力ある農業ビジネスを確立し、貧困を撲滅する。日本政府が発案し、モザンビーク、ブラジルとの3国協力を取りつけた。

 その潜在力は高い。サハラ以南にはモザンビークだけでも5500万ヘクタールの耕作可能地を擁する。日本並みの降水量が確保できる地域もある。インド洋に面し、アジアとの距離が中東と同等で、物流面の競争力もある。

 加えてモザンビークでは近年、鉱物資源の開発が急速に進展している。北部沿岸では三井物産が参画する天然ガス開発で、世界最大規模の埋蔵量が確認された。内陸には豊富で高品位な石炭が眠り、2030年には原料炭生産で世界3位に躍り出る見通し。資源マネーの獲得が半ば約束されている。

 内戦が終結してから今年でちょうど20年。ここ10年は毎年6~8%の経済成長を遂げており、同国は鉱物資源を元に一段の成長を目指そうとしている。各地では開発計画が目白押しだ。

「日本用の種子」で重要調達先に

 既に農業開発の実現のため、専門家の調査が昨年スタートした。対象となる主な産品は大豆やゴマ。穀物価格の一段の高騰も予想される今後の世界情勢の下、大規模化を実現すれば、輸出による外貨獲得が十分に見込める。

 日本からは計画実行の主体となる国際協力機構(JICA)だけでなく、伊藤忠商事が中心となって食品メーカーを募り、現地視察に訪れている。同社の天野敏也・大阪食糧課長は、「日本企業が使える種子開発を早くから進め、日本の重要な調達先にしたい」と言う。

 しかし、潜在力の高さの半面、農業開発にはいくつもの壁が立ちはだかる。技術面では酸性が強い土壌の改良や、生産性の高い種子開発が必要だ。

 さらに、モザンビークでは人口の8割が農業に従事するが、うち9割以上は小規模農家。土壁、葦ぶきの家の庭先でイモや鶏を自給する村が各地に点在する。しかも土地の使用権は曖昧で、土地の集約の妨げになっている。

 こうした状況下で農家の組織化や土地の大規模集約化による競争力の確保をしなければならない。「小規模農家に利益が分配されることをアピールしなければならない」。モザンビーク農業研究所リシンガ所のカロリーノ・マルティーニョ所長はこう語る。

 また、モザンビークの潜在力に注目し、米国や中国も開発への意欲を燃やす。米国の穀物商社や政府機関も奥地まで調査の手を伸ばしている。適正に富が分配される開発の枠組みを早期に固めなければ、同国は無秩序な開発が乱発する草刈り場になりかねない。

 2014年度からの本格的な事業の開始に向け、現在は日伯モザンビークの3カ国でマスタープランの策定作業が進む。JICAモザンビーク事務所の宮崎明博次長は、「基本線を固めるこの1年が勝負」と意気込む。

「ニクソンショック」が生んだ偉業

「セラード開発」は、ブラジル各地で巨大な農業と食品加工業を発展させた(ルーカス・ド・リオ・ベルデ市)(写真:ルーカス・ド・リオ・ベルデ市提供)

 困難を伴う事業ではあるが、日本側には大きな勝算がある。日本にとって、こうした大規模な農業開発支援は今回が初めてではないからだ。

 1973年、世界の穀物市場は揺れていた。天候不順に襲われた米国のリチャード・ニクソン大統領は大豆の禁輸に踏み切った。71年の中国電撃訪問、ドル紙幣と金の交換停止に続き、この事態は「第3のニクソンショック」として世界に衝撃を与えた。

 最も動揺したのは、大豆輸入の大半を米国に頼っていた日本だった。時の田中角栄首相は74年、大豆を中心とした農業開発に資金・技術支援することでブラジル政府と合意した。

 当時のブラジル、アマゾン川以南には「セラード」と呼ばれる不毛の地が日本の国土の5.5倍にわたって広がっていた。酸性土壌の荒野では、誰もが「農業など不可能」と決め込んでいた。

 しかし、勤勉で意欲あふれる日系2世を中心メンバーとする農業組合を結成し、土地を開墾。専用の研究機関を設立することで、土壌改良や種子開発を進めた。「セラード開発」の始まりだ。

 足かけ20年にわたる開発には日本からおよそ350億円の資金が投じられ、不毛の大地はブラジル最大の穀倉地帯に生まれ変わった。この間にブラジルの農業生産は飛躍的に伸び、輸入を差し引いた農産物の純輸出額は既に世界1位。今年には米国を抜き、世界最大の大豆生産国になる見通しだ。

 2006年、農業界のノーベル賞とされる「World Food Prize」の授賞時に、「20世紀農学史上最大の偉業」とまで称賛されたこの経験が、日伯両政府にはある。セラードが育んだブラジルの技術と日本の調整能力や資金が、モザンビークの土地・労働力に融合し、サバンナに活路を拓くと各国は見る。

 偶然か必然か、モザンビークはブラジルとほぼ同緯度にあるため気候が似通い、土壌の特性も近い。言語はブラジルと同じポルトガル語を話す。

 20年間、セラード開発に従事し、今回のプロジェクトの発案者でもあるJICAの本郷豊・客員専門員は熱弁する。「モザンビークは自国に産業を根づかせることができる。ブラジルは援助供与国に転じることでナショナリズムを高揚できる。世界の食糧供給が安定すれば、日本は恩恵を受ける。3者の利益を追求すれば必ず成功する」。

 計画が終わる2030年には、アフリカは世界有数の人口を抱える地域となり、飢餓と貧困の問題は避けて通れない。「ProSavana」の成功は、アフリカにおける食糧安全保障だけでなく、持続可能な経済成長のモデルにすらなり得る。既にモザンビークの近隣諸国からは「わが国でも」と言う問い合わせが、関係者に押し寄せているという。

 世界の食糧危機が深刻さを増すこの局面において、農業の振興はこれまでにない重要性を帯び始めた。

 三井物産は昨年5月までに計470億円を投じて、農業、穀物取引を手がけるブラジルのマルチグレインを完全子会社化した。従来は穀物取引が収益源だったが、農業事業も土地改良が進み、黒字化が見えてきたという。今後は大豆やトウモロコシの生産を拡大する。

 1970年代、三菱商事や三井物産など日本の商社は海外で農業開発に乗り出したことがある。だが、未成熟な技術が原因で、すべてが撤退に追い込まれた。それから30年。種子や生産管理の技術は飛躍的に向上し、市況の高騰で収益も確保しやすくなった。

 食糧を巡る、危機と好機に世界は向き合い始めた。日本企業もそれを商機として受け止め、海外からの食糧調達への取り組みは時代に合わせた変化を遂げようとしている。

 しかし、こうした危機に直面してなお、コメを中心とした日本国内の農業の競争力は下がり続け、食料自給率は70年代から低下の一途をたどる。

 「国内農業を守るため」という名目で、日本の農政は農家を補助金漬けにし、米価維持のために減反を続けてきた。民主党政権の「戸別所得補償」も、当初は大規模農家の振興を目的としていたが、票田としての農家を意識して補償対象を拡大。単なるバラマキとして、さらなる事態悪化を招いている。

 この間、国民は補助金の財源、高い米価という二重の負担を強いられてきた。一方、食糧安全保障の根幹となる稲作は衰退し続けている(グラフ参照)。

開かれた食糧安保戦略を

神明のおにぎりは米国人にも好評だが...

 キヤノングローバル戦略研究所の山下一仁・研究主幹は、「減反を廃止し、農家にコメを作りたいだけ作ってもらい、コストを下げた分だけ輸出を拡大して収入を確保すべき」と指摘する。輸出と生産性向上をセットにすれば、農家の収入と自給率はおのずと高まるはず。しかし現状はあまりにも厳しい。

 コメ卸最大手の神明は今年3月に米国に日本食店を開いた。ソバとセットにした日本米のおにぎりが好評で、幅広い客層で賑わう。

 このレストランは神明が日本米を米国に売り込むための広告塔としての役割を果たすはずだった。しかし、店の繁盛とは裏腹に、日本米輸出の事業は必ずしもはかばかしくない。

 「確かに日本米の評価は高い。しかし、2倍以上の価格差があったら現地人は買ってくれない」。神明の藤尾益造常務は打ち明ける。同社はやむなく、米国産米を調達し、現地で販売するモデルに切り替えている。これが世界から見た、日本の基幹作物の実情だ。

 特に今年は、昨年の東日本大震災後に流通・在庫量が減少したことから、産地側が価格の引き上げに出た。商戦が始まった宮崎県産の早場米では、例年よりも2~3割高い水準だ。「このままでは需要が減退し、農家は自分たちの首を絞めることになる」(藤尾常務)。

 国内に閉じこもった論理で自ら衰退していく日本。しかし、世界が食糧問題に揺れる今こそ、あえてオープンな食糧安全保障戦略を描くべきだ。海外ではより川上まで踏み込んで調達先を分散する一方、国内では農産物のコスト・品質両面の競争力をさらに磨けば、食糧輸入の安定化と食料自給率の向上を両立できる。この時、TPP(環太平洋経済連携協定)やFTA(自由貿易協定)が改革の強力な起爆剤になる。

 中国など新興国需要の急拡大、地球温暖化を背景とした異常気象頻発による供給不安。世界の食糧危機に直面し、外からの調達の変革を目指す動きは、商社などから生まれようとしている。それが内なる農業改革とつながらない限り、日本が「食糧弱小国」から真に脱却する日は永遠に訪れない。

日経ビジネス2012年8月27日号 36~39ページより

この記事はシリーズ「特集 食糧非常事態宣言」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。