7月に楽天が電子書籍端末販売に参入する。価格破壊を仕掛け、先手必勝で市場を一気に押さえようとの考えだ。最大の競合、米アマゾン・ドット・コムもついに目に見える形で動き出す。

楽天のKobo Touch。ロゴは日本仕様に変更される予定

 楽天は7月中旬に、電子書籍端末「Kobo(コボ)」を発売する。名称は「楽天Kobo Touch(コボタッチ)」。黒、シルバー、ライラック(紫)、ブルーの4色で、端末価格は破格とも言える8000~1万円程度になる見通しだ。

 楽天が運営するEC(電子商取引)モール「楽天市場」に端末販売専用ページを設けるほか、上新電機、ビックカメラは店頭及び楽天市場内の店舗でも販売する。ヨドバシカメラは楽天市場に出店していないが、店頭でのみ販売する予定だ。

 楽天は同時に電子書籍コンテンツを販売する専用サイト「Koboストア」も開設する。電子書籍の世界標準仕様である「EPUB3.0」を全面採用し、当初は約3万点のコンテンツを揃える。年内の早い時期に5万点まで拡充していく考えという。

 さらに同社が目指す「楽天経済圏」の核となるポイントシステム「楽天スーパーポイント」もフル活用する。端末やコンテンツの購入時に、1%のポイントを付与するほか、これまでに蓄積したポイントで端末や書籍を購入できるようにする。コボタッチに限らずコンテンツを購入して閲覧できるよう、スマートフォンやタブレット、パソコンのそれぞれに専用ソフトを無料で配布する。

 楽天は今年1月の日経ビジネスの取材に対し、3年以内に数百万台の販売を目指したいと語っている。国内の電子書籍端末市場を一気に押さえ、世界最大手の米アマゾン・ドット・コムが参入する前に少しでもシェアを高めておきたい考えだ。

 楽天がカナダのコボを買収したのは2011年11月。3億1500万ドル(約236億円)を投じてアマゾン追撃の武器を手に入れた。それから1年経たずしての日本市場への参入。驚異的なスピードでの楽天の動きに対し、業界内では様々な波紋が広がっている。

「乾電池を売った方が儲かる」

 楽天が販売するコボタッチは読書に適した6インチのディスプレー「イーインク」を採用し、無線LAN(構内情報通信網)機能を搭載する。現在、ソニーは同様のスペックを備える「PRS-T1」を1万9800円(ソニーストア価格)で販売中だ。楽天が検討する価格帯は半額に近い。

 「我々は販売価格がいくらでも別に構わない。問題は仕入れ値だ。乾電池を売った方が儲かるレベル」。端末の販売収入から多くの利益を上げるつもりのない楽天に対し、交渉を重ねる家電量販店幹部からは悲鳴に近い声が聞こえる。

 価格競争に巻き込まれたソニーは現行機種の値下げ、もしくは低価格帯の新端末を投下せざるを得ない状況だ。

 楽天は従来提供してきた電子書籍ストア「Raboo(ラブー)」でソニーやパナソニック製の電子書籍端末に対応し、端末販売を後押ししてきた。だが、電子書籍ストアに加え、自前で端末まで販売し始めるとなれば、楽天とソニーが真っ向から競合するのは必至。端末の価格競争だけでなく、コンテンツ面での両社の関係に緊張感が走ってもおかしくはない。

 ソニーや家電量販店だけでなく、楽天の電子書籍端末参入は、他の電子書籍関連企業にも影響を与えている。

 典型がBookLive(東京都台東区)だ。凸版印刷とインテル日本法人、及び凸版印刷子会社のビットウェイが立ち上げ、2011年から電子書籍ストア「BookLive!」を運営してきた同社だが、今秋にもNEC製の電子書籍端末を採用して自らサービスとハードウエアを統合した事業を始めることが本誌取材で明らかになった。

 端末から電子書籍ストアまで持つアマゾンや楽天との競争が本格化した際、自前の端末を持たなければ存在感が薄れてしまうのでは、という危機感が背景にあったとされる。BookLiveは端末販売価格は抑え、コンテンツ収入拡大による事業展開を計画している。

「乾電池を売った方が儲かる」

 一部報道で何度も国内サービス開始が伝えられているアマゾンも6月26日、ついに自社サイト上で「近日発売」と銘打ち、事前登録を開始した。事前登録者には販売日が決まった段階でメールで告知する。本格的な参入も間近に迫る。

 楽天の低価格端末参入を契機に、今年後半にかけて電子書籍市場は一気に激戦の様相を示しそうな状況になってきた。果たして勝者はどこか。

 野村総合研究所上級コンサルタントの前原孝章氏は「読めるコンテンツの量と質が競争力を決める」と断言。幅広く端末に書籍を販売したい出版社と、独占的にキラーコンテンツを手に入れたい電子書籍事業者のせめぎ合いが今後、繰り広げられていくと見る。

 事実上、楽天とアマゾンの一騎打ちに収斂されていくのか、先行していたソニーが大きな戦略転換を図って意地を見せ、他の事業者も入り乱れた戦いになるのか。いまだ旗幟鮮明にしない出版社の行方が、勝負の帰趨を決めることになりそうだ。

マイケル・サビニス コボCEO(最高経営責任者)に聞く
楽天市場との相乗効果は高い

 現在、我々が販売している電子書籍端末のラインアップの中で、最も売れているのはイーインクディスプレーを採用した6インチの電子書籍専用端末「Kobo Touch(コボタッチ)」(編集部注:日本で販売するモデルと同じ)だ。この端末は、米技術系雑誌のWIRED(ワイアード)の2012年1月号で最も素晴らしい電子書籍端末に選ばれ、フランスでもデザインの賞をもらっている。

(写真:Mayumi Nashida)

 世界市場では我々が販売する端末売り上げが前年比で160%伸び、電子書籍のダウンロード数は400%伸びた。読者数も280%の伸びを見せている。全世界で販売する書籍は250万タイトルに達し、これには60カ国の言語を含む。

 コボは2009年に起業したベンチャーだが現在、世界190カ国で電子書籍ビジネスを展開し、12カ国以上で電子書籍端末を販売している。ここまで急速に海外展開を進められているのは、我々が事業展開のための「レシピ」を持っているからだ。

 これは各国の書籍販売店、出版社との間でウイン・ウインの関係を築くというもの。電子書籍ビジネスの成否はローカルの人気コンテンツをその国の言語で獲得できるかにかかっている。

 そのため、我々は各国で電子書籍市場を始めるに当たり、各国の老舗の大型書店チェーンと組むことが多い。これは、その国で最も本を愛している人たち、本を読む人たちにリーチできるからにほかならない。例えば、英国では最大手の書店チェーン「WHスミス」、フランスでも大手書店チェーン「フナック」と戦略的な提携関係を結んでいる。

 日本市場は他国と比べて大きく状況が異なる。書店の再編が進んでおらず、大型の書店チェーンが存在しない。だからこそ、日本市場で楽天との間で生み出される相乗効果は高く、「楽天市場」で端末を販売できる意味合いは大きい。

 我々の提携相手は何も書店だけにとどまらない。本が好きな人たちがそこにいるかどうかを最も重要視する。家電量販店にもDVDなどコンテンツ好きな人たちが集まっているし、相性が良い。

 6月末には米国で作家や中小規模の出版社が自費出版できるツール「Writing Life(ライティングライフ)」を開始した。日本でも早ければ年内に開始したいと考えている。 (談)

(原 隆、佐藤 央明、中川 雅之)
日経ビジネス2012年7月2日号 10~11ページより目次

この記事はシリーズ「時事深層(2012年7月2日号)」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。