現役高校生の予備校「東進ハイスクール」を立ち上げ、塾業界を確立する。公教育の問題点を指摘し、国力を支えるリーダーの育成に力を注ぐ。世界の一流大学に人材を送り込む「民間教育の雄」を目指す。 (聞き手は 本誌編集長 山川 龍雄)

写真:竹井 俊晴
永瀬 昭幸(ながせ・あきゆき)氏
1948年、鹿児島県生まれ。74年に東京大学経済学部卒業、野村証券に入社。76年に退職し、大学在学中に自宅アパートで開塾した「ナガセ進学教室」を母体にナガセを設立し、社長に就任。2006年に四谷大塚を、2008年にはアイエスエス(現イトマンスイミングスクール)をグループ会社化。趣味はゴルフ。「ミスが出る原因をつぶしていくのが面白い」。

 問 一昔前までは、予備校と言えば河合塾、駿台予備学校、代々木ゼミナールでした。今やその中に東進ハイスクールが加わり、東京大学に入学する学生の5人に1人は東進の卒業生と言われています。

 答 いやいや、僕はもう(3社を)完全に抜いたと思っていますから。4大と言うのには少し抵抗があります。

 塾業界には浪人生のマーケットと現役生のマーケットがあります。3大予備校の牙城だったのは、浪人生向けの市場です。現役生向けの予備校というマーケットは、私どもが開拓したようなものだと思っています。まあ、早稲田塾さんや城南予備校さんなど頑張っておられるところもありますから、ウチだけでやったと言うつもりはないですけど。

 業界を作ったのはこれで2回目だと思っているんです。1回目は中高生向けの学習塾というマーケットです。当初は先輩たちがおやりになった部分も少しあったんですが、マーケット自体を育てて大きくしてきたのは私どもだと自負しています。当時は勉強しようと思ったら、学校の先生や家庭教師に依頼する必要があった。それを徐々に組織化するプロセスを、我々がやったわけです。会社を作った創業者はたくさんいらっしゃいますが、僕のように業種を作った人は、そう多くはないんじゃないかな。

 問 だからこそ、マーケットに割って入ったという表現には抵抗があるわけですね。

 答 ええ。浪人生については、いまだに3大予備校がほぼすべてのシェアを握っています。私たちはこれから浪人市場に本格的に入っていこうと思っていますが、現役生と浪人生、この2つは明らかに異なるマーケットです。

 浪人生の場合、概念を再導入しなくてはいけません。君たちはなぜ落ちたか、どこが間違っていたのかという点から授業に入ることになるでしょう。

 一方、現役生には、今から習うことはこんなにワクワクする社会現象につながっていくんだ、だからしっかり学ぼうといった前向きな話から入ることができる。ここに大きな違いがあります。そのため、浪人生が中心の予備校は現役生は不得手だし、ウチもまだ浪人マーケットに十分には入り込めていないと言えるのではないでしょうか。

 問 永瀬昭幸社長が塾業界で成功できたポイントは何ですか。

 答 1つは大学卒業後、野村証券で実社会におけるモノの見方を学ぶことができた点でしょう。マクロからミクロを捉える訓練ができている。東大生の頃より、野村の頃の方がよほどいい学習をさせてもらったと思っています。

 もう1つは、表面的なニーズではなく、その奥にあるシーズに対応する目を持つことです。例えば、子供をどこそこの大学に入れたいという親のニーズの根底には、充実した人生が送れるルートに乗せたいとの思いがある。一番重要なのはそこなので、消費者の真の声に正面から向き合って応えない限り、本当の解決にはならない。

 受験が終わったらすべて忘れてしまう。そういった勉強ではなく、生きていくために未来永劫使えることを学んでいるかとの目線で考えることです。例えば英語なら、国際社会でビジネスパーソンとして英語を駆使するために学んでいると考えれば、おのずと気構えが違ってきますよ。将来的には10万語覚えなくてはいけないと分かっていれば、「目の前の2000~3000語ぐらい、ついでに覚えておくか」といった具合に、もっとポジティブに考えられる。

 今までの日本の教育は、表面現象にとらわれてきたのではないでしょうか。そうじゃなくて、もっと本質論でやるべきだと僕は思いますね。

年50億円かけてコンテンツ作成

 問 教育産業を取り巻く現状は、どう捉えていますか。

 答 公教育は今、国際社会で伍してやっていける人材を輩出する体制になっていません。世界で活躍できる人材を輩出する国家を作るには、民間がやるしかない。これは、ものすごいチャンスです。まだ埋めなくてはいけない部分がたくさんある。

 ナガセでは「心」「知」「体」をバランスよく兼ね備えることが必要と考えています。その考え方をベースに、幼児・小学生から英会話を学べる「東進こども英語塾」や中学受験向けの「四谷大塚」、東進ハイスクールなどを運営しつつ、一方で「イトマンスイミングスクール」なども手がけているのです。

 問 東進と言えば、有名講師陣の授業を全国に配信する「東進衛星予備校」のイメージも強いです。

 答 あれはね、業界内で最初にやったのは河合塾さんです。次に本格的に始めたのが代々木ゼミナールさんで、その翌年に僕らがスタートしました。一番成功したのは間違いなく僕らと言えるでしょうが。

 今、衛星予備校は約800校あります。生徒数は、ほぼ10万人近いですね。

 問 規模拡大のためには、継続的に投資もしてきたと。

 答 毎年50億円近くをコンテンツ製作のために投資しています。企業全体の財産として残っていくわけですから、当然のことです。

 問 国内では積極的にM&A(合併・買収)をしてきた印象があります。海外マーケットはどう捉えていますか。

 答 将来的には、米国のアイビー・リーグや、英国のケンブリッジ大学やオックスフォード大学、中国の清華大学や北京大学に最も多くの生徒を送り込む予備校になりたいですね。

 東大や京都大学に送り込んだ生徒数では業界で日本一ですが、世界規模で優秀な学校に生徒を送り込む基盤を作ることは、私にとって1つの夢です。

 それには、M&Aから入るのが現実的です。世界の教育機関を見ていると、我々のノウハウは間違いなく通用するし、世界一だと思っています。しかし、外国人がいきなり市場のトップに立つのはなかなか難しいですから。

 問 中国では幼児向けや中学生向けビジネスを展開しています。

 答 幼児向けの英語塾「セサミストリート・イングリッシュ」を提供しています。中国の政策として、出版と教育は極めて外部に対する規制が厳しい業界なんですね。とはいえ、徐々に緩和に向かっていますから、本業である中高生向けの予備校を展開できる時代は近い将来、来るでしょう。

 狙いとしてはASEAN(東南アジア諸国連合)ですね。IT(情報技術)を使ってインタラクティブに授業を行うところは、アジアにはありません。真似はできても、本質そのものは真似できないと僕は思います。

リーダーは待っていても出ない

 問 常日頃から、日本にはリーダーを育てる教育が欠けているとの持論を展開されています。

 答 リーダーを育てる意識なくして、偶然(優秀なリーダーが)出てくるのを待つのは難しいと思うんです。

 戦後、エリート教育という言葉に極めて否定的な感情を抱く風潮がありました。でも結局、独裁者を出さないために作った民主的な組織が、物事を決められないという状態を生んだわけです。物事は常にいい面と悪い面がありますが、悪い面が今、日本の社会で現実問題として噴出しています。

 リーダーシップとは、目的を達成するために断固としてやり抜く精神力や覚悟を指すわけです。そして、多くの人たちの心を動かすことができる人であることが重要です。心が動けば体もお金も動きますから。しかし、この「リーダー教育が必要」とのコンセンサスを国全体で持てるのかという問題が、リーダー教育を阻害する要因の1つとしてあるんですね。

 リーダーを育てるには、実際にやってみないとダメです。自転車に乗るには、自転車の技術論を読んでもダメなのと一緒。この、リーダーをやらせるという機会が意外に少ない。

 最近知って驚いたんですが、米国で今、文系大学生の就職先として人気があるのはNPO法人(特定非営利活動法人)の「ティーチ・フォー・アメリカ」という組織だそうです。貧困地域の小学校や中学校などに先生として行き、授業に集中できない子供たちと向き合い、前向きに勉強するよう導く。こうした活動を通じてリーダーシップが生まれます。この活動は2年間続けることが義務化されているのですが、この経験を経た学生に対する一流企業のオファーが多いそうです。

 問 東進ハイスクールの卒業生が後輩の面倒を見る「担任助手制度」も、リーダー教育の一環ですか。

 答 もちろんそうです。リーダーは組織に対して、なぜそれをやるのかを徹底的に納得させなければダメなわけですよね。納得できなければ、人間は本気になれませんから。

 学生にとって一番の問題は「なぜ勉強をしなくちゃならないのか」がなかなか理解できないことです。どんな将来をイメージし、ゴールに到達するためにどうやっていくのか。この課題に真正面から向き合い、考える教育をしないとエネルギーは出ません。

 頑張らなくてはという自覚とともに、それをやることが自分の喜びになるところまで持っていくことが重要なのです。仕事だって同じ。嫌々やっている人と喜んでやっている人では当然、仕事の成果は違いますよね。

 担任助手になった大学生はリーダーシップを発揮しながら、各生徒について「あの子を活性化するにはどうすればいいのか」と考え、能力を開花させていきます。これこそが、リーダーシップを磨く貴重な経験になります。

 リーダーに求められる要素で欠かせないのは、カリスマ性とコミュニケーション能力です。どうやって「この人についていきたい」と思わせるか。カリスマ性など、今のリーダー教育の中では聞かれることのない言葉だと思いますが、もう少しきちんと研究する必要があるのではないでしょうか。

 自分たちに愛情を持って接してくれる。危機に陥った時も泰然として、冗談を言って緊張をほぐしつつ引っ張ってくれる。人間としての器が大きい人物こそがリーダーだと思います。そんな人物は、実体験できる場を与えないと生まれないですよね。

 問 教育面において、日本は今、リーダーを育てるよりも皆が平等にという方向に振れていますよね。

 答 秀でた人物を皆で育てるのではなく、皆で足を引っ張る国になっている。政治の世界もそうです。でも、僕らが政治についてどうこう言っていても仕方がないので、自分たちにできることを考える。そうすると、優秀な人たちをこちらから見つけに行くという発想が生まれるわけです。

 例えば、四谷大塚の全国統一小学生テスト。全国の小学2年生から5年生まで無料で参加できます。その中から優秀な小学校4年生を30人ほど選抜して、毎年、アイビー・リーグの視察団として米国に行かせています。

 ハーバード大学やコロンビア大学などを見に行き、その後はディスカッションをさせます。そして、最終日にはワシントンのリンカーン像の前に立ち、自分の志やミッションについて宣言するのです。外交官になって未開発国の人たちの幸せを作るとか、国連に入るとか、医者になって多くの人たちを救うとか。

 問 やはり、目標や夢は早い段階で持った方がいいのでしょうか。

 答 そう思いますよ。とりあえずの目標を持っていないと、迷走しかねません。もちろん、一度立てた目標が途中で変わってもいいんです。

 大学に入ってから将来を考えるなんて、全くの問題外だと思います。シンガポールでは小学校卒業の段階で、いわゆる「大衆コース」と「エリートコース」に分かれます。となると、幼稚園ぐらいからいろいろ考えなくては仕方ないですよね。それに比べて日本の教育は、落ちこぼれを出しては学校が荒れるから、知識の量もここまで抑えてとなるわけです。まあ、それを補う手段として民間教育があり、そのおかげで我々はやっていけるわけですが。

 問 東大が検討している秋入学については、どうお考えですか。

 答 リーダーを育てるうえで、いいインターバルが生まれると思います。

 まず、東大に入った学生はある面において、相当な能力を持っていると言えます。しかし、リーダーを育てるためには、受験勉強ができただけでは足りない。東大に入っただけではダメで、違う筋肉もつけなきゃいけません。

 具体的な方法としては、例えば大学入学までの半年間で、東大に受かった数百人をアジアや中東諸国まで船で連れていく。移動の間は企業のトップなどに講師をしてもらって、学生諸君とがんがんディスカッションする。学生諸君に欠けているのは、答えのない世界で自分の考えを言うことです。

 問 人材育成や教育面で、企業に望むことは。

 答 もっと本気になった方がいいと思います。

 英語にしても、意義や目的を実感させる環境を作らなきゃいけないでしょうね。上海にでも連れていって、「既にわが社はここまで展開している。中国語も必要だが、とりあえずは英語が必要だ。来年おまえに赴任命令を出したらどうするんだ」と伝える。そうやって具体的に想像させることで、だんだんと尻に火がついてきます。

 企業は社員のモチベーションアップに、もっとエネルギーを費やした方がいい。本人に勢いが生まれるモチベーション教育。実はこれこそ、ウチが生徒さんに対してやっていることなんです。成績というのは、勉強すれば伸びるんです。こんな簡単な理屈はないんですよ。だとすれば、勉強するモチベーションが上がるよう、動機づけをしっかりやることです。因数分解のやり方を教えることなど、屁のようなものだもの。

 経営側が総力を挙げてモチベーション向上に取り組んでいくと、社員が自発的に考えるようになります。自ら考え、求め、ワイガヤで頑張っていく会社や社会こそ、世界に貢献できるコミュニティーではないでしょうか。

傍白
 東進ハイスクールで学び、入試に合格した大学生が後輩の面倒を見る「担任助手制度」。受験生はもちろん、教える側の学生の人材育成にも一役買っています。永瀬さんによれば、最初は頼りない学生たちが、後輩を指導するうちに、次第にたくましくなっていくそうです。先輩から後輩へ。技術やノウハウの伝承を通して、教える側も教えられる側も育っていく。最近、企業社会で薄れつつある技術伝承の世界を教育現場で見た思いがしました。「リーダーを育てるには、リーダーをやらないとダメです。でも、その機会が少ない」と嘆く永瀬さん。東京大学が秋入学を導入するなら、半年間、合格者を船に乗せて世界を見せたいという夢。ぜひ実現させてください。
日経ビジネス2012年7月2日号 102~105ページより目次