注:年間営業利益は開業から5年間の平均。投資回収期間が5年を超えるものは5年目以降、営業利益が安定すると仮定。金額は出店状況によって大きく異なる。金融投資、経営コンサルタント、通訳は自宅をオフィスにするSOHO型起業を想定。喫茶店の初期投資が高額なのは「駅前立地に店舗面積20坪、席数42席」という大型店を想定しているため
出所:J-Net21(中小企業基盤整備機構)、投資回収期間は本誌が試算


 早期退職者の中には、転職するのでなく、退職金や割増金を元手に起業しようと考える人もいるだろう。だが、早期退職後の自営・独立も、成功が約束されているわけではない。

 上の表は、主な自営業の初期投資額と開業5年間の平均営業利益を試算したもの。40~50代という早期退職者の年齢を考慮し、資格取得や手続きが比較的短期間で可能と思われる14業種を並べた(J-Net21=中小企業基盤整備機構)。これを見る限り、多くの業種で5年以内に投資回収ができることなどが見て取れる。だが、早期退職後の起業では、こうした一般的試算は“絵に描いた餅”になる確率が高い。

 「起業を志しても、実際に開業し事業を軌道に乗せられるのは一部。中高年開業者の5割は1年持たないと思う」。退職者向けの起業セミナーを手がける創業開発研究所の小久保達代表はこう話す。日本政策金融公庫総合研究所の調査では、2006年に開業した同社の取引先2897社のうち、2010年末までに廃業したのは全体の15.2%(新規開業パネル調査)。早期退職後の起業が厳しい現実がうかがえる。

 早期退職者の独立がうまくいかないのは、いくつかの理由がある。

 「いざ退職したもののいい転職先が見つからず、とはいえ世間体があるから無名の中小企業には行きたくない。そんな人が勢いで起業するケースが多い。半分以上はこうした“見栄開業”で、成功率はほぼゼロ」(小久保代表)

 早期退職者の場合、一緒に退職した同僚や上司との共同経営も落とし穴になる。事業を始めるうえでは、多くの決断が必要だ。喫茶店1つ開業しても、営業時間、利益分配、内装、メニュー、料金設定など決定事項は多岐にわたる。「事業コンセプトを細かく固めていく段階で、会社員時代には見えなかった同僚と考え方の違いが明確になり、やがて対立し、空中分解するパターンが目立つ」と小久保代表は指摘する。

 会社員時代から温めてきたアイデアを、入念な市場調査なしに実施する“夢開業”も、大企業出身者が犯しがちな失敗。ペンション経営はその典型だ。「立地や規模で必要資金は異なるが、10室、定員25人の場合、8000万~9000万円程度は必要。その割に、ホテルや旅館の低料金化のあおりで収益性は高くない」(起業・経営支援を手がけるWizBizの森坂智行取締役)。

田舎暮らしは誤算がいっぱい

退職後の田舎暮らしに憧れる人は多いが...(写真と本文は関係ありません/提供:PANA通信社) 

 都会で長年働き続けてきた大企業ホワイトカラーの中には、“田舎暮らし”に憧れ、早期退職を機に農業で生計を立てようとする人もいる。が、このルートも険しい。「新規就農者の3割は数年のうちに退場している」。農林水産省経営局就農・女性課の美保雄一郎・経営専門官はこう話す。

 まず、多くの早期退職者には、農業への転身自体、ハードルが高い。

 全国農業会議所によれば、就農する場合の平均初期投資額は、機械設備代約560万円と営農資金約160万円を合わせた約720万円(土地代は別、借りた場合は年間数万円)。数字だけ見ると、飲食や小売業よりも安く映るが、日銭が入る店舗型事業と異なり、農業は作物を収穫するまで収入はない。就農後3~5年は赤字が続く場合もある。

 さらに大企業出身者の場合、農業云々(うんぬん)の前に、田舎暮らし自体に拒否反応が出る人もいる。

 広告代理店に勤務していたC氏(45歳)が早期退職し、妻と子供を連れ、有機野菜の栽培事業を始めたのは2011年。だが、そこで直面したのは、必ずしも「豊かな自然」と「厚い人情」だけではなかった。「驚いたのが自治会費の高さ。以前住んでいた場所は年5000円だったが3万円以上もする。賃貸物件はなく、古民家を買って住むにも修復に想定以上の費用がかかる。また、近所が3世代同居ばかりで保育園には祖父母が迎えに来るため、妻に“ママ友”ができない」(C氏)。

 実際、田舎暮らしを始めてから地元の生活習慣などに抵抗を感じる都会生活者は少なくない。掃除や草刈りなど共同作業が多く、自分の時間を確保できない。「田舎=のどか」は幻想で、C氏が暮らす県の場合、人口1万人当たりの交通事故発生率は都心を上回る。田舎は、一部の都会の人間が思うような“完璧な楽園”ではないわけだ。

 いずれにせよ、店舗の開業から田舎での就農まで、早期退職後の起業で成功するには、事業モデルを細部まで詰める入念な準備と、会社員時代の2倍、3倍働く気迫が前提になる。

(注:専門家と体験者へのヒアリングを基に本誌が作成)
日経ビジネス2012年6月18日号 35~37ページより

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