香港の行政トップ、行政長官を7年間務めた曽蔭権(ドナルド・ツァン)氏は6月末の退任を前に、自らの過ちを認めた。1つが「貧富の格差拡大」だ。

 所得格差を示すジニ係数で、香港は直近の統計で0.54を記録。ジニ係数が0.4を上回ると社会不安が起こる危険水域にあるとされる。

 もともと香港は収入格差が大きく、ジニ係数は世界でも最も高い部類に入る地域だ。問題は、経済成長の中でもそれが悪化していることにある。中国の経済成長に牽引される形で好景気を謳歌してきたが、貧困層の拡大、物価上昇による生活苦などの社会問題は深刻さを増している。

 経済運営への不満もあり、最近の世論調査では、ツァン氏への支持率は2割以下にまで低下した。7月に就任する梁振英(C.Y.リョン)次期行政長官の支持率も私生活のスキャンダルなどで就任前から低下傾向にある。

 アジアを見渡すと、この「政治不信」が局地的な問題ではなく、共通する構図として横たわっていることが分かる。足元では減速感が出ているとはいえ、アジア各国ではGDP(国内総生産)は拡大を続け、1人当たり所得も伸びている。それなのに、政治への不信感は強く、総崩れと言っていい状況だ。

 際立つのがインドだ。6月末、インドでは連立政権与党の統一進歩同盟(UPA)の政策に反対するデモが全土で広がった。野党インド人民党(BJP)が主導し、石油製品の値上げなど与党の政策に抗議する労働者などが呼応した形だ。インドでは相次ぐ汚職問題に加え、食品や石油製品のインフレと、電力や水の不足が次々に顕在化、それが国民の不満に火をつけている。

インドでは全土で経済政策に対する反政府デモが頻発している(写真:AP/アフロ)

シンガポールも移民に不満噴出

 アジアの中でも勝ち組とされ、その成長モデルが称賛されることも多いシンガポール。ここでも、移民政策などを巡って不信感が広がっている。

 同国は全国民の3分の1が外国人で、積極的に移民を呼び寄せることを成長戦略の柱に据えてきた。一方で、それが所得格差や住宅価格の高騰を生み、庶民の反発も膨らんでいる。この5月、高級スポーツカーに乗った中国人富裕層が無謀な運転で交通事故を起こし、日本人を含む複数の死者を出したことで議論が活発化。昨年来、国政選挙や地方選挙では与党の支持は低落傾向にあり、今後は移民政策の修正も予想されている。

 そのほか、台湾やマレーシア、インドネシアでも政権与党の支持率は低下傾向にある。直近のインフレや石油製品の値上げなどが直接的な原因だが、共通するのは格差の拡大である。

 一方、中国は内部の権力闘争はあるにしても、国民の不満が表面化しにくいだけに政治体制が大きく揺さぶられることは考えにくい。そのほか、共産党の一党支配体制のベトナムや、フン・セン首相の人気が高いカンボジアなど、政治基盤が強固な国はむしろ少数派となっている。

 振り返れば、21世紀に入っての「アジアの世紀」は政治的な安定がその土台にあった。フィリピンやインドネシアなど最近注目を集めている国も、かつては不安定な政治からインフラ整備や外資誘致が進まず、ほかのアジア諸国から立ち遅れた過去がある。

 米大統領選、中国の新体制発足が予定されている2012年は「政治の年」とされる。アジアの多くの国にとってみても、現状の混乱から抜け出せるかどうか、試練の年となりそうだ。

熊野信一郎のコラムは日経ビジネスオンラインにも掲載しています。
日経ビジネス2012年7月2日号 120ページより目次

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