写真:的野 弘路

 ここ10年ほどで東京・丸の内は街の姿を大きく変えました。平日の昼間、オフィスワーカーに交じって、観光客や買い物客を見かけることは珍しくありませんし、夕方に一杯やる前に、美術館にふらりと立ち寄る会社員の姿もあります。休日、ベビーカーを押してショッピングを楽しむ家族連れの姿も見慣れたものになりました。

 正直に申し上げると、週末にこれほど多くの人が訪れるような街ではなかったんですよ、丸の内は。日本を代表する企業のオフィスビルが連なり、そこに勤める企業戦士たちが、朝から晩までバリバリ働く街。サラリーマンの戦場のような場所だったんです。だから、「休戦」となる週末には、誰もいない(笑)。週末や休日は閑散として、動きが止まったような街でした。

 そんな街に異変が起きたのは、1990年代のバブル崩壊がきっかけでした。不況のあおりを受け、企業拠点が次々と姿を消しました。虫穴のようにオフィスビルのテナントが空いていき、見る見る人が減っていく。その活力を失いつつある様を「黄昏の丸の内」なんて新聞で見出しを取られましてね。発奮しましたよ。何とか、この街を蘇らせてやろうと。

 街の賑わいは、やはり人が作り出すものです。そのためには、単に建物というハードを魅力的に造るだけでは不十分です。むしろ、ハードの上でどんなソフトを展開するか。これが大事になってきます。私たちはまず、「街ブランド」を高めるというコンセプトを立案しました。専門の部署を作り、人々がこの街に集まってきたくなるような、様々な「シカケ」を用意することにしたのです。

 その具体的な形が、毎年開催している「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」と呼ぶ音楽祭であり、三菱一号館美術館であり、ベンチャー企業向けのシェアオフィス「日本創世ビレッジ」であるわけです。ほかにも数え切れないほどのイベントを開催しています。もちろん、ラグジュアリーブランドや、有名レストランの誘致も含まれます。

 初めの頃は、「街のブランド化なんてできるのか」という疑問の声もありましたが、10年経ち、その成果が出始めていることに誇りを持っています。丸の内ビルディングや新丸の内ビルディングをご覧いただければ分かるように、ハードも大事だけど、それを生かすソフトが重要なんですね。

 もっと平たく言えば、場作りなのだと思いますよ。これは、賑わいを生む街に見られる、世界共通の本質です。あえて名前は出しませんが、世界の都市を見ていても、活気のある街とそうでない街の違いは、人が集う仕組みにあると感じます。

 組織にも同じことが言えるでしょう。人の交流があり、何でも互いに言える場を作ることが、活力を生むし、新しい価値を創出する可能性を秘めています。ひいては、永続する組織につながっていくのでしょう。そんな意識で、社長時代は組織を引っ張っていこうと考えていました。よい街作りと、よい組織作りには、何か共通するものがあるのでしょうね。(談)

日経ビジネス2012年7月2日号 124ページより目次

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