世界で覇権を争ってきた相手である米イーストマン・コダックが経営破綻。同じ写真フィルムが主力だったものの、業態転換で危機を避けた手腕に注目が集まった。今年6月に会長就任。改革の総仕上げへの意気込みを語った。 (聞き手は 本誌編集長 山川 龍雄)

写真:都築 雅人
古森 重隆(こもり・しげたか)氏
1939年満州(現中国東北部)生まれ、長崎県育ちの72歳。63年、東京大学経済学部を卒業後に富士写真フイルム(現富士フイルムホールディングス)入社。大阪支社販売第二部部長、取締役富士フイルムヨーロッパ社長などを経て、2000年6月に社長就任。2003年6月に社長・CEO(最高経営責任者)就任。今年6月28日の株主総会で社長職を中嶋成博氏に引き継ぎ、現職。2007年からはNHK経営委員会委員長を務めた。趣味は読書とゴルフ。

 問 今年1月、長年ライバルだった米イーストマン・コダックが米連邦破産法11条(日本の民事再生法に相当)を申請して、経営破綻しました。

 答 コダックの方が写真フィルム事業の歴史ははるかに古く、私が入社した頃は当社よりずっと先行していました。フィルムに使う銀のために自社で銀山を持っていたり、同じく牛の骨から取れるゼラチンを確保するために牧場を経営していたりしました。

 当時の日本人からすると「米国の大企業は本当にすごい。かなうわけないよな」という印象がありました。実際、売上高は向こうがこっちの何十倍もありましたし、ブランドや財務なども差がありました。

 技術的に追いついたのは1976年あたりです。80年代から90年代にかけて、世界各地で当社が追い上げていったという歴史があります。コダックには「コダクローム」というカラーフィルムがあってファンも多かったのですが、私たちは90年代前半に「ベルビア」「プロビア」といった製品を発売して追い抜きました。

 問 一般的に米国企業の方が業態転換の動きが速いものですが、富士フイルムとコダックの場合は逆になりました。写真のデジタル化という流れに対して、どのような戦略の違いがあったのでしょうか。

 答 コダックを悪く言うつもりはありません。ただ、経営者として気づいた客観的な差はいくつかあります。

 まず転換期になったのは、80年代初頭に写真の世界にデジタル技術が登場したことです。そこで我々は多角化を図りました。フィルムだけではなく、露光材料や感光材料、現像材料などの周辺へと広げていきました。コダックもやりましたけれど、うちの方が多角化における幅と深さがありました。

 私は入社当時、経営企画部に配属されました。その部署では写真技術をほかの産業用途に適用できないかを調べるのが仕事でした。うちは当時から多角化の可能性を探っていたのです。

 次に、いざデジタルカメラの市場が立ち上がった時に、彼らは市場に参入していくうえで十分な競争力がある商品を持っていなかった。当社は70年代からデジカメに必要な半導体素子のCCD(電荷結合素子)を研究していましたが、彼らはODM(相手先ブランドによる設計・生産)やOEM(相手先ブランドによる生産)で商品を調達していました。

 3番目の理由は、2000年以降に当社は相当なカネを使って、医薬や化粧品、液晶用材料を強化したり、富士ゼロックスへの出資比率を引き上げたりして写真以外の分野を伸ばしていきました。コダックはデジタルカンパニーになるという目標を掲げて、写真への本業回帰を図っていました。

 問 デジタルだけでは、主力事業のフイルムの代替にはなりませんね。

 答 売り上げ的には厳しいでしょう。ご存じのように、デジタルとは標準化を意味しますから、どうしてもブラックボックスの部分が小さくなります。だから過当競争になりがちです。

 うちは主力事業のフィルムがあっという間に売れなくなってから、2008年3月期に過去最高益を計上できました。その後、リーマンショックが起きて、(成長は)ポシャりましたが。

 問 長らく「選択と集中」が経営者の間で尊重されてきましたが、最近ではたくさんの技術・商品を持つメリットも見直されるようになってきました。

 答 たぶんその考えは、1つの商品だけだと、商品ライフサイクルが短くて変化の激しい時代に耐えられないという意味なのでしょう。でも本当はコア商品を持っていた方が強いです。

 トヨタ自動車が良い例です。何か1つで大きな売り上げを確保して世界的な強さを持てるなら、それがよい。うちも写真というコア商品を維持できれば、その方が絶対によかったのです。多様性は1つの保険なんですよ。当社はいろいろやらなければならなかったというだけです。

天命に動かされて経営改革

 問 コダックは外部から招いた経営者が比較的短期で交代していきました。一方で、富士フイルムは創業以来78年で社長は7人しか務めていません。トップの平均在位期間が長いです。

 答 特に不文律があるというわけではなく、結果として長くなっただけです。ただ、長期的な展望に立てて、目の前の利益より研究開発への投資を優先できたというメリットはあります。

 当社は業績が苦しい時期にも、毎年のように研究開発におよそ2000億円を投じてきました。だけど、そんなにすごい製品ばかり出てくるわけではないです(笑)。研究開発費をぐっと減らせば、利益なんて3~4%はすぐ増えます。その誘惑には駆られますが、やるつもりはありません。

 その結果、フィルム事業に回帰していったコダックの方が利益率が高い時期もありました。市場そのものは2000年まで伸びていましたし、コダックと当社を含めて実質4社ほどの寡占状態でしたから。新規事業はカネがかかるし、医薬なんかは芽が出るまで時間もかかります。

 米国では投資家がどうしても経営者に短期的な成果を求めます。先ほど言ったようにコダックも多角化を図った時期がありましたが、そうした影響もあって結局は利益が確保しやすい写真に回帰していったのかもしれません。

 問 まだまだフィルムで稼げるという時期に多角化への舵を切ったのは、何に突き動かされたからですか。

 答 かっこよく言えば、天から与えられた社長としての使命感です。命を懸けるぐらいではなく、命を懸けていました。寝ても覚めても会社のことばかり考えて、この危機を乗り越えられなければ死ぬぐらいの覚悟というか責任感はありました。

 誰だって、改革は嫌ですよ。企業の場合はリストラしたり、長年つき合った取引先を切ったりしなければならないことだってあるでしょう。でも会社がつぶれたら、元も子もない。そのためにダイナミックに改革しなきゃいけない。この改革のダイナミズムを理解、実感できるかどうかで、リーダーの良しあしは決まります。

 政治も同じです。支出を大胆に減らさないと、増税だけしても立ち直れるものではないです。国が生き延びるためには何をすべきか突き詰めていけば、おのずと答えははっきりすると思いますけどね。

 問 会社においてトップとナンバーツーは全く違うと指摘されていますね。

 答 ナンバーツーの後ろには大将が控えています。ナンバーツーの仕事が竹刀による剣道なら、経営トップは真剣による切り合いです。前者は失敗しても死にません。でも最終的な責任者が負ければ、会社もろとも決定的なダメージを受けます。だから大将、すなわちCEO(最高経営責任者)の役割は絶対に負けないようにすることなんです。

 トップになることが偉いわけではないです。なってから何をするかが大事なんです。私は大変な時期に就任しましたが、相当思い切ったことをやらないと会社が救えないと考えた時は、うれしかったです。武者震いがして「やってやる」という気持ちでした。

 これは「人生最後の通信簿」になるとも思いました。全うできなければ、私の人生にはペケがつく。それが人生というゲームのルールです。社長業は生半可な気持ちの人は引き受けない方がいい。そのぐらいの覚悟がなければ、会社は生き延びないです。

 問 就任後、最初の大仕事は技術の棚卸しだったそうですね。

 答 ええ。2002年頃から2年ほどかけて技術部門トップ数人とやりました。当社が持っている技術のうち競争力のあるシーズは何か、それをどんな市場や商品に応用すべきなのかを洗い出しました。その中から医薬や化粧品といった考えが生まれました。やはりその読みが間違った方向に行くと、失敗してしまいます。

 問 こうした議論や分析は社内だけでやるのですか。

 答 部下には「社外のコンサルタントや弁護士の意見なんか信用しすぎるな。一生懸命考えれば、自分たちの方が頭が良いんだ」と言っています。「外部の人材に頼ろう」なんて口にする経営者は即、辞めた方がいい。

 問 考え抜いた決断が100%正しいという確信は得られるのですか。

 答 答えがはっきり分かる時もあれば、分からない時もあります。悩んだら時間を置いてみます。潜在意識が解決してくれることもあります。

 例えば、寝ていてふと思いつくとか。でもどの選択肢にすべきか迷った時は、どちらでもよいのかもしれません。はっきりしないということは、それぞれに成功と失敗の可能性があるわけです。だったら選んだ道で成功すればよいだけの話です。

 問 長らく日本を引っ張ってきた電機大手が赤字に転落しています。事業構造を転換していくうえでのポイントはどこにありますか。

 答 経営とは、最後は数字です。自分たちが生き延びていくためには競争力のない事業を減らして、埋め合わせられる部分を作り出す。そんなそろばん勘定が必要になります。僕も必死に考えました。

 日本のメーカーには技術的な潜在力がものすごくあります。うちもそうですが、過去に随分と研究開発に投資してきたからです。外国に技術が流出しないように気をつけることは大切です。でもそれ以上に、技術面のポテンシャルやノウハウを自社の競争力に変えていかなければなりません。

 もちろん、これぐらいは皆さん考えていることだと思います。それをどれだけダイナミックにやれるのか。少しずつやっても仕方ありません。ピンチを変革のためのチャンスと捉えられれば変わるでしょう。

写真:都築 雅人

日本企業はホワイトカラーが多い

 問 富士フイルムの今後について聞かせてください。昨年10月に中期経営計画を発表されていますが、成長に向けた課題は何ですか。

 答 2000年以降の写真のデジタル化は大きなショックでしたが、その対応は成功だったと自己評価しています。ただあくまでも、戦略の転換がうまくいっただけです。企業を木に例えると、幹が伸びた後なので枝や葉をたくさん茂らせる必要があります。

 だから今回、中嶋(成博)君に社長兼COO(最高執行責任者)になってもらい、現場の業務執行を任せて、私は全社的な舵取りと最終決定という役割分担にしました。当社には6つの事業分野がありますが、新しい3分野で現場力の向上が欠かせないからです。そこにはナンバーワンやオンリーワンの商品ばかりではありません。

 課題の1つは販売力の強化です。商品の性能に見合う値段で売れていなかったり、シェアを取れていなかったりするという販売力の問題があります。

 次にコスト競争力の強化です。これは良い商品を作っていても生産コストが高すぎるのではという問題です。そして、R&D(研究開発)の効率化です。開発に時間やカネがかかりすぎているという問題があります。

 最後は、間接部門の価値生産性の向上です。日本企業にはホワイトカラーが多すぎるように思います。SGAと呼ばれる、販売費及び一般管理費の売り上げに対する比率が米国企業と比べて5~10ポイント高い。つまり間接スタッフが多いということですね。

 彼らの生産性を高めるか、あるいは人を減らすしかないです。この4つを磨いていかないと、枝葉が立派に茂った木になったとは言えない。まだ6合目ぐらいでしょうね。

 問 社長候補を選抜するうえで重視したのはどんな点ですか。

 答 やはり会社に対する使命感です。誠実さと置き換えても構いません。本当にこの男は会社を守っていけるのかを見ます。世の中の経営者には、この部分が欠けている人が多い。

 社員も同じですよ。伸びる人は会社思いです。自分のためじゃなく、会社のために働いている者ほど成長するし、周囲も仕事を任せようと思います。

 5年に1人、10年に1人という逸材はすぐに見分けがつきます。でも課長クラスの頃に見込んでいた人材でも、だいたい50歳を過ぎると成長が止まるんです。そこからさらに伸びる人材が欲しい。

 伸びなくなるのは年のせいで疲れるのかもしれませんが、仕事に前向きでないと疲れやすくなります。仕事に追いかけられるのではなく、追いかけると楽なもんです。

 問 人材育成では、どのような点を心がけていますか。

 答 スパルタかな(笑)。やはりビシバシ鍛えないとダメです。気をつけるのは、決して突き放さないこと。「おまえに期待している。だから頑張れよ」という気持ちをこっちが持っていれば、相手は応えてくれます。

 それでも一流の人材は育てようとしても育てられるものではありません。自分で伸びてきてもらうしかない。仕組みとしてできることは、仕事のパフォーマンスに対する評価をきっちりフィードバックすることだと思います。

 こういうマネジメントは大学時代に所属したアメリカンフットボール部で学んだ気がします。アメフトで大事なのは、戦略とチームワーク、スピード、闘魂です。これは企業経営と同じです。

 両者とも局面ごとに細かく戦略が変わります。チームワークは仲の良さではなく、明確な役割分担を指します。そしてスピード。これも重要ですが、日本人に一番欠けているものかもしれません。

 最後の闘魂こそ、企業も個人ももっと養わないといけない。部下が「この商品なら勝てます」と言ってきたら、私は「勝ち続けられるのか」と聞き返します。

 問 単発で勝っても仕方がないと。

 答 そこまで見据えて戦う気持ちこそが重要です。最近の若い経営者が「もう日本はダメですね」なんて口にすると、「落ちるところまで落ちても、何度だって戦えるぞ」と言いたくなります。僕なんかは古株だけど、日本の製造業の抱えている問題なんて気持ちの持ち方次第だと思うんです。

傍白
 「人間は神ではないけれども、経営者になった時に、神でありたいと思ったよ。神のように間違えないで物事が判断できれば、どんなに楽だろうと」。インタビューではこんな発言もありました。フィルムの衰退を見越し、事業構造の転換をどう進めるか。古森さんは本人が述懐する通り、「命懸けで、寝ても覚めても」会社のことを考えたそうです。「考え抜いているうちに、ふっと方向が見えてくる時もある。最後まではっきりしない時もある。その時は、選ぶしかない。選んだ道で成功するだけのことをやればよい。成功すれば、それが正しい道だったということになる」。神のようには先を読めない経営者が、神とのギャップを埋めるとしたら、それは情熱や執念なのかもしれません。
日経ビジネス2012年7月23日号 78~81ページより目次