ドイツと南欧諸国との間には、「緊縮」という言葉の解釈を巡り、ズレがある。この言葉を巡る混乱が、目下の課題に対する共通理解を妨げている。性急な赤字削減ではなく、構造を改革して需給均衡を回復することが成長へのカギだ。

マイケル・スペンス氏
マイケル・スペンス氏 1943年米ニュージャージー州モントクレア生まれ。プリンストン大学(哲学)卒業後、ハーバード大学で経済学の博士号を取得。76年からハーバード大学で経済学を教えた後、ハーバード大学教養学部の学部長を6年、その後1999年までスタンフォード大学経営学大学院院長を9年務める。2001年にはジョセフ・スティグリッツ氏とジョージ・アカロフ氏とともに情報の非対称性を伴った市場の研究でノーベル経済学賞を受賞。2006~2010年まで世界銀行の「成長の開発に関する委員会(CGD)」の議長を務め、その経験をベースに2011年、著書「マルチスピード化する世界の中で(The Next Convergence)」を出版。現在はスタンフォード大学フーバー研究所シニアフェロー。

 つい先日、ドイツの政権与党キリスト教民主同盟(CDU)の経済審議会が主催した年次フォーラムで講演する機会があった。アンゲラ・メルケル首相とウォルフガング・ショイブレ財務相も演壇に立った。フォーラムでの議論は興味深いものだったが、それ以上に重要なのは、その内容が極めて勇気づけられるものだったことだ。

民間資本が離れ始めた国債市場

東西ドイツ統合後、人件費の抑制という形で年月をかけて競争力、経済成長力を回復してきたドイツの取り組みこそ、今、イタリアにもスペインにも求められている(左から、メルケル独首相、モンティ伊首相、スペインのラホイ首相)(写真左:ロイター/アフロ、中:Abaca/アフロ、右:AP/アフロ)

 ドイツが今も、ユーロ維持と欧州の統合深化に向けて強い意志を持ち続けていること、そしてその成功には、現在のユーロ危機を克服すべく欧州全体で負担を共有する必要があるとの認識を持っていることは明らかだと思えた(少なくとも、政界、財界、労働界のトップが多数集まったこのフォーラムの雰囲気はそういうものだった)。

 イタリアとスペインの改革は不可欠だとして現在、検討されている。これは正しい。競争力と雇用と成長を回復させるには時間がかかるということも十分に理解されているようだ(これは、ドイツ自身が東西統一後15年間も苦闘の歴史を経験したことに基づいている)。

 ギリシャにはもはや苦しい選択肢しか残されていないが、イタリアとスペインの財政改革及び成長を回復させるための改革が軌道から外れないよう、ギリシャからの影響が波及するリスクについては封じ込める必要がある。

 連鎖的な破綻が発生するリスクが高まりつつあるのを受け、民間資本が銀行や国債市場から離れ始めている。そのため、政府の借り入れコストが上がり、銀行の資本は縮小しつつあり、これがさらに金融システムの機能を妨げ、一連の改革の効果を薄れさせている。

 それゆえ、ユーロ圏を安定させ、持続可能な成長へと導くには、欧州連合(EU)の中心的諸機関と国際通貨基金(IMF)が果たす役割は重要だ。民間資本の引き揚げにより生じた不足分をこれらの機関が埋め、資本不足が解消されて初めて、すべての改革を最後まで完遂し、その効果を得ることができるからだ。

 ここでIMFが関わってくるのは、先進国も途上国も含め世界のほかの地域も、欧州が回復するかどうかに大きく左右されるからだ。これはリターンの大きな投資なのである。

 ドイツの政治家や財界のトップは、こうしたことをすべて十分に理解しているように見えた。しかもこの種の支援は、ユーロ圏第3、第4の経済規模を持つイタリアとスペインで改革がどの程度実行されているのかによって決まるものだし、そうでなくてはならない。

 例えば「競争力」と「成長」を実現するには労働市場の自由化が不可欠だが、その実施はまだ不十分だ。

 こうした改革が軌道に乗るまでの時間を稼ぐには、各国の社会で短期的にリスクを共有する必要がある。国債利回りを制御可能な範囲に収め、銀行を機能させるにはほかに方法はない。

 また、必要な改革が各国の議会で必ず支持されるという絶対的な保証はない。それゆえ、長期的に利用できる「ユーロ共同債」は現段階では時期尚早と言える。ユーロ共同債を創設すれば、支援条件を緩めることになり、それは改革実施へのインセンティブを弱めることになるからだ。だが、すべてがうまくいけば、リスクの共有は最終的にそれほど高くつくことはない。リターンがプラスになる可能性さえある。

「緊縮か、成長か」巡る議論の誤解

 ここで、「緊縮か、成長か」を巡って衝突している一連の議論について考えたい。私はこの議論の基には重大な誤解があると考えている。

 ドイツ人にとって、賃金と所得を抑制し続けるという形の緊縮は、成長を実現するための改革の重要な部分を成していた。ドイツはこの形式の改革を2006年までずっと続けた*1。つまり、ドイツ人は膨大な時間と努力を投じて、「柔軟性」と「生産性」及び「競争力」を回復すべく、その重い負担を国民全体で平等に背負ってきたのである。

*1=数年に及ぶ改革が実を結び、ドイツの経済成長率は2005年の0.8%から2006年には2.9%を記録。以来、ドイツ経済は、失業率が低下、新規雇用は増え、輸出も拡大、EUの財政協定で決められている財政赤字のGDP比率が上限の3%を切るなど、競争力を回復し成長軌道に乗った

 ところが、ドイツから「緊縮」というメッセージを受け取った南欧(及び大西洋を隔てた米国)では、この言葉を主に財政の観点から解釈してきた。例えば、経済が構造調整をしつつ総需要の不足分を埋めていくペースを上回るような速さで、財政赤字の削減を推し進めようとすると、かえって成長を阻害することになる、といった解釈だ。つまり、厳しい緊縮財政は総じてケインズ主義的なものの考え方によって受け止められている。

 性急すぎることもなく、遅すぎて危険を招くこともないバランスの取れた赤字削減策を見いだすことは大切だ。これは容易なことではない。

 ただ、赤字の削減も均衡を回復するための一要素にすぎないことを忘れてはならない。公的債務のGDP(国内総生産)比を下げるには成長が欠かせない。つまり、財政の安定化のカギを握るのは成長なのだ。赤字削減目標をあまりに早く達成すると、間違いなくプラス面より成長へのマイナス面の方が大きくなる。

緊縮策も狙いは成長の実現

 経済成長と雇用のエンジンを再スタートさせるには、同時にほかの政策も必要になる。どんな政策が必要かは国の状況によって異なるが、一般論として、次のような政策が含まれる。

 労働、生産、サービスの市場で、硬直性など競争を阻害する障壁を取り除く一方、スキルや人的資本、経済の技術的基盤への投資を行い、セーフティーネットについては構造調整を阻害するのではなく促進する形で見直していく。

 これらの改革を進めるには、所得と消費の伸びはもちろん、労働者を守るといった保護的な政策を犠牲にする必要がある。だがその結果、持続可能な成長やその後の雇用を確保できる。

 こう見ると、財政規律と緊縮が私たちに問うているのは、将来のより大きな経済機会と社会的安定を実現するために今、どれだけの重荷を背負うのかという問題である。その重荷をどのようにして公平に負担するかという、時間軸をも考慮した世代間の選択の問題なのだ。

 安定と成長の回復という目的からすると、総需要を短期的に回復させることは結局、その一部でしかない。構造改革と均衡の回復も必要なわけで、これにはコストが伴う。持続可能な成長パターンを見いだすには、総需要の水準を押し上げる政策を選択するだけでなく、その構成、例えば投資か消費のいずれを重視するのかといったことも決めなければならない。

 これを緊縮と呼ぶか、別の名称で呼ぶかは言葉の問題にすぎない。だが、それをどう呼ぶかによって生じた混乱は、決して無害なものではない。それどころか現在、直面する課題に対する共通の理解を妨げる大きな障害となっている。そのせいで、取り組む正しい道筋(各国が負うべき責務をそれぞれ明確にした解決策)について広範な合意を得られずにいるのである。

国内独占掲載:Michael Spence © Project Syndicate

日経ビジネス2012年7月2日号 118~119ページより目次

この記事はシリーズ「世界鳥瞰(2012年7月2日号)」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。